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11.再び遺構へ

 蒸気機関車の窓から見える空は、街から離れるほどに澄み切っていく。ボックス席の正面ではルカが車窓に齧りつき、その隣ではピカリが腹ごしらえの揚げパンに齧りついている。

 今朝、ヤセギスから不参加の連絡があった。何でも商会絡みの大口案件を優先したらしい。ぜひとも成果を出してやって、あのすかした商人のひとかたならぬ悔しがりようを見物したいところだ。いずれにしても、一人までの増減ならば当日まで認められているので、さしたる問題はない。

 琥珀は手の中の遺物コンパスに目を落とした。遺物のある方角を示すはずの針は、どういうわけか一直線にルカを指している。

「ルカ。あんた、本当に何も隠していないんだろうな?」

「何遍も言っただろう。なんにも心当たりはないと」

「たとえば昔手術をしたときに、遺物製のランセットを腹に置き忘れたまま縫い合わされたか」

「おっかないことを言うな。僕は生まれてこの方、一度たりとも病院にかかったことのないすくやか者だ」

 そう誇らしげに胸を張られたって困る。こうなると最早ルカ自身が「大声で喋って歩き回って豆を焦がす、世にも珍しい遺物の一種」ということでもなければ説明がつかないのだが。

「やっぱりね」

 花柄のハンカチにぎとついた指を拭いつけながら、ピカリが口を挟んだ。

「……やっぱり?」

 引っかかる物言いに、琥珀は片眉を上げる。ピカリは涼しい顔で、揚げパンのかけらを口に押し込んだ。

「ルカ君を遺構から連れ出すときさ、管理局の荷物検査メカが大暴れしたんだよね」


 遺物の採取上限をすり抜けようとする不届き者は後を絶たない。隠しポケットに詰め込んだり、腹に仕込んで脂肪を装ったり、過去には口にするのも憚られるようなあらぬ部位に隠そうとした猛者もいたとか、そうでないとか。

 そんな不埒な輩を成敗するために、管理局が威信をかけて開発したのが「荷物検査メカ」。退構時に遺物を隠し持っていると、その箇所を真鍮のアームがポカッとしばいてくるという、甚だ画期的な代物だ。こいつのおかげで遺物の密輸は撲滅されたと、教本のコラムに書いてあったのを覚えている。

「あれはもうごめんだ! 絶対やりたくない!」

 途端にルカが青ざめる。何でも素直に受け入れるルカにここまで言わせるとは、いったいどんな悲惨な出来事が──

「ルカ君が検査ゲートを通り抜けようとしたとき、アーム十本全部がいきり立って、ルカ君を袋叩きにしたんだよね」

「……そのようす、後で絶対見せてくれ」

「いやだー!」

 そういえばピカリが管理局で「メカだって反応した」と言っていたのはこのことだったのか。そんな異様な状況、ガチコでなくとも誰だって故障だと決めつけるに違いない。


「もし、お客様。探索へ行かれるのですか?」

 ワゴンを押しながら乗務員が近づいてくる。

「お土産に遺構管理局印の遺物コンパスビスケットはいかがでしょう?」


***


「さてさて、今日はシズカちゃんがいないんだからね。怪我や病気には十分気をつけて、羽目を外さないように!」

「何をどうしたら病気になるんだよ」

 遺物コンパスビスケットの最後の一枚を頬張りながら、ピカリは高らかに宣言した。受付カウンターに三人分の出入許可証を提示して、引き換えに遺構の鍵を預かる。

「そういえばあんた、どうやってここに侵入したんだ? ご大層な施錠がしてあっただろうに」

 鍵を弄びながら、琥珀は遺構の入口を指差した。荘厳な扉には、もともと錠前などついていない。管理局が二本の把手とってに鎖を巻いて、パドロックで厳重に封鎖しているのだ。

「鍵なんてかかっていなかった気がするが……」

「そんなわけあるか。一晩中開けっぱなしだったら盗掘し放題だろ」

「ううむ、しかし……」

 小首を傾げながら、ルカは把手に手をかける。ガチャリ、と。にわかには信じがたい音がして、パドロックが地に落ちた。

「……は?」

 解けた鎖がじゃらりと垂れ下がり、重い扉が恭しく開いていく。入口付近の遺物の採取跡が、一斉に青い光を放ちはじめた。

「なあ、ピカリ。あの日……鍵を開けたのは誰だ?」

 ピカリはいつになく真面目くさった顔で、口もとに手をやって考え込む。

「私は、琥珀君が開けたものだとばかり」

「俺はあんただと思ってた」

 何ということはない。ルカと出会ったあの日、自分たちが遺構に足を踏み入れる前から、とっくに異常は始まっていたのだ。

「入って、いいのか?」

 ルカが不安げに振り返る。「ああ。頼む」短く促すと、ルカは頷き返して暗がりにランタンの明かりを差し向けた。革の靴底が石床を打ち鳴らすごとに、ぼう、と青い篝火が灯っていく。

「こんなの、まるで……」

 妖しいほど幻想的な光景に、背筋が寒くなる。

「ルカを、歓迎してるみたいだ」

 琥珀が唾を飲み込むと同時に、がばちょ、とルカの足もとの床が口を開けた。

「うわあぁぁ……」

 ルカの悲鳴が滑り台の奥へと遠ざかっていく。呆気に取られる琥珀を、ピカリが横目で見やった。

「手荒な歓迎だね」


***


 ルカを追いかけて降りていった先には、またぞろ扉があった、らしい。というのも、琥珀たちが駆けつけたときには、すでに開放された扉の先にルカがひっくり返っていたからだ。

 「遺構はルカに反応して扉を開く」。実際に目の当たりにしてしまった以上、いやでも信じざるを得ない。……もっと神秘的な情景を想像していたのだが。

「なあ、もしや、ここから奥まで終始こんな感じじゃないよな?」

「……終始こんな感じだったぞ。近づいたら勝手に動いて、落とされたり、運ばれたり、押し込まれたり」

「そんな目に遭っておきながら、よく二つ返事でついてきたもんだ」

 転がったままのルカに手を貸してやる。

「君たちが協力してくれって言うからだろ!」

「あんたのその意外と頼まれたら断れない癖、いつか身を滅ぼすぞ」

「あはは! 何はともあれ、ここは立派な未踏区画だねえ」

 ピカリがマップを指でなぞる。

「本来はここまでが共通ルートだけど、ここで落ちて、深度約十メートル、北東に約二十メートルってとこだね」

 琥珀は辺りを見回した。壁に刻まれた不気味な意匠や精緻な彫像は、他階層と何ら変わりない。しかし石畳の床はまるで施工したてのように滑らかだ。ランタンの明かりを持ち上げると、石柱の陰からくわっと蝙蝠が飛び立った。

「この先に、いったい何が眠ってるっていうんだ……」

「こうしちゃいられないね。琥珀君、ルカ君、きびきび行くよ。大冒険が呼んでいる!」

「このまま進めばいいんだな? よしきた、僕に任せたまえ!」

「……っておい、置いていくな! 早速羽目を外してないか?」

 奥へと走っていくピカリとルカの後を追う。この二人といると、とてもじゃないが神妙なムードになりゃしない。


***


「……普通にギミックがあるんだが」

「うん。普通にあるね」

 ルカを先頭に進んでいた三人の前に現れたのは、見慣れた「シーソー床」だった。試しに鉄板の床を踵で踏んづけてみると、ギイ、と建てつけの悪い音を立てて沈み込む。

「この床がなんだっていうんだ」

「ルカ君やったことない? ぎっこんばったんだよ」

「何だって?」

「わかるように言ってやれ。通路の真ん中に支柱があるだろ? 向かって左右に分かれて、大体同じくらいの重さで渡らなけりゃならないんだ」

 シーソー床は遺構突入序盤で遭遇しうる、初歩的な罠だ。せっかく正規ルートを逸脱してここにいるのに、何だか様にならない。

 左右の重さに一定以上の差があると、一方が跳ね上がり、もう一方は奈落の底に真っ逆さま。かといって負荷のかかりにくい中心側は、剣山が生えていて渡れない。当然、一人で渡るなどもっての外だ。

「あんた、前はどうやってここを通過したんだよ」

「わからない。真ん中を通った、とか」

「よく見ろ。支柱は遠眼鏡の筒より細いだろ。あんたにそんな大道芸ができるのか?」

「ううむ」

 ルカはまだ納得いってなさそうだが、こちらはこちらで目下やるべきことをするだけだ。ピカリと目配せして、荷物を床に下ろす。

 重量測定ならば入構前に済ませてある。順当に一番背の高いルカが最も重いが、いかんせん細身な方だ。琥珀たちと比べてそこまでの落差はない。ヒョロガリのヤセギスと巨体のシズカがいれば、悩むこともないのだが。

「これ全部ルカ君に押しつけるしかないね」

 ピカリが背負子の目方を見ながら言った。こういうときに備えて、全ての道具にはあらかじめ目方ラベルが貼りつけられているのだが、今は細々とした交換が意味をなさない。琥珀はツールベルトを外して、ルカの腰に括りつけた。

「ルカ、いいか。背中にピカリの荷物、前に俺の荷物を持って、そっち側を渡るんだ」

「ああ、心得……たっ……?」

 ピカリが背負子を負わせると、ルカの腰が砕ける。

「何だ、これは……うら若き婦女子がこんな岩みたいな荷物を……?」

「じゃあ俺のリュックもいくぞ」

「君たちは悪魔か!」

「魔王の生まれ変わりには言われたくない」


 背中と腹に荷物を抱えたルカが、よたよたとシーソーの前に立つ。身軽になった琥珀とピカリは、その対称に陣取る。

「こ、これで……本当にいけるんだな……?」

「理論上はな。あんたが端を歩けば釣り合うはずだ」

「じゃあいくよ。せーの」

 ピカリの号令で三人一斉に床に乗る。と、思いがけず、琥珀たち側の床がガクンと沈んだ。

「……! 待った、二人とも下がりなさい」

「おっと」

「えっ……ふぎゃっ」

 咄嗟に飛び退くと、シーソーはギギイと鳴いて元に戻る。おかしい。ルカ側の方が軽いとはいえ、そこまで極端な不均衡ではない。今の傾き方は、まるで向こう側に何も載っていないかのような具合ではないか。

「おいルカ、あんたちゃんと乗っ……て……?」

 ルカは荷物の重さに負けてうつ伏せに転倒していた──シーソーの上に。

「うう、動けない。琥珀、助けてくれ……」

「……おいおい」

 目を擦ってみるが状況は変わらない。シーソーは片端にルカを載せたまま、微動だにしない。ルカも、山盛りの荷物も、何も存在していないかのように。水平を保ったまま沈黙している。

 傍らのピカリが、

「……ルカ君が勘定に入ってないね。だから一人で渡れたんだ。ルカ君は侵入者じゃないって、そう言いたいのかもね」

 と、耳を疑うような仮説を口にした。


***


 腑に落ちようと落ちなかろうと、ロジックがわかったなら話は早い。ルカを先に渡らせてから、琥珀とピカリが左右に分かれて渡るだけで、いともあっさりとシーソーギミックは抜けられた。


「どうして……遺構はルカに反応するんだろうな」

 すっかり調子が出てきたらしいルカは、うきうきと先頭を歩いている。能天気なものだ。こちとら一探索者として培ってきた常識を片っ端からひっくり返されて、目を白黒させているというのに。

 ルカが近づくと、まるで喜びに打ち震えるように青く輝く遺物。ルカを招き入れるように、奥へ奥へと歩みを進ませる機構。強い力でルカに惹かれ続ける遺物コンパス。遺構に入ってからの方が、かえって謎が深まってはいやしないか。

「実は遺構を造ったのが王族だった、とか」

 ピカリが水色の瞳をくるりと回す。

「それなら王家の管轄じゃなけりゃ理屈に合わないだろ」

 第一、遺構は国家成立以前から存在したと言われているのだ。王家に関わりがあるとは考えがたい。するとこれまたピカリがあっけらかんと言う。

「じゃあ、ルカ君が魔王の生まれ変わりだからじゃない?」

「まさか。それじゃあ何か、さしずめここは魔王城ってとこか?」

「あはは、まっさかぁ!」

 ピカリが笑い声を立てると、蝙蝠が一斉に羽音を立てた。


「悪い、ちょっと待ってくれ」

 ルカの足もとに遺物の光を認めて、寸法をマップに書き入れる。やはり腐っても未踏区画だ。状態の良い遺物が、手つかずのままに残っている。それでもまだ、かつて自分が壊した「当たり」と同等と呼べるような個体は見つかっていなかった。

 もしも「当たり」が手に入ったなら、間違いなくいい芯が採れる。それも、一つや二つじゃないかもしれない。ひょっとすると、夢の手触りを感じ取れるほどたくさんの芯が、この手に。

「二人とも、早く来たまえ! ほら、見てみろ。思い出したぞ、この箱に載って運ばれたんだ」

「何それ、楽しそうじゃん!」

 嬉々として手招きをするルカに、さっさとついていくピカリ。琥珀は慌てて声を張った。

「だから置いて行くなって!」

 この先にあるのだろうか。ルカの正体を示す鍵が。そして、琥珀の夢への早道が。

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