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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第22話 男爵令嬢は、主役の王子を新しい目で見る

王宮の大広間は、灯りのせいで少しだけ現実味が薄い。

磨き上げられた床も、きらめくグラスも、揃いすぎた笑顔も、全部が舞台装置みたいだった。


私はエレノア様の半歩後ろに控え、教わった通りに視線を置く。

見すぎない。逸らしすぎない。

気配を拾いながら、自分は静かに立つ。


――その時、広間の空気がふっと変わった。


侍従の声が響く。


「第二王子殿下、御入場――!」


一斉に視線が動く。

私も、動かしすぎないよう気をつけながら、そっと顔を上げた。


ジュリアン殿下が入ってくる。


(……あ)


派手ではない。

第一王子殿下のように、入ってきた瞬間に空気ごと切り替えてしまう鋭さはない。

けれど、目を離しにくい。


歩幅が一定だ。

急がず、遅れず、誰かに見せつけるようでもないのに、場の真ん中へ進むべき人の歩き方をしている。

笑みも穏やかで、柔らかい。

でも、柔らかいだけじゃない。

近づいてくる貴族たちを見ているようで、全部を同じ重さでは見ていない。


(……ちゃんと、選んでる)


話すべき相手、軽く流していい相手、後で拾えば足りる相手。

たぶん、この人はそういうのをすぐに仕分けている。


第一王子殿下が“切り開く”人だとしたら、

ジュリアン殿下は“整える”人なのかもしれない。


そんなことを思ったところで、自分で少し驚く。

前なら、ただ「優しそう」とか「穏やか」とか、それくらいで終わっていたはずなのに。


(……見方、変わってきてる)


以前の私なら、第一王子殿下のほうに、もっと強く目を引かれただろう。

強い言葉。切り替える間。

あの壇上で、全部をひっくり返した人。


でも今、ジュリアン殿下を見ていると、別の安心感がある。

全部を抱え込まない。

だからこそ、本当に必要なものを落とさない。

そんな感じがした。


「……緊張しすぎですわよ」


ごく小さな声で、エレノア様が言った。


私ははっとして、慌てて呼吸を整える。

気づかれていた。

顔に出していたつもりはなかったのに。


「も、申し訳ありません」


「謝罪ではなく修正を。視線が高いわ」


「……はい」


叱られているのに、不思議と胸の奥は少しだけ軽い。

たぶん、さっき思い出したからだ。

礼儀作法室で、ジュリアン殿下が言ってくれたことを。


――“普段まで畏まる必要はないよ”


あの一言は、今も私の中に残っている。

エレノア様に叩き込まれた型が、私の身体を支えてくれるなら、

あの方の優しい声は、息の仕方を思い出させてくれる。


(……ちゃんと、違うんだ)


第一王子殿下とも。

エレノア様とも。

そして、以前私が勝手に思い込んでいた“扱いやすい良い人”とも。


ジュリアン殿下は、もっと現実的で、もっと静かに強い。


そう思ったところで、王が立ち上がり、広間のざわめきが静まっていく。

乾杯の時間だ。


私はグラスに指を添えながら、最後にもう一度だけ、第二王子殿下を見た。

柔らかな笑みの奥に、ちゃんと計算している人の目がある。


(……すごい人なんだ)


その感想を、胸の中にそっと置く。

まだこの時点では、それが“誰と比べたうえでの評価”なのか、自分でもはっきり分かっていなかった。


乾杯の声が広間に満ち、グラスの音が幾重にも重なった。

きらきらした音のはずなのに、私の胸には少し遅れて落ちてくる。


王宮の祝宴。

しかも、第二王子殿下の誕生パーティー。


場の空気は華やかで、甘い香りも、楽師の音も、笑い声も、ちゃんと“祝宴”の形をしている。

なのに、そのどれもが薄い膜みたいで、その下にある本当の流れを隠しているだけのようにも見えた。


少し前の私なら、ただ圧倒されて終わっていただろう。

綺麗だ、怖い、場違いだ――それだけで精一杯だったはずだ。


でも今は、分かる。

少しだけ、分かってしまう。


誰が誰に挨拶をして、誰が先に視線を外し、誰が誰の輪に近づかないか。

それだけで、この場の力の流れが見える。

“祝う”という形を借りて、皆が互いを測っている。


(これが……王都の、公の場)


胸の奥が冷たくなる。

同時に、背筋が伸びる。


エレノア様が私をここへ連れてきた意味が、ようやく肌で分かった気がした。


私は、そっとグラスを持ち直しながら、もう一度だけ第二王子殿下の方を見た。

やっぱり、すごい人だと思う。

優しいだけでも、穏やかなだけでもない。

ちゃんと見て、ちゃんと選んで、必要なものを落とさない人。


――そう思った瞬間。


(じゃあ……第一王子殿下と比べたら?)


そこまで考えて、私ははっとした。


違う。

今、私、何て考えたの?


少し前までなら、“基準”といえば第一王子殿下だけだったはずだ。

あの壇上で空気を切り裂いた声も、

「逃げるな」と言い切った目も、

ずっとそこにあったから。


なのに今、私は自然に、ジュリアン殿下をその“基準”の中へ入れていた。


第一王子殿下ならどうするか。

第二王子殿下ならどう見るか。

いつの間にか、二人を並べて考えている。


(うそ……)


頬が一気に熱くなる。

それは、第一王子殿下だけを見ていた頃とは、もう違うということだ。

違ってきているということだ。


私は慌ててグラスを持ち上げた。

飲むためじゃない。顔を隠すためだ。


ジュリアン殿下は、ちゃんとすごい。

今の私はそれを認められる。

認められるどころか、少しだけ胸が弾む。


それなのに、まだどこかで第一王子殿下のことも考えている。

考えているどころか、二人を勝手に並べてしまっている。


(だ、だめ……私、何をしてるの……)


王妃教育だの、公の場だの、示すだの言われているのに。

頭の中は、ちっとも“立派”じゃない。


私はそっと爪先に力を入れた。

痛みで、余計な熱を押し込めるために。


(落ち着いて、私)


ここは王宮。

祝宴の場。

私は、エレノア様の隣に立つ者として、まず“示す”べきなのだ。


胸の奥の赤面も、ときめきも、

そして“基準が一人じゃなくなっている”という情けない気づきも、

今だけは全部、ドレスの下に押し込めなければならない。


その時、楽師たちの音が変わった。

乾杯のあとのざわめきを、今度はゆるやかに揺らすための旋律。


――ダンス。


広間の空気が、少しだけ柔らかくなる。

笑い声の質が変わり、視線の動きもまた別の意味を持ち始める。


(……まさか)


胸が、小さく跳ねた。

誰に誘われるか、誰が誰に手を差し出すか。

そんなことを考える立場じゃないと分かっているのに、ほんの一瞬だけ――期待してしまった。


(だ、だめ。何を考えてるの、私)


慌てて視線を落とす。

その“ほんの一瞬”が、自分でも信じられないくらい恥ずかしかった。


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