第五話 転生した刑事
王城地下の崩壊から、俺たちは辛うじて脱出した。
王女アリシア。
ミレイユ。
そして俺。
三人とも無事だった。
――ただ一人を除いて。
「局長は……?」
ミレイユが振り返る。
崩れ落ちた地下牢の瓦礫。
そこにグレンの姿はなかった。
「逃げたか」
俺は拳銃をしまった。
「おそらくな」
腕の中のアリシアが目を覚ます。
「ここは……?」
「王城の外です」
ミレイユが答える。
アリシアは俺を見る。
「黒崎様……」
「何です?」
「私を……助けてくださったのですね」
「警察ですから」
俺がそう答えると、アリシアは少し笑った。
しかし、その直後。
「……あの男の言葉は、本当です」
「何が?」
「魔王の魂が、私の中にあります」
俺は黙った。
王女は胸元を押さえた。
「幼い頃から、時々声が聞こえていました」
「魔王の声?」
「はい」
「なぜ誰にも相談しなかった?」
「父には言えませんでした」
アリシアは悲しそうに笑う。
「私が魔王の器だと知れば、王国は私を殺すでしょうから」
その時。
背後から剣を抜く音がした。
レオンだった。
「ならば、今ここで殺すべきです」
ミレイユが振り返る。
「レオン!」
レオンは王女を見つめている。
「魔王が殿下の身体を利用する前に、殿下自身を……」
「やめろ」
俺が間に入った。
「黒崎」
「警察は証拠もなく人を殺さない」
「しかし、魔王が復活すれば何万人も死ぬ」
「だからこそ調べるんだ」
俺はレオンの剣を押し下げた。
「王女を殺すのは最後だ」
「最後……?」
「魔王を取り出す方法がないと決まったわけじゃない」
アリシアが俺を見る。
「そんな方法が……?」
「探す」
俺は答えた。
「それが警察の仕事だ」
その夜。
俺たちは王都警察の旧資料室へ向かった。
魔王復活に関係する過去の事件記録を探すためだ。
だが、資料室には誰もいなかった。
「変ですね」
ミレイユが言う。
「警察署は襲撃されたのに、この場所だけ無傷です」
「だからこそ怪しい」
俺は棚を調べた。
魔王。
魔族。
王家。
古代魔法。
そして――転生。
「……転生?」
一冊の古文書が目に入った。
表紙には、俺が見たことのない文字。
だが、不思議なことに読めた。
そこにはこう書かれていた。
『異界より魂を招き、魔王の器を破壊する者』
俺は固まった。
「黒崎様?」
「……これを見ろ」
ミレイユが本を覗き込む。
「これは……異世界召喚の記録?」
「いや」
俺はページをめくった。
そこには一人の人物について書かれていた。
――異界の刑事。
――犯罪を追う者。
――魔王の器を見抜く者。
そして最後に。
『その者が死した時、異世界への門を開く』
俺の手が震えた。
「これ……俺のことじゃないか」
ミレイユが言葉を失う。
レオンも古文書を見つめる。
「では……黒崎殿の転生は、偶然ではない?」
「そういうことになる」
俺はページをめくった。
さらに驚くべき記述があった。
『異界の刑事は、魔王の器となる王女を救い、魔王を討つ』
「……」
俺は本を閉じた。
「未来予言か?」
「でも、黒崎様がこの世界に来ることまで書かれています」
ミレイユが震える声で言った。
「だったら誰が、こんなものを書いたんでしょう?」
その瞬間。
部屋の扉が開いた。
「私だ」
老人が立っていた。
白いローブ。
長い白髪。
そして王国最高位の魔導師――
賢者オルフェウス。
「お前をこの世界へ呼んだのは、私だ」
俺は銃を抜いた。
「……あんたが?」
「ああ」
「なぜ俺を?」
「魔王を倒すためだ」
「なら、なぜ最初から説明しなかった?」
老人は答えなかった。
その沈黙が、俺には何より怪しかった。
「それだけじゃないな」
「……」
「俺が死んだ日のことも知っているのか?」
老人の顔が曇る。
「知っている」
「俺は偶然、トラックに轢かれたんじゃないのか?」
「違う」
俺の背筋が凍った。
「お前の死は、こちらの世界から干渉して引き起こされた」
「……何だと?」
「お前をこちらへ呼ぶためには、魂を一度肉体から切り離す必要があった」
俺は言葉を失った。
「つまり……」
「お前は召喚された」
老人は静かに言った。
「この世界を救うためにな」
だが、その直後。
オルフェウスの背後から黒い影が現れた。
「それは少し違うな」
聞き覚えのある声。
グレンだった。
「黒崎君」
元局長が笑う。
「お前を呼んだのは、魔王を倒すためだけじゃない」
黒い魔力が部屋を包む。
「魔王を復活させるためでもある」
「……!」
オルフェウスが杖を構えた。
「グレン!」
「ようやく見つけたぞ、異世界の魂」
グレンの視線が俺に向く。
「お前の魂こそが――」
黒い魔法陣が俺の足元に現れた。
「魔王復活に必要な最後の鍵だ」
俺は拳銃を構えた。
「だったら――」
引き金に指をかける。
「鍵を壊せばいい」
グレンが笑う。
「できるものならな」
そして、魔法陣が光り始めた。




