第23話 黒熊騎士団長が人気です
十一月初旬。
木々の葉がすっかり落ち、王都には例年より二週間も早い初霜が降りた。
あの日、慰労会でエリク様の家族から感謝を伝えられたことがきっかけだったのか、最近のダリウス様を取り巻く空気が、少しずつ変わり始めていた。
「ベルグ団長。先日の討伐、素晴らしいご活躍だったと伺っておりますわ」
本院での勤務を終え、騎士団へ向かう途中の大通り。
私がダリウス様と待ち合わせて歩いていると、すれ違った若い令嬢が、扇の陰から熱っぽい視線を送ってきた。
これまでなら、彼の巨大な体と顔の傷を見て、令嬢たちは皆そそくさと道を譲り、遠巻きに「黒熊」と囁くだけだった。しかし、今は違う。
「あの方が、毒に倒れた部下を迷わず助けられたという……」
「平民出身とはいえ、あれほどの武勲を立てられる方は他にいませんわね」
大勢が一斉に掌を返したわけではない。古参の貴族たちの冷ややかな目は健在だ。
だが、数人の令嬢たちが、あからさまに彼を「好ましい英雄」として見るようになった。
当のダリウス様はといえば、彼女たちの視線や言葉の意味を、まったく理解していなかった。
「……なぜ、急に俺に話しかけてくる者が増えたんだ」
隣を歩きながら、彼がひどく怪訝な顔で呟く。
「ロシュならいざ知らず、俺の武勲など、令嬢たちの茶飲み話の役には立たんだろうに」
本当に、驚くほど何も分かっていない。
彼の中の「令嬢の好意はジュリアン向け」という経験則は、私に対してだけは崩れたものの、世間一般の令嬢に対してはまだ強固に機能しているようだった。
私は、自分の胸の奥に、チクリとした小さな棘のような感情が刺さるのを感じた。
彼が評価されるのは、もちろん嬉しい。私が誰よりも尊敬し、敬慕している人なのだから。
だが、他の女性が彼に熱い視線を送るのを見るのは、あまり気分の良いものではなかった。
(……私、嫉妬しているのね)
自分でも可笑しいと思いながら、私はその感情に名前をつけた。
追う一方だった私が、初めて「失いたくない」と焦っている。
だが、ここで不機嫌になって黙り込んだり、察してほしいと遠回しな態度をとったりするのは私のやり方ではない。
「ダリウス様」
私は足を止め、彼を見上げた。
「ん? どうした」
「最近、あなたに熱い視線を送る令嬢が増えましたね」
ダリウス様は目を白黒させた。
「視線? 俺に?」
「はい。英雄としてのあなたに惹かれているのでしょう」
私は、彼の黒い軍服の袖口を軽く引いた。
「私は、少しだけ面白くありません」
彼は完全に固まった。
「……面白くない?」
「はい。あなたが他の女性から好意的な目を向けられることに、私は嫉妬しています」
真っ直ぐに伝えると、ダリウス様はさらに目を丸くし、やがて顔を真っ赤にした。
「俺が、嫉妬される……?」
彼にとって、自分が「女性から嫉妬される対象」になるなど、天と地がひっくり返ってもあり得ないことだったのだろう。
巨大な男が、道端でどうしていいか分からずオロオロとしている姿は、少しだけ面白く、そして愛おしかった。
「ですから、他の方から話しかけられても、あまり嬉しそうにしないでくださいね」
「嬉しそうになどしていない! 俺はただ、怪訝に思っていただけで……」
必死に弁解しようとする彼を見て、私は思わず小さく吹き出した。
「存じています。ですが、言葉にしておきたかったのです」
私が笑うと、彼もようやく少しだけ肩の力を抜いた。
翌日。
私は施療室の低い作業台で、結婚式の招待状の第一便、親族や親しい知人への宛名書きを手伝っていた。
ダリウス様は、自分の机で黙々とその束に目を通し、封をする作業を自ら行っている。
本来なら副官や使用人に任せるような作業だが、彼は「自分たちのことだから」と、不器用な指で一つずつ丁寧に封蝋を垂らしていた。
「ダリウス様。ランデル家への招待状は、どうされますか」
私が尋ねると、彼は少し手を止めた。
「……出すべきだろうな。街道の物流でお前の実家とも取引があるし、先日も迂回路の件で世話になった。個人的な感情で省くべき相手ではない」
彼は極めて理性的だった。
私もそれに同意し、宛名を書き入れる。
準備は着々と進んでいる。
だが、窓の外の空気は、日を追うごとに冷たさを増していた。
例年より二週間も早い初霜。
薬院からの毒消しの注文急増。
そして、北の街道からの物資の遅れ。
私たちの結婚式は十二月十二日。
それまでに、この異常な寒波が何事もなく過ぎ去ってくれることを、私は静かに祈っていた。




