第22話 指二本なら握れます
十月末。
王都の街路樹がすっかり色づいた頃。
正式に婚約者となったダリウス様と私は、休日を利用して王都中心部の宝飾店を訪れていた。婚約指輪を選ぶためだ。
豪奢な店内には、きらびやかな宝石が並んでいる。
ダリウス様は私服姿だったが、その巨大な体躯と顔の傷のせいで、店主はひどく緊張した面持ちだった。
「こ、こちらなどいかがでしょう。大粒の南洋真珠をあしらった、当店の自信作でございます」
店主が震える手で差し出したのは、金台に鶏卵ほどもある真珠が乗った、目も眩むような指輪だった。
ダリウス様はそれをじっと見つめ、そして隣に立つ私を見た。
「……重くないか」
「はい。重いですし、何より薬草を刻む邪魔になります」
私は即座に却下した。
「私は結婚後も施療院での勤務を続けたいと考えております。ですので、石が大きく飛び出しているものや、華美な装飾は避けていただきたいのです」
それを聞いて、ダリウス様は小さく頷いた。
彼は店主に向き直り、簡潔に指示を出す。
「石は引っかかりのない平坦な埋め込み式に。台座は細すぎず、日常の手作業に耐える丈夫なものを用意してくれ」
店主は一瞬キョトンとしたが、すぐに「承知いたしました」と奥へ引っ込んでいった。
ダリウス様は、私のために「君を飾る美しいものを」とは言わなかった。私がこれからどう生活していくかを考え、それに合ったものを一緒に探してくれているのだ。その事実が、何よりも嬉しかった。
待っている間、私はふと、カウンターの隣にあった見本品の指輪の箱に目を留めた。
箱の中には、細い銀の指輪と、太い金の指輪が並んで入っている。
私は自分の右手と、隣にあるダリウス様の左手を見比べた。
「ダリウス様。少し、手を出していただけますか」
「ん? ああ」
彼が差し出した手は、やはり規格外に大きい。
私は自分の右手を、彼の手のひらに重ねてみた。
私の指先は彼の指の第二関節にやっと届く程度で、手のひら全体を包み込もうとしても、まったく幅が足りない。
「……やはり、手が繋げませんね」
私が言うと、ダリウス様は少しだけ困ったような顔をした。
「俺の手が、大きすぎるからな」
「いえ、私の手が小さいのです」
私は彼の手をじっと見つめた。
手を繋いで歩きたい。けれど、普通に指を絡める形では、お互いに無理な力がかかってしまう。
私はどうすればいいか考え、そして、ふと閃いた。
「ダリウス様。人差し指と中指の二本だけ、少し伸ばしていただけますか」
彼が言われた通りに二本の指を軽く曲げて差し出す。
私はその太い二本の指を、自分の両手で下から包み込むようにして、しっかりと握りしめた。
「これなら、握れます」
見上げると、ダリウス様は目を丸くしていた。
「……その握り方で、いいのか?」
「はい。これなら私が疲れませんし、ダリウス様の指も痛くありません」
私が笑うと、ダリウス様は自分の二本の指を包む私の小さな両手を見つめ、やがて、小さく、本当に小さく吹き出した。
「そうだな。これなら、落とす心配もない」
彼がそのまま私の手を軽く引き上げる。
指二本だけの、少し可笑しな手繋ぎ。
これが、私たち二人の新しい定番の接触になった。
※
その日の午後。
私たちは、両家の父を交えた会食の席で、結婚式の日取りを正式に決定した。
「十二月十二日。大聖堂の祝福日に当たり、式場の空きも確認が取れました」
ダリウス様が自ら用意した書類を提示する。
私の父は、彼がすべてを丸投げせず、段取りを整えてきたことに満足そうに頷いた。
「よろしいでしょう。準備期間は約一ヶ月半。少々慌ただしいですが、秋の大移動が本格化する前に式を挙げるのは賢明な判断です」
両家での合意がなされ、そこから一気に式の準備が動き始めた。
大聖堂の予約、参列者のリストアップ、招待状の手配、そして礼装の特注。
私はダリウス様に、結婚指輪については職人に特注の仕様で依頼してあることを伝えた。
「私の指の寸法はもちろんですが、ダリウス様の指の寸法も、後日職人に測らせてくださいね。既製品では絶対に入りませんから」
「……分かっている」
彼は少しだけ渋い顔をした。
私の求婚を取り違えた時、彼は贈答品の手配から何から、すべてを部下に丸投げしようとしていた。だが今は、自分の結婚式の準備を、私と共に一つずつ確認しながら進めている。
夕方、会食を終えてタウンハウスへ戻る馬車の中で、ダリウス様がふと口を開いた。
「クラリス」
「はい」
「明日から、少し忙しくなるかもしれない」
彼の声は、また指揮官のものに戻っていた。
「どうしたのですか」
「北の街道から王都へ向かっていた原料便が、二日遅延しているという報告が先ほど入った。木材と……薬材の便だ」
私は息を呑んだ。
王都薬院からの、灰狼の毒消し注文急増の報せ。
そして、北からの薬材便の遅延。
それは、今年の秋の大移動が、例年とは違う速度で王都へ迫っているという明確な兆しだった。




