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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第13話 廊下の再会は、幼い憧れを呼び起こす

廊下の空気は薄い。

礼儀作法室の濃密な緊張に比べれば、噂も視線も、ただの埃にすぎない。


――けれど今日は、その埃がやけに肌に貼りつく。


「ほら、殿下が様子を見に来たって」

「数日で王妃候補扱い? 男爵令嬢って、運だけは強いのね」

「エレノア様、泣かせるんでしょう?」

「違うわよ、あの方は“泣いたら終わり”って顔で教えるの」


馬鹿馬鹿しい。

けれど、馬鹿馬鹿しさの中に混じった熱は、嫌でも耳に入る。

私は舞台の外へ降りたつもりでいたのに、いつの間にか“教育係”という名の中央へ引き戻されている。


――そして、その中央の前に現れたのが。


第一王子レオン。


曲がり角から姿が見えた瞬間、私は呼吸を一つ浅くした。

浅くしたのは緊張ではない。

油断したくないからだ。


彼は、こちらに向けてくる視線の角度が変わった。

数日前までは“断罪劇の主役”としての視線。

今は――人を測る視線。空気を読む視線。刃を隠す視線。


(……本当に、目を覚ましたのね)


悔しい。

認めたくないほどに、悔しい。

けれど同時に、胸の奥のどこかが――愚かなくらい、ふっと軽くなる。


「……教育は順調か」


声を落としている。周囲への配慮。

誰かに聞かれても、ただの形式的確認に聞こえるように。


(演じることをやめた、という噂は――正しいのね)


私は足を止め、礼儀としての角度だけ頭を下げる。

目は合わせない。

合わせれば、負ける気がした。

――いや、負けるというより、自分の感情が顔に出る。


「殿下が確認される必要はございません。結果はいずれ見えるでしょう」


冷たく返す。

刺したいのではなく、鎧を固めたい。

彼は、私の“鎧”の厚みを測るのが上手い。昔から。


「結果は見える、か。なら安心だな。君の“作品”が失敗するとは思っていない」


“作品”。


その単語は、分かっていて投げた。

私の領分へ、礼儀を装って踏み込む時の言い方。

私の“誇り”を指先で撫でるように触れて、反応を見る。


(……相変わらず、人が悪い)


数日前までは、こんな“悪さ”はしなかった。

しようとしても、出来なかった。


それが、出来ている。


私は視線を滑らせる。ほんの一瞬だけ。

彼の目元――笑っていない。けれど、怯えてもいない。

その静けさが、何より腹立たしい。


「殿下は、ずいぶんと彼女に肩入れなさるのですね。数日で」


探り。

彼がどこまで“本気”なのかを測るための針。


「肩入れ?」


わざとらしく首を傾げる。

……そして、その角度が。


(――昔と同じ)


勝手に、記憶が重なる。

まだ背の低かった頃の彼。

学園の裏庭で、木剣を振り回して、息を切らしながら笑っていた少年。


「エレノアに負けないようにしないとな」


そう言っていた。何度も。

悔しそうに、でも嬉しそうに。


私に会う前の彼は、「兄として恥ずかしくないように」しか言わなかった。

“兄”という役割に縛られて、それだけが自分を立たせる支柱だった。


けれど私と出会ってから、言葉が増えた。

「エレノアのおかげで気づいた」

「エレノアに負けないように」


それは幼い言葉だ。青い言葉だ。

――でも、あれは確かに、本物の意志だった。


(……ああ)


胸の奥が、かすかに痛む。

戻ってきたのだ。

あの“青い意志”が。

そしてそれを、本人はまだ自覚していない。


「君は、周囲にいなかった」


そう答える彼の言葉の端々に、私は“自分を納得させる理屈”の匂いを嗅ぐ。

だが次の一手で、私は確信した。


「君を選ぶと決めたのは、エレノアが君を叱ったときだ」


……違う。

違うのに。


(本気で信じている……!)


彼は本気で思っている。

自分が“気づかなかった原石”を見つけたことよりも、私が“気づかせてくれた”のだと。


その思い込みが、腹立たしくて――腹立たしいのに、胸のどこかが温かい。


(……ずるい)


私が彼に憧れていた頃の私は、こういう時に必ず負けた。

理屈ではなく、熱に。


だから私は、目を合わせない。

合わせてしまえば、昔の自分が顔を出す。


「君が怖いんだろう」


彼が言った。


足が止まりそうになるのを、意地で抑える。


(怖い? 私が?)


違う。

怖いのは――今のあなたよ。


昔のあなたが戻ってきた。

それだけなら、私は素直に嬉しかったかもしれない。

けれど、なぜ今なの。


このタイミングで戻るのは、残酷だ。

今の私は“公爵令嬢”として完成してしまった。

憧れていた頃の私は、もういないふりをしてきた。

それなのに――彼が、あの頃の熱を携えて戻ってくる。


(……ずるい。ずるすぎる)


「都合が良いさ。私は王子だからな」


売り言葉に買い言葉。

それでも声を荒げない。

互いに舞台袖で刃を交えている。


――あの頃は、こんなやり方は出来なかった。

彼は、私の正面でしか戦えなかった。

だから眩しかった。


今は、正面でも、横合いでも、背後でも戦える。

大人になった。王子になった。

そして――戻ってきた。


「なら頼む。君が見抜いた能力は本物だったと言ったのは、社交辞令じゃない」


この言葉で、私は一瞬息を詰めた。


(……私が見抜いた?)


違う。順番は違う。

私が“認めた”だけで、最初に拾い上げたのは彼だ。

それなのに、彼はそれを――私の手柄として置いてくる。


“あなたが気づかせてくれた”という形で。


(……そうやって、私を同じ高さに引っ張り上げるのね)


彼は、私を同格だと信じている。

信じているから、そう扱う。

そしてその信じ方が――昔の少年のままだ。


嬉しい。

嬉しいのに、苛立つ。

苛立つのに、懐かしい。


「……殿下。私を買いかぶらないことですわ。私が仕立てるのは王妃です。殿下の慰み者ではない」


わざと、棘を立てた。

自分の顔が熱を持つのを隠すために。

気づかれたくない。

“憧れが戻ってきた”なんて。


「安心しろ。私は“王”になっても、安っぽい欲で国を壊すつもりはない」


その返答が、短く、真っ直ぐで。


(……ああ、もう)


幼い頃の彼が、今の顔に重なる。

漫画のコマが切り替わるみたいに、少年の笑みが透けて見える。


「――本当に?」


思わず確かめてしまう。

意地悪だと分かっているのに。


「本当に」


一拍も置かない即答。

言葉を切る“間”が、あの壇上と同じ。


私の視線は、また逃げた。

拒絶ではない。

感情を隠すための逃避だ。


(……なぜ、このタイミングなのよ)


嬉しい。

確かに、嬉しい。


けれど同時に……

彼が戻ってきたということは、私の予定していた筋書きが崩れたということ。

そして崩れた筋書きを、私は“教育”という形で立て直さなければならない。


マリエンヌという原石。

彼が選び、私が磨く。

その舞台の上で、彼はきっと私を見ている。


――見ているだろう。

見届けるだろう。

そしてまた、勝手にこう言うのだ。


「エレノアのおかげだ」と。


私は薄く笑ってしまいそうになり、唇を引き結んだ。


「ええ。殿下が“見届ける”と仰るなら、存分に」


挑発に見せた約束。

売り言葉に買い言葉。

それでも、どこか――嬉しい自分がいることが悔しい。


彼が踵を返す。

私は背を向けず、姿勢を崩さず、ただその背中を視界の端で追う。


(……戻ってきた)


憧れていた少年が。

自慢の兄であろうとした王子が。

私に負けないようにと言っていた彼が。


嬉しい。

それは確かに本音。


でも、だからこそ。


(――油断しない。今度こそ)


私が笑ってしまう前に、私が揺れてしまう前に。

私は、礼儀作法室へ戻る。


原石を磨く。

作品を仕上げる。

そして――このタイミングで戻ってきた“王子”に、思い知らせる。


あなたの憧れが戻ったのなら、

私はそれに見合う“公爵令嬢”であり続ける、と。


たとえ胸の奥で、あの日の自分が小さく歓喜していても。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

レオンやエレノア、マリエンヌたちの関係の続きが気になりましたら、評価・ブックマーク・感想・リアクションなどで応援いただけると励みになります。


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