表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/33

第21話 祝宴の幕が開き、主役の視線が揺れ始める

王宮の回廊は、夜になると別の顔を持つ。

昼の白い威厳ではなく、灯火に磨かれた金色の静けさ――飾り立てた華やぎの奥に、冷たい秩序が潜んでいる。


祝宴の会場は大広間だった。

天井の梁から垂れるシャンデリアが、磨き上げられた床に幾重もの光を落とし、壁際には王家の旗と来賓の紋章が整然と並ぶ。

入口から見て正面、ほんの一段高い場所に“高卓”が据えられている。そこに座る者が、この夜の中心だと示すための、儀礼の装置。


だが食事の形式は、堅苦しい晩餐ではない。

立食形式のビュッフェ――長いテーブルに温菜・冷菜・果物、香草の効いた肉料理やパイ、甘い菓子が、視覚的にも“豊かさ”として並べられている。

侍従が銀盆を滑らせ、グラスの空きを見逃さない。

貴族たちは好きな場所に輪を作り、好きな噂を交換し、好きな相手に近づく。


それは祝宴であると同時に、社交という名の戦場だった。


「第二王子殿下の誕生祝い、というより……お披露目よね」

「いま一番、王様が“見せたい”方ですもの」

「見せたい、というか……見せておかないと怖い、かしら」


笑い声は軽い。

だが、その軽さの裏にある計算は重い。

小競り合いが増え、財が削れ、民の不満が溜まる。王位継承の天秤が揺れる。

そういう時代に、王宮の祝宴はただの祝いでは終わらない。


やがて、広間の片隅で空気が一段張った。


公爵令嬢エレノア・ルクレールの到着だ。


彼女は、入場の瞬間から“場”を変える。

高貴で冷たい。視線は鋭いが無駄がない。

――けれど最近、その印象に別の形容が混ざり始めている。


「氷の令嬢、って言うけど……あの男爵令嬢、投げてないのよね」

「むしろ、付きっきりで鍛えてるらしいわ。熱血って噂」

「口は冷たいけど、やってることは……親身、だとか」


噂は噂だ。尾ひれがつく。盛られる。

それでも、盛られた噂が“本当の輪郭”を隠すことはできない。


エレノアの隣には、マリエンヌ・フォン・ハウゼン男爵令嬢がいた。


男爵家の娘――その言葉だけなら、ここは王宮だ。

取るに足らないはずの存在。

なのに、彼女は小さくならない。

派手に飾り立てることもない。背筋は通り、視線の置き方が正しい。

“わきまえ”があるのに、“萎縮”がない。


その違和感が、貴族たちの嗅覚を刺激した。


「……あの子、本当に男爵令嬢?」

「立ち姿がもう違う。変わったっていうより、“整えられた”感じ」

「第一王子殿下、見る目ありすぎ……」

「今は第二王子殿下も盛り返してるって聞くし、王様も判断が難しいでしょうね」


誰もが分かったふりをしながら、上っ面をなぞる。

見えているのは“結果”だけだ。

その結果が、誰の手で作られたか――そこまで見抜ける者は少ない。


エレノアとマリエンヌが並ぶ場所は、いつの間にか小さな渦になっていた。

近づく者、距離を取る者、遠巻きに眺める者。

誰もが自分の立ち位置を確かめ、王宮という大きな盤の上で、無言の配置換えを始める。


「二人とも、王妃に相応しいのでは?」

「まさか。エレノア様は分かるけど、男爵令嬢は……」

「でもね、あの子、目が折れてない。あれは簡単に折れないわ」

「エレノア様が“隣”に置いてるってことは……つまりそういうことよ」


既に臣下が集まり、広間のざわめきが薄く渦を巻いていた。

話題は勝手に、“王妃に相応しいか”へ流れ着く。

祝宴の名目が、誕生日であることを誰も忘れていないはずなのに。

この場の主役は、まだ到着していないというのに。



「両陛下のおなり」

大仰な言葉と共に、扉が開かれ、衛兵が並んだ。

そんな衛兵の間を国王夫妻が入場すると、音が一度、完全に落ちる。

王は高卓の前で立ち止まり、穏やかに言った。

「本日はジュリアンの誕生日だ。――過度に畏まる必要はない。楽しめ」

その言葉の意図は、無礼講ではないが、礼節の範囲内であれば多少の粗忽なら大目にみよう、と言う事。

それは許しの言葉であり、同時に“この場の温度を決めるのは王である”という宣言でもあった。

夫妻が席に着いた瞬間、同時に参加者にポンチを入れたグラスが配られる。

祝宴はようやく「開いた」。



そして――その主役が、ようやく姿を現した。


広間の入口で、侍従が声を張る。


「第二王子殿下、御入場――!」


音楽が変わる。

会話が止まる。

視線が一斉に入口へ向く。


ジュリアンは、王宮の光の中を歩く。

派手ではない。だが揺るがない。

“守りの王”の空気――耐えて、整えて、崩さない者の歩き方。


彼が入った瞬間、広間の空気は確かに切り替わった。

これからこの場で、何が“示される”のか。

誰が、誰を、どう測るのか。


そして何より――

先に到着している二人の前に、主役がどう立つのか。


その一瞬を、誰もが息を詰めて待っていた。


第二王子は高卓の前で足を止め、王と王妃――そして近しい重臣へ短く礼をした。

笑顔は穏やかだが、隙はない。

誕生日の主役として、そして王族として、場の中心へ座る手順を踏む。


楽師の音が、一段落ちる。

侍従長が数歩前へ出て、澄んだ声で告げた。


「皆様。本日は第二王子殿下の御誕生日にございます。

ただいまより、祝宴を開きます」


銀盆に載せられたグラスが、滑るように運ばれる。

透き通った白葡萄酒、淡い琥珀の酒、果実の香り。

この場に相応しい“甘さ”が、すでに政治の匂いを薄めてくれる――ように見せかけて、むしろ香りを強める。


王が立ち上がる。

それだけで、広間の背筋が揃う。


「本日は、ジュリアンの誕生日だ」


言葉は短い。

だが、その短さが王の重さだ。

場は一斉に耳を澄ませる。祝辞の中身より、含意を聞き取ろうとしている。


「皆で祝ってやってくれ」


王がグラスを掲げる。

それに合わせて、貴族たちも一斉にグラスを持ち上げる。

音が重なる前の一瞬、空気は薄い膜のように張りつめた。


「乾杯」


「乾杯――!」


声が広間を満たし、グラスの音が一斉に鳴る。

その音は華やかで、どこか乾いていた。

祝宴は祝いであると同時に、今日の盤面が動き始めた合図でもあるからだ。


人々は一口飲み、ようやく呼吸を取り戻したように話し始める。

けれど、話し始める内容は相変わらず“遠回し”だ。


「殿下、ますますご立派に」

「今年は小競り合いも多うございますが、殿下ならば――」

「財の流れが整えば、民も安心いたしましょう」


祝辞に仮託した評価。

褒め言葉に見せかけた牽制。

貴族の舌は、甘い酒よりずっと器用だ。


一方で、広間の片隅――先に到着していたエレノアとマリエンヌの周囲には、別の熱が滞留していた。

“王妃に相応しい”という言葉が、勝手に行き交っている。


「公爵令嬢は当然として……」

「男爵令嬢も、あれはもう“候補”の顔じゃない」

「第一王子殿下の見る目が恐ろしい」

「いや、最近は第二王子殿下も盛り返している。王様も難しいだろう」

「高い次元で均衡してる、ってやつだな」


誰もが分かったふりをする。

けれど、その“均衡”がどれほど危うい糸で保たれているかを、本当に理解している者は少ない。


ジュリアンは挨拶の輪を受け流しながら、広間全体を一度眺めた。

主役の視線。

その視線が、自然に――エレノアと、その隣の少女に吸い寄せられる。


マリエンヌは、視線に気づいて小さく息を吸い、教えられた通りの角度で頭を下げた。

控えめで、しかし萎縮しない礼。

エレノアは微動だにせず、いつもの冷たい微笑を貼り付けたまま、場の中心を見据えている。


そして、祝宴は次の段階へ移る。


楽師が、さっきより少し軽やかな曲を奏で始めた。

歩調を誘うリズム。

談笑の輪に、自然な揺れが生まれる。


――ダンスの時間が近い。


誰もがまだ、笑っている。

だが笑いながら、次に誰が誰へ手を差し伸べるかを、すでに計算している。


祝宴の本番は、これからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ