妄想学園農林畜産科12
「よぉ、待たせたな」
「遅いぞ、アントニオ」
鳥も通わぬ緑の闇のそのまた向こう。
茨と潅木をかきわけて姿を現したのは、テンガロンハットを被ったややフケ面の少年。
その少年を迎えたのは、セーラー服姿の二人の少女……否、一人は女子の服装をした少年だった。
「やれやれ、敵の主力を手懐けておくとはな。 要もたいがいに腹黒いの」
腰まで届くような長い黒髪をした少女が、女装がやけに様になった少年を横目で見つめ、呆れたような声を上げる。
「早い話が、俺もこいつも元の世界に未練たらたらでね」
その視線を茶目っ気のある笑顔で受け止めると、傍目からは完全に女子学生に見えない少年――要はセーラー服を脱ぎ捨てて荷物の中から燕尾服を取り出した。
「まぁ、部の先輩のよしみで手を貸しはしたが、もともと信頼するだけの言われも無い相手だしな。 要のほうがよほど信頼できる。 もっとも、その服装とかの趣味は理解できんがね」
「何を言うか。 燕尾服は怪盗の勝負服だぞ」
ほとんど早代わりといったスピードで着替えを終えると、要は薄い胸を反らしてそう主張する。
事実、数ある服装の中でも燕尾服だけは部の備品として部に請求書を送っても良い。
むしろ、フォーマルな服の無い者は部員として認められないのが慣わしである。
「勝負って時にそんな動きにくい服を着るセンスがわからねぇ」
かく言う歴史研究部員はと言うと、これまたお揃いのテンガロンハットとベストがトレードマークだ。
そのモチーフが、愛犬の名前を名乗る考古学者の映画から来ているのは言うまでも無い。
結局のところ、この二つの部活は似たもの同士なのだが、その事実を口にすればおそらく想像を絶するような報復が待っているだろう。
「ここぞというときに、そんな山賊のような服装で気合が入る貴様こそ理解できんね」
「言うじゃねぇか、この生きた化石。 とっとと俺と羚ちゃんの仲を認めてスミソニアン博物館に収蔵されろ!」
「だまれ、山猿! 貴様のような非ブランド商品に羚が惹かれるわけがなかろう! とっとと飽きられてゴミの日に回収されるがいい!!」
そして、延々と口げんかを続ける二人に向かい、姫がぼそりと呟いた。
「お主等、ほんに仲が良いのぉ」
「「どこが!!」」
息のあった返事をした後、お互いの顔を憎憎しげに睨み付け鼻を鳴らしながらそっぽを向く男二人。
だが、そんな様子すら息が合っているように見えて、思わず姫の口からクスクスと明るい笑みが零れ落ちた。
「して、要よ。 あの時何をどうしたのじゃ? 余にはさっぱり解らず、気付いたら茂みの中に連れ込まれておったのじゃが」
「ああ、それか」
姫の反応に、どう説明を入れるべきか思い悩んでいた要は、なんでもない事のようにそのときの種明かしを始めた。
「連中の目をくらませる前に、一礼しただろ」
「そういえば、ずいぶんと芝居かかったことをしていたな」
ポンと手を打ちながら、姫がそういえばとその時の様子を思い出す。
その反応に、要はひどくむくれた顔をしたまま目をそらした。
「悪かったな、演出がクドくて。 ……で、あらかじめ樹上にワイヤーを引っ掛けて、大仰に一礼したときに後ろに回した手でアントニオにワイヤーの引っかかった場所を教えたんだ」
「あとは俺のロープが動きを誤魔化しやすい方向に布を跳ね上げると同時に薔薇を残して、姫を抱えたまま素早く樹上に飛び上がるって寸法だ。 服装が黒いから、よほどの武術の達人でも無い限り薄暗い周囲の森に紛れて視認は出来ない」
要の説明の後を、噴出しそうになりながらアントニオが引き継ぐ。
その目は要を見たまま、何この面白い生き物?といわんばかりであったが、要にジロリと睨まれて顔を背けてから舌を出す。
「さらに疑問なのじゃが、なぜ去り際に薔薇を撒いた? わざわざあんなものを用意すればかなりの労力がかかるじゃろ」
半ば呆れの混じった姫の口調に、要は焦りと憤慨をおぼえて目を見開いた。
「あ、あのままだと、臭いで獣たちにばれる恐れがあったからだ。 別に趣味じゃない」
「何も薔薇でなくてもよかろうに」
だが、それで誤魔化されるほど姫は甘くない。
「馬鹿な! あの場面でやるなら薔薇以外に選択肢は無いだろ!」
「悪いが、世にもその趣味はよくわからぬ」
「…………」
バッサリと切り捨てられた要が沈黙すると、今度こそアントニオが腹を抱えて盛大に噴出した。
そのまま要に足払いを喰らって転倒しても、アントニオは笑うのを辞めない。
「して、むこうの連中はほっといてよいのか?」
要の八つ当たりでゲシゲシと踏みつけられるアントニオを腰に手を当てながら見ていた姫は、ここのままでは埒が明かぬとばかりに溜息をついて次の話題を切り出した。
「あぁ、適当な偽の手がかりをつかませておいたから、今頃はそっちに大半が移動しているはずだ」
ようやく要の折檻から逃げ出したアントニオはニヤリと笑ったまま姫の疑問に答える。
「ついでにあの王理ってやつに化けて偽の命令も出してきたから、今頃は情報が混乱している頃だろうね」
さっき姿が見えないと思えば、そんなことをしていたのか……姫はあきれ返ったような視線を二人の男に向けた。
そもそも100年も閉ざされていた場所の住人と、詐欺や謀略のまかり通る外の世界で鍛えられた要たちでは役者が違いすぎる。
王理たちを煙に巻くのは、まさに赤子の手を捻るようなものであろう。
本来ならばねそのような事態に対処するために歴史研究部の猛者を年に一度招き入れていたのだが、当の本人が敵に回ったのではまるで意味が無い。
「やれやれ……本当に敵に回したくない奴らじゃのぉ」
しみじみとそう言い放った姫は、スカートの裾を捌くと先頭に立って歩き出した。
その姿は、姫というよりもむしろ神に仕える巫女のように凛として、同時に森の民を惑わす魔性のように妖しく美しい。
その姿をほうけたように見つめる男共を振り返り、姫は歌うような声で先を促した。
「行くぞ、化け物共。 ついて参れ。 神の身元に案内つかわす」
「そこの腹黒共、ついたぞ。 あれが神の眠る社じゃ」
姫の先導で案内された場所は、ちょうど大きな崖に横穴を空けて、頑丈な鉄の扉を取り付けた、恐ろしくその名称からかけ離れた雰囲気の場所だった。
「……さすがに見張りがいるようだな」
熱感知のスコープを頭からはずし、アントニオが扉の横を指し示す。
目を凝らせば、近くの茂みに隠れるようにして二人の少年と二匹の虎が隠れているのが見て取れた。
「ここは自分が行こう」
ガサガサと音がするので振り返ってみれば、要が服を着替えて顔にメイクを施しているところだった。
鏡を見ながら、とんでもないスピードでその姿を変えてゆく様は、まるで早送りの画像を見ているかのよう。
「相変わらず見事だな」
そこにはすでに要ではなく……入里谷 王理の姿があった。
本人を見慣れた姫ですら、この距離でまったく見分けが付かない出来栄えだ。
「怪盗の嗜みだ。 褒められる程度のことでもない」
アントニオの讃美に返す声は、まさに王理そのもの。
なるほど、この技術を応用して敵を錯乱するのか。
思わず溜息をついた姫に向かい、アントニオはニヤリと笑って要の足元を指さす。
「む? その靴はなんじゃ?」
よく見れば、要の履いている靴は、やけに靴底が分厚かった。
「ほら、身長がな……ぷぷぷ。 ――痛ぇっ! 蹴るなよ、要!!」
さすがの怪盗も、体格の差を埋めるのは容易ではないらしい。
「お前が余計なことを言うからだ! まったく。 いいか、邪魔をせずにそのまま見ていろ」
一瞬にして表情を切り替え王理の持つ冷徹な雰囲気を纏いなおすと、要は見張りの隠れている茂みのほうへと歩いていった。
「どうだ、奴らは来たか?」
「いえ、まだです。 ここはお任せください、王理様。 奴らが現れたら必ずや取り押さえて見せましょう」
要の化けた王理が姿を現すと、見張り役の少年たちはガサガサと茂みから姿を完全に現した。
主人である王理にいいところを見せようと、全身を葉っぱまみれにして頑張っているわけだが、その努力はここで水泡に帰す。
要は王理の顔のままで冷たく微笑むと、彼らの後ろを指差した。
「残念だが、それはできない相談だ」
ギャン!
悲痛な声に振り向くと、そこには数匹の大蛇に巻きつかれて悲鳴を上げる二頭の虎。
「なっ、何時の間に! ……ぐっ」
驚く男の首に、一瞬にして太いロープが巻きつく。
「て、敵襲……!?」
慌てて逃げようとした残りの見張りの少年は、不利を悟って応援を呼ぶべく逃走を図るが――
「うわっ!」
何故か足が自由にならず、足がもつれるようにして地面に倒れこんだ。
見れば、その足にはいつの間にか手錠が嵌っている。
「ゲームオーバーだ、哀れな見張り君。 もしも次の機会があるのなら、もう少し賢くなることをお勧めする」
そう告げると、要は懐からスタンガンを取り出して、身動きの取れない少年の首に押し当てた。
「さて、見張りを始末したのはいいが、こやつらの処遇はどうするべきかのぉ。 始末すべきかや?」
全てが終わった後に茂みから出てきた姫は、暢気な口調で物騒なことを口にする。
「くっ……おのれ、裏切り者!」
「人類の裏切るものよりはまだ救いがあると思わぬか? さて、あとで助けを呼ばれたり加勢に入られても面倒じゃの」
意識を取り戻した少年の一人が、噛み付くような勢いで姫に罵声を浴びせるが、帰ってきたのは背筋が寒くなるような微笑だった。
「おい、まさか……」
アントニオが思わず姫と少年の間に割ってはいる。
いくら後ろ暗い部活に入っているとはいえ、人の命に関わるようなマネは流石にご法度だ。
さすがに映画のように気軽に視認を造るわけには行かない。
「殺しはせぬよ。 ちょうど、コレが伝承どおりの力を持っているか試してみたかったことじゃしな。 ちょうどいい」
そう告げると、姫は今まで大事そうに背負っていた杖を手に取り、その布を外し始めた。
「よ、よせ! やめてくれ!!」
要とアントニオにとっては実に不可解な行動だったが、縛り上げられている少年は違ったらしく、みるみるその表情が青くなる。
「かの神も同じことを言ったであろうよ。 我らの罪の億分の一ほどではあるが、己が身で償うが良かろう」
やがて姿を現したのは、西洋のメイスに良く似た無骨な金属の棒。
丸い金属の球体にただ棒を突き刺しただけのように見えるソレは、一切の造形的な飾りが無い代わりに、意味のわからない象形文字のようなものがビッシリと掘り込まれている。
儀式用としてはあまりにも簡素すぎ、実用品としてはあまりにも妖しすぎる謎の物体。
「姫、それは?」
興味深いを通り越して物欲しそうにその物体を見ているアントニオを目で制しながら、要は姫にその物体の正体を尋ねた。
「かつて、神よりもたらされたという神器じゃ。 人の肉体と魂を切り離す力を持っているというが、本来は自衛用の武器じゃ。 敵を効率よく無効化し、しかも命を奪わぬために作られたという話じゃが、皮肉にも我らが先祖はその力を神自身に向け、神の魂を肉体から切り離して封印したらしい」
「そ、その話もっと詳しく!」
たまらず口を挟んできたアントニオだが、姫はそれを無視してその神器を少年の頭の上においた。
その瞬間、悲鳴一つ上げずに少年は意識を失う。
「惨い話だな。 殺されたほうがいくばくか楽だと思うぞ」
「ほんにな」
そう答えながら、姫はもう一人の少年の頭に神器を置いた。
「……その話、詳しく聞かせて欲しいんだが。 いや、物欲的な話じゃなくて、学術的にだなぁ」
拗ねたようにぼやくアントニオを無視し、姫は布を神器に巻きなおすと、神の封じられた鉄の扉に手を当てた。
「要、手を」
「あぁ」
要が姫の隣に手を添えると、巨大な金属製の扉が音も無く押し開けられる。
「では、参りましょうか姫」
「うむ、最新の注意をもってエスコートするが良い」
要がその手を差し出すと、姫は笑ってその手を取った。
ここに来てから、姫の笑い方が少し変わった気がする。
姫の横顔を見つめながら、要は我知らず穏やかな笑顔で懐中電灯の明かりをつけると、姫の手をひきながら闇の中へと踏み出した。
「おーい、俺の話も……聞いてくれよぉ……」
仲の良い二人の後ろを歩きながら、アントニオはただ寂しさに涙を堪えるのであった。
いったいどれだけ歩いただろうか
通路は終わり、目の前が急に明るくなり始める。
「なんだ、ここは?」
状況を確認するために懐中電灯を消すと、どうやら壁や天井の磐がほのかに発光しているらしい事に気付く。
アントニオが壁を撫でて確かめ、首を横に振る。
どうやら、発光する性質のある苔が生えているようではないらしい。
「この先は明かりは不要じゃ。 壁や床の光がどんどん大きくなるでな」
「いよいよファンタジーじみてきたな」
姫の言葉にも、ぼやきしか返す言葉が無い。
「何をいまさら」
この先にいるのは、異世界の神。
いよいよ常識の通じない世界が待っているのだ。
そのまま、曲がりくねった通路を歩くことわずか数分。
三人は、ひどく巨大な広間にたどり着いた。
縦横は30m、天上は10mほどもあるだろうか?
光り輝くその空間には、風のようなものがザワザワと動く気配が漂っていた。
「これが……神?」
それはまるで蛇を丸めて石化させたような姿。
全体を見ると、シルエットは巨大な卵といったところか。
そのような
「本来は蛇と酷似した姿だと伝えられている。 体の中に隠れてはおるが、ちゃんと頭もあるそうじゃ」
「おいおい、これが生き物だっていうのか? まるっきり石じゃねぇか」
アントニオが許しも得ずに神の体に近づき、その拳でコンコンと叩いて音を確かめる。
「案ずるな。 この杖を用いて神の魂をこの体に馴染ませれば、本来の姿を取り戻す」
「じゃあ、さっさとやってしまおう。 あいつらもいつまでも明後日の方向を探しているわけじゃない」
「そうさな、では主らは復活の儀式が終わるまで連中の相手を頼むとしよう」
「どのぐらい時間がいる?」
「そうさな……ざっと12時間ほどかの」
「「はぁっ!?」」
「当たり前じゃろ。 完全に石と化した体を元に戻すのじゃぞ。 ましてやこの巨体。 12時間ですむならむしろ早いほうじゃとおもうが?」