第三話 偽物の王女
「この国の王女は――とうに魔王の器になっている」
その言葉を聞いた瞬間。
俺は銃を構えた。
「アリシア殿下……?」
ミレイユの声が震える。
王女は笑っていた。
いつもの優しい笑顔ではない。
冷たい笑顔だった。
「どうした? 撃たないのか、異世界の刑事」
「……お前、本当にアリシアなのか?」
「当然だ」
「なら答えろ」
俺はゆっくり近づいた。
「王女の左手には、幼い頃についた火傷の跡があるはずだ」
アリシアの表情が止まった。
ミレイユが驚いて俺を見る。
「そんなこと、どうして……」
「昨日、王女の診療記録を調べた」
俺はアリシアの左手を見る。
傷跡がない。
「お前は偽物だ」
「……!」
レオンが目を見開いた。
「殿下が……偽物?」
「そうだ」
俺は断言した。
「王女本人なら、左手の火傷跡がある」
偽の王女はしばらく黙っていた。
やがて――
「さすがは異世界の刑事」
口元を歪めた。
「だが、気づくのが少し遅かったな」
その瞬間、王女の姿が黒い煙に包まれた。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、黒いローブをまとった女だった。
「魔王軍幹部……!」
ミレイユが叫ぶ。
「私は魔王軍第七席、ヴァルネア」
女は頭を下げた。
「王女アリシアの影を使わせてもらった」
「影……?」
「本人の記憶、声、姿――すべてコピーしたのさ」
俺は歯を食いしばった。
つまり昨日の暗殺未遂事件。
王女を殺そうとしたのではない。
「本物の王女はどこだ?」
ヴァルネアは笑った。
「もう、この城にはいない」
「何だと?」
「昨日の毒殺未遂事件は囮だ」
ヴァルネアが指を鳴らす。
王城の地下から巨大な魔力が噴き上がった。
「本当の目的は、王女を城の外へ連れ出すこと」
俺は気づいた。
「だから紅茶に毒を入れたのか……」
「そう」
「王女を襲ったと見せかけて、警備を王女の部屋に集中させる」
「正解」
「その隙に、本物の王女を別の場所へ移した」
ヴァルネアが笑う。
「そして、その移送を手伝ったのが――」
彼女がレオンを見る。
「この男だ」
ミレイユが剣を抜いた。
「レオン!」
「違う!」
レオンが叫ぶ。
「私は殿下を魔王軍へ渡してはいない!」
「なら、どこへ?」
「……」
レオンは答えられなかった。
俺は彼を睨む。
「レオン」
「……地下牢だ」
「何?」
「本物の王女殿下は、地下牢にいる」
「なぜだ?」
「魔王軍に見つからないようにするためだ」
俺は一瞬、意味が分からなかった。
「王女を守るために、自分で地下牢に?」
「そうだ」
レオンは剣を床に置いた。
「私は魔王軍に妹を人質に取られた」
「妹はもう死んでいる」
俺が言う。
レオンの顔から血の気が引いた。
「……何?」
「三年前に死んでいる。王都の死亡記録に残っている」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「そんな……」
レオンが膝をついた。
「では私は……何のために……」
ヴァルネアが笑う。
「お前が信じた妹は、最初から存在しなかった」
「……!」
「我々が作った幻だ」
レオンの拳が震える。
俺はヴァルネアを睨んだ。
「お前らは人間の弱さを利用しているだけか」
「魔王様は、人間の心をよくご存じなのだ」
ヴァルネアが手を掲げる。
黒い魔力が膨れ上がる。
「さて、話は終わりだ」
俺は引き金に指をかけた。
「逃がすと思うか?」
「銃など、魔法の前では――」
銃声が響いた。
ヴァルネアの足元の床が砕ける。
「なっ……!」
「誰が撃つ相手を狙うって言った?」
俺は天井を撃ち抜いていた。
崩れ落ちた瓦礫がヴァルネアの逃げ道を塞ぐ。
「警察の基本だ」
俺はレオンを見る。
「犯人を逃がさない」
だが――
ヴァルネアの姿が消えた。
「転移魔法……!」
ミレイユが叫ぶ。
床には黒い魔法陣だけが残っている。
俺はその魔法陣を見つめた。
「逃げたんじゃない」
「え?」
「追わせたいんだ」
魔法陣の中央に、小さな紙が落ちていた。
俺は拾い上げる。
そこには一行だけ書かれていた。
――王女を救いたければ、王都警察署へ来い。
「……警察署?」
俺の背筋に嫌な予感が走る。
「ミレイユ」
「はい」
「今すぐ警察署へ戻るぞ」
「ですが、王女殿下は地下牢に――」
「違う」
俺は紙を握りしめた。
「犯人が本当に狙っているのは、王女じゃない」
「では、一体……?」
俺は答えなかった。
王都警察署。
そこには俺たちが集めた、魔王軍に関するすべての捜査資料が保管されている。
もしヴァルネアの目的がそれなら――
「魔王軍は、王女暗殺よりも重要なものを狙っている」
そして俺はまだ知らなかった。
警察署の地下に保管された一枚の古文書が――
魔王復活の鍵であることを。




