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10.命知らずのキミ

「遺物って、きのこみたいなものなんだよ」

「きのこ?」

 落書きだらけのピカリの教本から、ルカが顔を上げる。

「遺構の中で少しずつ育っていくんだよ。私たちは食べ頃に成長した遺物を刈り取って帰るというわけ」

「食べるのか?」

「真に受けるな。話半分に聞いとけ」

 台所から戻ってきた琥珀が、カウンターに二人分の紅茶を置いた。工房を訪ねると、琥珀はいつも自身が東の山で採った香草の茶を淹れてくれる。香ばしくてほろ苦い茶を一口啜って、ピカリはルカに向き直った。


 ピカリが工房を訪れている理由は、ルカの初回探索研修のためだ。同行者のみならず、初めて遺構を探索する全ての者が通る道である。もっともルカが遺構に入るのは、厳密には二度目であるが。

「だから本来は、前の探索者が通ったルートとは別のルートを選ぶのが定石なんだよ。根こそぎ採り尽くされた後だからね」ピカリが指を立てる。「でも今回の目的は採取じゃなくて、ルカ君が通ったルートを再現すること! キミがあの石棺の部屋に至った方法を、私たちに示してみせてね」

 ルカに水を向けると、彼は即座に否定した。

「うん。無理だ」

「いや何でだよ。自力で辿り着いたんだろ?」

「だって真っ暗だったんだぞ。わけもわからないまま進んでいたんだ。道順なんかわかるものか」

「一本道だったかどうかも覚えてないの?」

「ううむ……」

 ルカは眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。彼の話を信じるならば、遺構はルカに反応して扉を開いたという。つまり、ルカの通った道はまるごと未踏区画である可能性があるのだ。

「それに琥珀君が教えてくれた、遺物がルカ君に反応して光るっていう情報も見過ごせないよね。琥珀君、前回の探索で見た青い光、覚えてる?」

「ああ、覚えてる。あんたが大玉をぶち転がす前に見た、あの青い……そうか」

「うん。ルカ君に反応した遺物の光だった可能性が高いよね」

「……だな」

 ピカリが青い光を発見したあのとき、おそらく近くにルカが潜んでいたのだろう。しかしその推測を、またもやルカが否定する。

「それ、銃声が聞こえてくる前の話だろう。あのときは近くに光るものなんかなかったぞ」

「え? そんなわけないだろ。あんたが半径一メートル以内にいなけりゃ、遺物は光らないんじゃないのか?」

「ああ。だけどあのときは真っ暗だった。光があったら見落とすはずはない」

「たとえば遺物が生えてる壁の裏側にいたとか。あんたの目に入らなかっただけでさ」

「階段のある場所にいたと思うが……あそこはひらけていなかったか?」

「ううん……どういうことだ」

 琥珀が口もとに拳を当てて考え込んでしまう。当事者であるルカの方はもっとわけがわからないらしく、琥珀の思い悩む姿に首を傾げるばかりだ。手詰まりになりかけた状況に、ピカリは思いつきの一石を投じた。

「つまり、特異な個体だったってことじゃない? たとえば……『当たり』だったとか」

「ちょっと待て、『当たり』だって……!?」

 その一言に、琥珀が腰を浮かせる。

「ルカ君が近くにいなかったのに光ってたのなら、もしかしてすごーく感知範囲が広かったのかも。それって『いい遺物だったから』って考えることもできるんじゃない?」

 当てずっぽうなりに、筋は通っているのではなかろうか。ルカと遺物の関係は未知数なのだ。柔軟に考えるべきだろう。頭を切り替えんとするように、琥珀が熱い紅茶をカッと飲み干す。

「……あれが、『当たり』だった……? だとしても、あれから一ヶ月経ってるんだ、もう他の奴に採られて……いや、あんなところにあったんだから、まだ誰にも気づかれてないかも……」

「琥珀……それは僕のお茶だ」

 琥珀はいつも自分の分の茶を淹れない。ピカリの手の中にカップがある以上、まさしくそれはルカの分である。しかしルカの控えめな抗議もまるで耳に入っていないらしく、琥珀は宙を見つめたまま、ああだこうだとひとつ。当惑したルカが、助けを求めるようにピカリに視線を向けてくる。

「彼ね。『当たり』には因縁があるんだよ」

 ピカリは優雅に紅茶を傾けながら、二年前のことに思いを馳せた。


***


 遺構管理局の掲示板はチラシで埋め尽くされていた。継続的な探索仲間の募集から、無資格者による上級探索者の募集、遺物の買取宣伝や、探索道具の販促まで。その中でも、絵筆で派手な花模様を散らした手製の募集チラシは、なかなかに目を引いていたとピカリは自負している。


「探索仲間募集! 年齢制限なし、性別問わず、未経験可。アットホームなパーティーです」


 チラシの隅に押された三つの拇印を確認して、ヤセギスがピカリを振り返った。

「なかなか景気がいいじゃねえの。三人もいりゃあ、一人はものになる奴がいましょうや。なあ、姐さん」

「うんうん。次の探索までに間に合いそうだね」

 遺構探索人数には下限が設けられている。パーティーの人数が三人を下回ると、遺構に入ることができないのだ。大切な探索仲間を一人失ってしまったピカリたちに、悠長にメンバーを探している時間はなかった。応募要件を緩くしたのは苦肉の策である。

「あの野郎……どっちが先に遺物商で億万長者になるか競争だとかうそぶいていやがったのによ。まったく、薄情な奴だぜ……」

 銀縁眼鏡の奥の瞳が細められた。ヤセギスと彼は、探索仲間である前に、気が置けない仲の商売敵だった。彼らの軽妙な小競り合いを聞くことはもうできない。

「都のお菓子屋さんで一山当てたんだってね。新聞に載ってたよ、若人に人気沸騰の『金貨クッキー』」

「裏切り者ぉ!」

 ヤセギスの心の叫びがロビーに響き渡り、通りすがりの職員がびくりと振り向いた。


***


 約束の時刻に広場に向かうと、三人の探索者が待っていた。一人は香水のきつい妙齢の娘。また一人は矍鑠かくしゃくとした翁。そしてもう一人が、弱冠十四歳の琥珀だった。

「おいおい坊主。お前さん、文字は読めんのかい?」

 ヤセギスははなから彼を頭数に入れていなかった。露骨なからかいに、琥珀は三白眼をさらに鋭くした。

「自分の目で確かめてみればいい」


 管理局の一室を借りて三人の実力を確かめると、琥珀が頭一つ抜けていることがすぐわかった。まず座学。文字が読めないどころか、教本の隅々、巻末のちょっとしたコラムの内容まで頭に入れてきていた。次に実技。身のこなしは軽く、とくに手先の器用さには目を見張るものがあった。最後に愛想。まあ大目に見てもお釣りがくるだろう。

 他の二人はというと、娘は琥珀の手柄を横取りする不正行為──琥珀は何も言わなかったが一目瞭然だった──、翁は腰に痛恨の「魔女の一撃」を食らって、それぞれ退場を余儀なくされたのだった。

 琥珀とヤセギスの相性はお世辞にもいいとは言えなかったが、そこはそれ。いざとなれば手と手をふん縛って、力ずくで親睦を深めさせてもいいとピカリは考えていた。


「……というわけで、ルート選びが重要なんだよ。何しろ探索には制限時間があるからね。ちょっとでも刻限を過ぎると管理局が捜索に来る上に、罰金を取られるから要注意!」

「渋すぎるだろ。浪漫もへったくれもないな」

 琥珀は頬杖をついたまま、つまらなそうに言った。堂に入った振る舞いにばかり目を奪われていたが、彼はしっかりと初心者であった。

 そして琥珀の他にもう一人、初回探索研修を必須とする者がいた。

「……女神は言う。一番の吝嗇家りんしょくかは商人ではない。役人である、と」

 それが、ピカリがボディーガードとして声をかけたシズカだった。力自慢の菓子職人の穴埋めをしようという目論見だ。奇しくもこのとき、ピカリは上級探索者資格を取得したばかり。同行者制度を利用するにはもってこいの機会だった。

「俗っぽい女神様だな……」

 琥珀が律儀に突っ込んで、シズカは「うむ」とそれを肯定した。そうらしい。


***


 遺構は人を拒んでいる。

 権威ある研究家たちが口を揃えて言う。行手を阻むギミックに、執拗に張り巡らされたトラップ。おどろおどろしい構内のディテール、侵入者をめつける不気味な彫像。

 その苛烈な拒絶を一身に受け、心を折られる探索者は数知れず。しかし最初の一歩目は、誰しも未知への期待に胸を膨らませずにはおれない。

「おお……」

 ご多聞に漏れず、琥珀もそのうちの一人だった。小さな感嘆の声に全員が振り返ると、琥珀は紅潮した頬を引き締めた。

「な、何だよ」

「なぁにを浮き立ってんだ坊主。お前さんはこれから虎の尾を踏もうとしてるんだぜ」

 ヤセギスに釘を刺されると、琥珀はすぐに浮つきを拭い去った。

「わかってる。あんたらの足は引っ張らないよう、せいぜい努めるさ」

 肩に力が入りすぎている風でもなく、かといって腑抜けてもいない。冷静で切り替えも早い。やはり年若くしてなかなかの大物だ。

「大変よろしい!」

「びっくりした、何なんだよ。そんなでかい声出していいのか?」

「入口付近にそんな凝ったトラップはないから安心しなさい。さあ、行け行けどんどんだよ! シズカちゃんも覚悟はいい?」

「うむ……」

 シズカが手の関節を鳴らして気合いを示した。


***


 日々多くの探索者が訪れているにもかかわらず、管理局に記録されている遺構の攻略情報は虫食いだ。探索者にとって、他の探索者の存在はライバルでしかないからである。


「琥珀君、それ早くしまってね。コンパスがいうこと聞かないから」

「え? ああ、悪い」

 琥珀が初めて採取した遺物を管理局印のインベントリバッグに押し込むと、ピカリの手の中の遺物コンパスの針が基準位置に戻ってきた。

「一発目にしちゃ、いいもんが出たと思うがね。お前さん、本当に売らないつもりか?」

「売らない。俺は止まらない時計を作りたいだけだ」

 探索者の大部分は一攫千金が目当てで、そうでない者はピカリのようなスリルを愛する物好きだ。だが琥珀はそのどちらでもないらしい。

「壊れないもんなんか作ったら、商売上がったりだろうに。これからは大量生産の時代だぜ? それなりに動いて、適当に壊れてくれなけりゃ、買い替えてもらえねぇだろ」

 ヤセギスの茶々に反論するかと思いきや、琥珀は「何とでも」と投げやりに片手を挙げただけだった。押しても引いても揺るがないと言わんばかりに。


 人一人通れてやっとの狭い通路を歩いていると、トラップに引っかかった。通路の床がスイッチになっていたらしい。まず背後の天井から隔壁が降りてくる。分断されたところで、短鞭が向こう脛を強か打ち据えてくるという、世にもいやらしい代物だ。

「痛った……くないな」

 幸いピカリのブーツには鉄板が仕込まれており、この程度の攻撃ではびくともしない。ベルトに提げた攻略メモに目を滑らせるが、どこにもこんな小賢しいトラップの情報はなかった。それはそうだろう。こんな罠に引っかかろうものなら、全ての探索者に同じ目に遭ってほしいと願うのが道理だ。

「おい、どうした姐さん。大丈夫ですかい?」

「何かあったのか?」

 男たちの心配そうな声がして、ピカリのいたずら心が鎌首をもたげた。

「大丈夫! 今開けるから、一人ずつ入っておいでー」

 スイッチの上から退いて隔壁を開けると、怪訝そうな顔をした琥珀が足を踏み入れてきた。入れ替わりにスイッチが押される。短鞭が唸りを上げてしなり、哀れな探索者の泣きどころをしばく……はずだった。

「うわっ」

 琥珀の反応は早かった。鞭は飛び上がった琥珀のつま先を掠めて、悔し紛れに壁を打つ。「おっと」勢いづいて倒れ込みそうになる琥珀を支えて、ピカリは目を丸くするしかなかった。

「どうして避けられたの?」

「どうして言わないんだよ!」

 勘がいいとは思っていたが、これほどとは。琥珀はそう遠くない未来に上級探索者になるだろう。きゃんきゃんと吠える琥珀をよそに、ピカリはすっかり感心してしまっていた。

「おーい、いいのか? 入るぞ」

 隔壁の向こうから届く、待ちくたびれたヤセギスの声。「どうぞ!」ピカリがしれっと声を張り上げると、琥珀は何かを察したように、そっとスイッチから足を退けた。


「いってぇ〜!」

「ぬう……」

 その後、悶絶するヤセギスと、直立不動のまま足を痺れさせるシズカの姿が見られた。


***


 ピカリが琥珀への評価を「有望な新人」から改めることになったのは、一行が「当たり」に遭遇したときだった。


「あ! 皆、あれ見て」

 その遺物は壁面からにょきにょきと生えていた。コンパスが未だかつてないほど強く振れていて、遠目にも相当な大振りであることが見て取れた。

「姐さん、ありゃあ……『当たり』じゃねえんですかい」

「間違いないね……状況から見ても、ね」

 普通の遺物は、育ち切っても手のひらに収まる程度の大きさにしかならない。しかしごく稀に、規格外のサイズに成長する個体がある。それが「当たり」。しかし遭遇する確率は極めて低い。何しろそうなる前に、探索者たちがもぎ取ってしまうのだから。そうしたわけで「当たり」が生えるのは、おのずとこういう場所になる。


 数秒ごとに、横壁からいくつもの巨大な石柱が突き出していた。一歩間違えればぺしゃんこにされそうだが、きちんと周期を読んで進めば、回避はさして難しくない。しかし肝心の「当たり」はギミックの最奥。足場もない天井付近だ。凶悪なピストンが邪魔をして、ロープもはしごも渡せない悪所。

 ギミック停止の仕掛けを探したが、当然ながら影も形もなかった。こうして長きに渡って、多くの探索者が涙を呑んできたからこそ、ここまで肥大化したのだろう。

「残念だけどこれは無理だね。見なかったことにして先に進みましょ!」

「くそぉ……目の前に金塊が生えてるってのに。何ていけずな運命なんだ!」

 ピカリが促すと、ヤセギスは不承不承、シズカは素直に頷いた。しかし。

「一、二、三……渡って、乗れば……届く」

 琥珀の瞳だけは、魅入られたように「当たり」に縫いつけられたままだった。

「ちょっと、琥珀君!?」

「おい、何を!」

 制止する間もなく、琥珀はギミックの雨の中に身を投じた。次から次へと突き出す石柱を蹴って、俊敏な獣のように「当たり」へと肉薄していく。

「わお、小猿みたい。……シズカちゃん!」

「うむ」

 壁際を行き来する石柱に乗った琥珀は、「当たり」の根もとに当てがった平鑿ひらのみの尻を、金槌で目いっぱい打ちつけた。しかしその根は太く、そう簡単には剥がれない。手をこまねくうちに、足場の石柱が引っ込んでいく。「わっ……!」バランスを崩した琥珀が、咄嗟に「当たり」にしがみついた。

 めきめきと音を立てて、透明な鉱石の中に蜘蛛の巣が走り。最後にぱきん、と断末魔を上げて、あっけなく「当たり」は砕けた。

「あ……」

 真っ逆さまに落下する琥珀を受け止めたのは、硬い地面ではなく、下で待ち構えていたシズカの剛腕だった。

「怪我はないか。琥珀」

「……悪い」

 普段の勝気さは鳴りを潜めて、琥珀はシズカの腕の中で小さくなっていた。その視線の先には、落下の衝撃で粉々になった「当たりだったもの」の残骸。素人目にも売りものにならないことがわかるくらい、無惨なありさまだった。

「馬鹿野郎。命あっての物種だろうが」

 ヤセギスの声にも真剣さが滲む。琥珀は地面に降り立って、深々と頭を下げてきた。

「……申し訳なかった」

 いつになく殊勝な態度の琥珀に面食らったらしい。ヤセギスは決まり悪そうに、中折れ帽子を被り直した。「まあ、何だ。縁がなかったってこった。今回に関しちゃあ、な」


 退構後、軽口を叩き合う琥珀とヤセギスの背中を見送り、ピカリはシズカに耳打ちをした。

「ボディーガードは今回限りのつもりだったけど。次からも来てくれない? ……滅多なことにならないように」

 シズカは表情を変えないまま、深く頷いた。


***


「……だからね、もしも『当たり』に出会えたら、まーた琥珀君が無茶苦茶をしでかすんじゃないかって」

「次はしくじらないって! あれからあんな真似したことないだろ」

 ルカの前であることが気恥ずかしさに拍車をかけるのか、琥珀は空のカップを割らんばかりに身悶えている。そんな琥珀を見つめるルカは、何やら心底愉快そうだ。

「ピカリ、頼む。そういうのもっとくれ」

「おい。俺を笑いものにする気だな?」

「心外だな! 君がちっとも自分のことを話してくれないから悪いんだぞ。そんなことよりもう一度僕のお茶を淹れてくれないか?」

「茶ならさっき淹れただろ」

「とっくに胃の中だ。君のな」

 じゃれ合う二人の横顔を見守りながら、ピカリは一人神妙に腕を組んだ。

 シズカに護衛を頼んでいるのは、決して琥珀の実力を危ぶんでのことではない。本人の言う通り、琥珀はあれから慎重そのものだ。かえって助けられることも少なくない。しかしピカリは、あの日覚えた一抹の不安を拭い去ることができずにいる。

 琥珀の自分をないがしろにする癖が、いつか取り返しのつかない悲劇に結びつくのではないかと。

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