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第29話 家の戸にも

「お姉さん。これ、神さまのところに飾らないとだめかな?」


 クララの声は小さくて、途中でほどけそうだった。

 ルシアは急がなかった。

 言葉を急かすと、また“正しさ”の匂いが混じる。

 クララが自分で言えるまで待つ顔をした。


 クララは輪を抱えたまま、指先で柳の皮をなぞる。

 松ぼっくりはまだ仮に当てただけなのに、目はもう出来上がりを見ていた。


「……これ、すごく可愛くってね」


 一度、息を吸う。


「おうちの前に飾りたくなっちゃったの」


 言い終えたあと、クララは自分で自分を叱るみたいに目を伏せた。

 “飾る”という言葉が、この村ではまだ軽くないことを、子どもだって知っている。


 ロルフの喉が、わずかに動く。

 張っていたものが一段ゆるむ。

 争いの火種ではない、と身体が先に理解した反応だった。


 ルシアが口を開こうとした、その前に。

 レナが、クララの手をぎゅっと握った。


「いいと思う! おうちに飾っても、神さま見えそうだもん」


 クララが恐る恐る顔を上げる。

 レナは笑うでもなく、いつもの強気でもなく、まっすぐ言った。


「だって、お空はつながってるでしょ?」


 その言い方が、クララの肩から力を抜いた。

 クララの目が、さっきより明るくなる。


 司祭は輪と二人の顔を見比べて、ゆっくり頷いた。


「いいですね。輪は、どこからでも辿れて途切れない。だから冬の先へ辿り着けるように、と願いに重ねられてきました」


 子どもたちが首をかしげる。


「冬の先へ……? どういうこと?」


「寒い日を、ちゃんと越えて、春を迎えることです。

怖さが減る。心が折れにくくなる。暮らしには、それが大事です」


 子どもたちの目が丸くなる。

 分かったようで分からない。

 けれど“嫌じゃない”感じだけが残る。

 そういう説明だった。


 クララが輪を抱え直して、ぽつりと言う。


「……じゃあ、私、冬の先に行ける輪を作る」


 レナは一拍だけ迷ってから、視線を地面に落とした。


「私は……飾りがどうとか、分かんない。でも、春に向かう目印なら、おうちの前に掛けたい。母さんに、聞いてみる」


 その“聞いてみる”が、レナの精一杯だった。

 屈託なく同調するんじゃない。

 家のルールを知ってる子の、一歩だった。


「私も家に飾る!」

「うちの前にもかけたい!」

「お母さんに見せる!」


 ひとりが言い出すと、次々に声が重なる。

 司祭は驚きつつも、笑って受け止めた。


「いいですよ。家に飾って、家の人と笑えるなら、それも立派なことです」


 輪を作る理由は、ひとつじゃない。

 “神さまのため”だけではなく、“自分たちのため”でもいい。

 その許しが、空気を少しだけ温めた。


 クララが輪を持ち上げて、また首をかしげる。


「でも、どうやって松ぼっくりを付けるの?」


 ルシアは松ぼっくりについた泥を手で払って落としながら、思い出したように司祭を見る。


「司祭殿。針をお借りしてもよろしいですか?」


 司祭が一瞬だけ目を瞬かせる。


「針、ですか」


「松ぼっくり、留めたくて。縫い留めたら外れないかなぁと」


 司祭は腰の小袋を探り、布に包まれた針と糸を取り出した。

 細いが、ちゃんとしたものだ。


「祭壇の布がほつれた時に使っています。指を刺さないように」


「ありがとうございます」


 ルシアは深く頭を下げ、子どもたちの輪へ戻った。


「みんな、見ててな。危ないから、手ぇ出さんでね」


 レナが、ふと目を細める。


「司祭様には、ちゃんと話すんだね」


 からかいではない。観察だ。

 ルシアは一瞬だけ口元をゆるめ、肩をすくめた。


「目上には、ちゃんとせないかんのよ」


 ロルフが小さく息を吐く。

 “それでいい”と言う代わりに、視線だけを戻した。


 ルシアは土台の輪に松ぼっくりを当て、鱗片の根元をすくうように糸を通した。

 一度、二度。

 糸を輪に回して、裏でぎゅっと結ぶ。


「ほら。小さいやつほど、縫うほうが早い」


「ぬうの?」


「そう。縫ったら、落ちんやろ?」


 クララとレナは、自分たちで麻糸を使って括りつけ始めた。

 うまくいかずに手が止まるたび、ふたりは顔を見合わせ、黙ってやり直す。


 投げない。

 泣かない。

 一生懸命の速さで進んでいく。


「……松ぼっくり付けただけなのに、可愛いね」


 クララは言いながら、ふっと笑った。

 笑い方が、さっきより軽い。

 レナもそれにつられて、口元だけ笑う。

 声は出さないけれど、“ここにいていい”顔になった。


 クララが、少しだけ言いにくそうに続ける。


「お空が繋がってるって素敵ね。……レナは、いつも明るく寄り添ってくれて、すごいね。私、クララって名前なのに、明るくないし……」


 レナは首をかしげる。


「名前の意味なんて考えたことない。クララって、音がかわいいじゃない。呼びやすいし」


 クララが目をぱちくりさせて、ふふ、と笑った。

 レナも、今度はちゃんと笑う。

 二人の間の距離が、輪みたいに少しだけ丸くなる。


 ルシアはその光景を見ながら、松ぼっくりの糸をもう一度、きゅっと結び直した。


 “飾る”にも、“飾らない”にも、暮らしがある。

 その真ん中で、この輪が壊れずにあった。

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