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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第27話 そのダンスは、混乱があふれ出ていました (前編)

誕生日パーティーは、大混乱だった。

いや――国王夫妻や居並ぶ観客ではない。

本当に混乱していたのは、主賓と呼ぶべき四人の方だ。


王宮の祝宴は、表向きには何一つ乱れていなかった。

燭台の火は揺らぎすぎず、楽師たちの音は絶えず、給仕たちは滑るように広間を巡る。

貴族たちは上品に笑い、上品に囁き、上品に誰かを値踏みしていた。


第二王子ジュリアンの誕生を祝う夜。

主役は明らかで、王と王妃も高卓からその場を見守っている。

形式は整っている。空気も美しい。

だからこそ、その水面下で生じている歪みは、余計に目立たなかった。


誰が誰を見ているのか。

誰が誰を誤解しているのか。

誰が誰に、まだ名前のつかない感情を抱いているのか。


それは、外から眺めるぶんには、なかなかに愉快な眺めだったのだろう。

少なくとも、広間の端で扇を揺らす令嬢たちも、グラスを傾ける若い貴族たちも、そういう顔をしていた。


だが、当人たちにそんな余裕はない。


◆ Marianne side


手を取られた瞬間、心臓が跳ねた。


ほんの一瞬、指先が触れただけ。

それだけなのに、胸の奥で何かがぱっと明るくなる。


(……だ、だめ)


嬉しい。

でも、その“嬉しい”が顔に出たら終わりだ。

ここは王宮で、私はエレノア様の隣に立つ者として連れて来られている。

浮かれていい場面ではない。

そんなことは分かっている。


分かっているのに、手のひらが少し熱い。


「……参りましょうか」


ジュリアン殿下の声は、礼儀正しくて、柔らかい。

礼儀正しいのに、距離を突き放す感じはない。

“主役”として整っているのに、“人”のままでもある声。


私は慌てて呼吸を整えた。


「は、はい。……よろしくお願いいたします」


ああ、声が少し高い。

言った瞬間、自分で分かってしまって、さらに恥ずかしくなる。


けれどジュリアン殿下は、何も言わない。

笑いもしないし、困った顔もしない。

ただ、ごく自然に私の手を引き、広間の中央へと導いてくれる。


それが余計に、困る。


(優しい……)


いや、優しいだけじゃない。

この人はちゃんと見ている。

見ているうえで、私が転ばない速さで歩いてくれている。

引っ張りすぎず、置いていきすぎず。

王族のエスコートって、きっとこういうものなのだろう。

……たぶん。


私はドレスの裾を踏まないよう、意識をつま先に落とした。

視線を落としすぎない。

背筋は伸ばす。

肩に力を入れすぎない。

呼吸を浅くしない。


エレノア様に叩き込まれたことを、一つずつ頭の中でなぞる。

そうしないと、恥ずかしさで足元から崩れそうだった。


周囲の音が、少し遠くなる。

音楽だけが近い。


楽師たちの旋律に合わせて、ジュリアン殿下がゆるやかに足を運ぶ。

私はその流れに遅れないよう、必死についていった。


「……緊張していますか?」


問われて、私は思わず顔を上げた。

目が合う。


近い。


(ち、近い……!)


さっきまで、王宮の広間の向こう側にいた人だ。

“主役”として、皆に見られていた人。

それが今は、こんな近くで、私の顔色をうかがっている。


「え、ええと……少しだけ」


嘘だ。

少しどころではない。

ものすごく緊張している。

心臓なんて、さっきからずっと大変なことになっている。

でも、全部を言うのは違う気がして、私は控えめな嘘をついた。

ジュリアン殿下は、ほんの少しだけ目元を和らげた。


「少しだけ、ですか。……それなら、たいしたものです」


(た、たいしたもの……?)

また胸が跳ねる。

褒められた。

そんなつもりで言ったのではないのかもしれないけれど、今の私には十分すぎるほど褒め言葉だった。


だめだ。

嬉しい。


嬉しくて、恥ずかしい。

恥ずかしいのに、口元が少し緩みそうになる。


(だ、だめ、今はだめ)


私は慌てて気持ちを引き締める。

喜んでふわふわしてしまったら、きっとまたエレノア様に見抜かれる。

「浮かれましたわね」と、冷たい声で言われるに決まっている。


そう思って、ふと視線の端に、もう一組の姿が入った。


レオン殿下。

そして――エレノア様。


二人は、こちらとは違う意味で、あまりにも自然に見えた。

自然すぎて、少し悔しいくらいに。


(……やっぱり)


お似合い、なのだと思う。

ただ並べばいいとか、綺麗だからとか、そういうことじゃない。

呼吸の合わせ方も、間の取り方も、たぶん――似ている。


私はその光景を見て、胸の奥が少しだけきゅっとした。

羨ましいのか、憧れているのか、自分でもよく分からない。

けれど、その“きゅっ”のすぐ隣で、もう一つ別の感情が跳ねる。


(……でも、今は)

私の手を取っているのは、ジュリアン殿下だ。


そう思った瞬間、顔が熱くなる。

何を考えているの、私。

本当に、何を。


「……マリエンヌ?」

名を呼ばれて、私ははっとした。

「も、申し訳ありません!」

「謝ることはありません。……少し、考え事を?」

優しい。

やっぱり、優しい。

でも、その優しさの中に、ちゃんとこちらを見ている感じがある。

だから、余計に恥ずかしい。


私は小さく息を吸って、姿勢を整え直した。


「はい。……でも、もう大丈夫です」

本当は、全然“大丈夫”じゃない。

嬉しいし、恥ずかしいし、視線の置き場は困るし、足元だってまだ少し心配だ。


それでも、ここで崩れたくはなかった。


エレノア様に育てられている最中の、王妃候補として。

そして――少しだけ浮かれてしまった、一人の女の子としても。


私は、ジュリアン殿下の手の動きに合わせて、そっと次の一歩を踏み出した。


◆ Julian side


手の中の温度が、思っていたより近い。


マリエンヌの指は細くて、けれど頼りないわけではなかった。

緊張しているのは伝わる。

ほんの少しだけ力がこもっているし、呼吸もまだ浅い。

それでも、逃げない。

足を止めない。

私の歩幅に合わせて、一歩ずつついてくる。


(……すごいな)


そう思った瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。

嬉しい、と素直に認めてしまうには、少しばかり気恥ずかしい軽さだ。


私はすぐに、それらしい理由を探した。


兄上だ。

兄上が、私に彼女を託した。

“見初めた女”を、最初の一曲の相手として預けた。

それはつまり――王位を争う者として、私をその価値に触れさせるに足る相手だと認めた、ということだ。


そう考えれば、胸が軽い理由も説明できる。

これは喜びではない。

少なくとも、そういう種類のものではない。

ただ、認められたことへの高揚だ。

兄ではなく、第一王子としての兄上に。


(そうだ。だからだ)

わかっている。

だが、それでも口元が緩みそうになるのを止めきれない。


マリエンヌが、そっとこちらを見上げた。

その目が、近い。

不安と緊張と、でも逃げない意志が混ざった目。

そこに自分が映っているのが見えて、胸の内側が妙にくすぐったくなる。


「……緊張していますか?」

さっき自分が口にした問いを、今度は相手の表情で返されている気がした。

いや、実際には彼女は何も言っていない。

ただ見ているだけなのに、見られている、と思ってしまう。


私は少しだけ目を逸らし、それから苦笑した。

「そう見えますか」

「……少しだけ」

正直だ。

こういうところが、この子は本当に正直だ。


私は思わず、はにかむように笑ってしまった。

笑ったあとで、自分で驚く。


(落ち着け)


音楽は流れている。

周囲の視線も消えてはいない。

私は主役で、彼女は王妃候補で、この一曲にはちゃんと意味がある。

意味があるのだから、浮かれていいはずがない。

その理屈でどうにか自分を引き戻しながら、私は視線を少しだけ横へ流した。


隣では、兄上とエレノアが踊っている。

……見事だった。


目を合わせているようで、実はほとんど正面から見ていない。

視線は微妙にずれている。

片方が先に合わせれば、もう片方がほんのわずかに外す。

まるで「呼吸なんて合わせていない」とでも言いたげに。


なのに。


足運びは正確で、手の位置も距離も、一分の隙もない。

互いの重心の移りを、目で見る前に読んでいる。

無理に歩幅を合わせるのではなく、最初から同じ拍の上にいるみたいだ。


(……すごいな)


私は素直にそう思った。

兄上は兄上で、やはり王の器だ。

そしてエレノアは、やはりあの人でなければ並べない高さにいる。


あの二人は、厄介で、面倒で、たぶん互いに素直ではない。

それでも、こうして並べば、誰が見ても分かる形で噛み合ってしまう。


(やっぱり、この二人は……)


そう思い直したところで、マリエンヌの声が私を引き戻した。

「……どうしました?」

私は一瞬、何を考えていたのかを隠そうとした。

隠そうとして――間に合わなかった。

「あの二人みたいに」

言葉が先に出た。

自分で止める前に。

「あの二人みたいに、息が合ってるように見えているといいなって」


しまった、と思った時にはもう遅い。

口にしてから、自分が何を言ったのかを理解して、顔が熱くなる。

何だ、その言い方は。

まるで――


私は慌てて言葉を継ごうとしたが、うまく出てこなかった。

その間に、マリエンヌの頬がふわりと赤くなる。

「あ……」

彼女も、自分がどういう意味に受け取ったのか分からないまま赤くなっている顔だ。

否定もできない。

笑い飛ばすこともできない。

ただ、恥ずかしい。


(まずい)


まずいのに、嫌ではない。

むしろ胸の奥が、さっきよりも明るくなる。

私は咳払いをひとつして、どうにか表情を整えた。

整えきれている自信は、まったくない。


「いえ、その……。見た目の話です。

せっかく踊るなら、不格好には見えない方がいいでしょう」

苦しい。

我ながら苦しい言い訳だ。

けれどマリエンヌは、そんな私を見て、ますます困ったように、でも少しだけ嬉しそうに目を伏せた。

「……はい。私も、そう見えると……嬉しいです」

今度は、私の方が言葉に詰まる番だった。


音楽は続いている。

周囲はきっと何も知らない顔で、こちらを“主役と王妃候補”として見ている。

けれどその内側では、主役も王妃候補も、ひどく情けないくらい赤くなっていた。


私は、視線を真っ直ぐ前へ戻した。

それ以上見つめ合ったら、たぶん何かが崩れる。


それでも、手の中の温度だけは、さっきより少しだけ確かなものに感じられた。


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