第28話 手が動く
土手に着くと立ち止まり、一人ずつ顔を見回す。
「鎌も危ないけど、川はもっと危ない。今日は降りない。ここから見るだけ。約束できる?」
子どもたちは真面目な顔で頷いた。
誰も土手の縁へ寄ろうとしない。足が自然に止まっている。
村の教えが、ここにも残っていた。
「これからどうするの?」
クララが不思議そうに聞いてきた。
ルシアは土手の上から川辺を見下ろし、柳を指さす。
「松は時間かかるみたいやから、今日はあれで輪っか作ろうと思って」
子どもたちは一瞬きょとんとした。
柳は知っている。折れにくい枝ということも知っている。
けれど、それが“輪になる”とは思っていなかった。
「……輪っか?」
「そ。飾る土台にするんよ」
ルシアだけ川辺に降りて鎌を使い、細い枝を数本、同じくらいの長さで切った。
切り口からは、みずみずしい匂いがした。
春がまだ中に隠れている匂いだ。
「見てて。こうして端を重ねて……」
枝を輪にして、ほどけないように撚り合わせる。
力は要るが、手順は単純だ。
「ほら、できた」
輪を掲げると、子どもたちはいっせいに身を乗り出す。
「すごい!」
「わたしも!」
全員が欲しがる。
ルシアは笑いながら、もう数本切った。
そのとき、背中の方で、草を踏む小さな音がした。
振り向くほど大きくはない。
けれど、誰かが見ている気配だけが残る。
ルシアは気づいていながら、あえて何も言わなかった。
輪がいくつか出来上がると、子どもたちは腕に通して誇らしげに見せ合った。
松ぼっくりを拾いに森の縁へ回ると、乾いた実がまだいくつか落ちている。
小さな手が、それぞれの宝物を握る。
拾う子が散っていく横で、ルシアは柳の輪を整えていた。
子どもを見失わない距離で、手だけ動かす。
ぐい、と曲げた瞬間、みし、と嫌な音がして、枝の先が裂けた。
「……あ」
「また、折れちゃったの?」
クララが覗き込み、責めるより先に心配そうに眉を寄せる。
さっきから何度か、同じ音を聞いた気がしたのだろう。
ルシアは苦笑して、折れた先を指で揃えた。
「力入りすぎた。柳、思ったより気ぃ遣うなぁ」
クララは少しだけ胸を張ってから、すぐ真面目な顔になった。
「お姉さん、さっきはね、いきなり曲げなかったよ。ここ、先にこうして……」
小さな指が枝をそっと撫で、繊維を落ち着かせるようにしごいてみせる。
真似っこみたいな動きなのに、枝が少しだけ素直になった。
「……ほんとやん。よう見とったな」
折れた枝をまとめ、ルシアは輪の形を整え直す。
クララは得意げに頷いて、子どもたちの方へ視線を送った。
「みんな、そろそろ戻らない?」
普段なら大人が言うような口ぶりだった。
宝物を握った小さな手が、言われた通りに集まってくる。
ルシアは、ちょっとだけ驚いてクララを見る。
「クララ、私より先に声かけたやん」
クララは唇をきゅっと結んでから、照れくさそうに笑った。
「お姉さん、いつもそうしてたから。真似してみたの」
隣でレナが、拾った松ぼっくりを落とさないよう握り直す。
「クララ、いつも見てるもんね」
ルシアの胸の奥が、ふっと温くなる。
輪を抱え直し、子どもたちの頭数をざっと数えた。
「よし。落としもんなし。行こっか」
子どもたちは返事の代わりに、輪と松ぼっくりを見せ合って笑った。
小さな足音がぱたぱたと連なり、土の道を戻っていく。
村の中央へ向かって坂を上がりかけたときだった。
道の先に、今朝謝りに来た若い男、ハインツが立っていた。
ハインツは視線を泳がせ、それから、ぶっきらぼうに言う。
「……使うなら使え」
ハインツの指差す方には、低い台が置かれていた。
廃材を組んだだけの簡素なものだが、子どもが立って作業するのにちょうどいい高さだ。
釘の頭が揃っている。
急ごしらえなのに、手が丁寧だ。
「これ、作ってくれたん?」
「村のためなんだろ。そのくらい、する」
ハインツは言い終えるなり、さっと顔を背けた。耳が赤い。
クララとレナが顔を見合わせて、一歩だけ前へ出る。
「お兄さん、ありがと」
「ありがとね」
その二言に、ハインツはますます赤くなった。
返事の代わりに、喉の奥で咳をひとつ鳴らし、畑の方へ足早に消える。
子どもたちは台に松ぼっくりを並べ、どこに付けるか相談を始めた。
小さな指が輪の上を走る。
ここがいい、こっちがいいと、声が重なる。
その横を、司祭とロルフが通りかかった。
「司祭さま、見て!」
「柳で作ったの!」
子どもたちは嬉しくてたまらず、輪を掲げて駆け寄った。
司祭は足を止め、輪と子どもたちの顔を見比べる。
「ルシアさんが、これを……?」
「松の枝は明日以降になるって言われたんで、今日できるのをやってみたんです」
ルシアの言葉は少し砕けていた。
ロルフが眉をわずかに動かす。
だが、司祭は気にする様子もなく、輪に指を添える。
「よく思いつきましたね。……きれいです」
「松ぼっくりも拾ったの!」
「今日の夜、お母さんに使ってない布があるか聞くんだ」
子どもたちの報告は止まらない。司祭は急かさず、ひとつひとつ受け止めて頷く。
ふと、司祭の視線が台に落ちた。
「この台、見覚えがありません。……どこから?」
ルシアが、ハインツが作ったことを短く説明すると、司祭の目が一瞬だけ潤んだ。
理由は、台そのものじゃない。
ハインツが、子どものために手を動かしたことだ。
ロルフもルシアも、それに気づいていたが、何も言わなかった。
言葉にすれば、すぐに壊れてしまうような柔らかさだった。
みんなが笑っている中で、クララだけが輪を見つめていた。
指先で柳の表面をなぞり、口を結ぶ。
「クララ?」
ルシアが声をかけると、クララは少し困った顔で見上げた。
「これ、神さまのところに飾らないとだめかな?」
その問いは小さかった。
クララ自身も、言い終えた瞬間に口元を引き結んだ。
ロルフは、喉の奥で息を止める。
この村で“飾る”という言葉は、まだ軽くない。
昨日の夕刻の冷たさが、ほんの一瞬だけ戻った気がした。




