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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第12話 同い年の王子は、彼女の努力を見抜いた

扉の外へ出た瞬間、空気が変わった。


礼儀作法室の中は、張りつめた静けさの“密室”だ。

対して廊下は、噂と視線が薄く漂う“公開空間”。

だが私は今、その公開空間すら、薄い幕一枚の裏側に感じていた。


(……よし。これでいい)


マリエンヌの目は揺れていたが、逃げなかった。

あれだけで十分だ。

あとは――教育の速度と、教育者の意図を、私が読み違えないこと。


そう考えながら歩き出し――


曲がり角で、こちらへ向かってくる足音と重なった。


ヒールでもない。

それでいて足音が整いすぎている。

“音”そのものが姿勢を語るような歩き方。


エレノアだ。


視線が合いかけて、合わない。

彼女はわずかに顎を引き、礼儀としての角度だけ頭を下げる。

完璧な所作。完璧な距離。完璧な――拒絶。


(……そうか。避けるか)


数日前の壇上では、彼女は最後まで目を逸らさなかった。

あの場で、互いの刃を真正面から受け合った。

だが今は違う。

“公爵令嬢”としての仮面が、さらに一枚厚い。


私はその薄い違いを見落とさない程度には、ようやく目が開いたらしい。


「……教育は順調か」


声を落とす。

廊下の端で耳をそばだてる者がいるのは分かっていた。

彼らには、王子と公爵令嬢が“形式的に確認している”ように見えればいい。


エレノアは歩みを止める。

止めるだけで、周囲の空気が一段締まった。


「殿下が確認される必要はございません。結果は、いずれ見えるでしょう」


冷たい。

だが、刺し方がいつもより鋭い。


(……苛立っている)


理由は分かる。

私が“あの場”で彼女の筋書きをひっくり返したからではない。

それだけなら彼女はもっと優雅に笑う。


もっと根の深いところ――

「自分が見抜いた原石」を、私が“選んだ”こと。

その順番が、彼女の矜持をちくりと刺激している。


「結果は見える、か。なら安心だな。君の“作品”が失敗するとは思っていない」


わざと、言葉を選んだ。

“作品”。

彼女が気づかずにいられない単語。

彼女が誇りを持っている領分への、礼儀を装った踏み込み。


エレノアの視線が、ほんの一瞬だけこちらへ滑った。

そしてまた、逸れる。


(……やはり、目を合わせない)


彼女は今、“勝ち負け”の線を引き直している。

私と真正面から刃を交えるのではなく、彼女が主導できる領域――教育と完成度へ引き込むために。


賢い。

だからこそ、腹が立つ。


「……殿下は、ずいぶんと彼女に肩入れなさるのですね。数日で」


「肩入れ?」


私は、わざと首を傾げた。

子供の頃の癖が、ふっと戻る。

こういうとき、私は相手の表情よりも“間”を読む。


「確認しただけだ」


「確認の割に、長かった」


“見ているな”。

そう言われた気がした。


私は口元だけで笑う。

負けない程度に、しかし勝ち誇らない程度に。


「君が怖いんだろう」


エレノアの足が、一瞬止まった。

止まり方が、あまりに微細で、周囲には気づかれない。

けれど私には分かった。


(当たりだ)


「……随分と、ご都合の良い解釈を」


「都合が良いさ。私は王子だからな」


売り言葉に買い言葉。

だが、互いに声量を上げない。

周囲には“皮肉の応酬”にしか聞こえない距離感で、内側だけを切り結ぶ。


彼女は、少しだけ首を傾ける。

その角度が――不意に、幼い頃の彼女の癖と重なった。


(……ああ)


記憶が、ふいに重なった。


王立学園の裏庭。

まだ背も低く、今よりずっと幼かった頃の彼女。

同じように顎を引き、同じように目だけで相手を量っていた――ませていて、生意気で、それでいて妙に気高かった公爵令嬢。


その面影が、今の冷たい美貌の奥に、何の違和感もなく透けて見える。

幼い日の輪郭が、そのまま磨かれて、今の彼女になったように。


――変わっていない。


少なくとも、芯にあるものは。

他人の値踏みに怯まず、先にこちらを見返してくるあの目も。

自分の矜持を、まだ幼い身で当然のように抱えていた危うさも。


そして、気づく。


私は、この“変わっていなさ”を、昔はちゃんと見抜いていた。

では、いつから見えなくなった?


王子の重圧。

期待。

役割。

“こう振る舞うべきだ”という鎧が、いつの間にか視線にまで被さっていたのだ。


(……戻ったんだな、私)


胸の奥に熱が走る。

だが同時に、私は自分を戒める。


(浮かれるな。これが、彼女の土俵だ)


「殿下」


エレノアが、今度は私の名を呼ばずに呼んだ。

“殿下”という肩書きだけで距離を作る呼び方。


「彼女はまだ、形になっていません。未完成です。磨けば光るなど、誰でも言える」


「君は誰でも磨けるのか?」


「……ええ。必要なら」


嘘だ。

彼女は誰でも磨かない。磨く価値がある者しか磨かない。

その選別眼が、彼女の矜持だ。


私は一歩だけ近づき、声をさらに落とした。

この距離なら、周囲の耳は届かない。


「なら頼む。君が見抜いた能力は本物だったと言ったのは、社交辞令じゃない」


エレノアの睫毛が、ほんの一瞬震える。

その震えが“感情”なのか、“計算”なのか――まだ断定はできない。

だが、少なくとも無反応ではない。


「……殿下」


「何だ」


「私を買いかぶらないことです。私が仕立てるのは、王妃です。殿下の慰み者ではない」


切れ味が戻った。

――そして、やっぱり変わっていない。


幼い頃、彼女は私にこう言った。

「王子様は、王子様でいるのが仕事でしょう?」と。

ませた口調で、顔だけは真面目に。


その声が、今の声に重なる。


思わず、笑いそうになってしまう。

慌てて、喉の奥で抑え込む。


「安心しろ。私は“王”になっても、安っぽい欲で国を壊すつもりはない」


「――本当に?」


「本当に」


短く答える。

言葉を切る。

あの壇上の“間”と同じ切り方で。


エレノアの視線が、また逸れる。

だが今度は、拒絶ではない。


――照れ。

あるいは、悔しさを隠す癖。


(……してやられた、と言いたい顔だな)


私は、わざと話題を戻した。

戦場はここではない。ここは前哨だ。


「では、続けてくれ。私は邪魔をしない」


エレノアが、微かに笑った。

氷の微笑ではない。

鋭い刃の背で、ほんの少しだけ撫でるような笑み。


「ええ。殿下が“見届ける”と仰るなら、存分に」


それは挑発で、約束だ。

どこか仲が良い、と誤解されても仕方ないほどに、呼吸が噛み合っている。


私は踵を返しながら、心の中だけで呟いた。


(――昔のお前を思い出したよ、エレノア)


そして同時に、別のことも思う。


(……私も、昔の私に戻った)


変わったのが、弟と彼女エレノアの影響なら、

戻れたのも、弟と彼女の影響おかげ


戻ったのなら。

この先は、逃げない。


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