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第18話 私の人生を、私抜きで決めないでください

講堂の隅の、人の波が少し途切れた静かな場所。


 私はダリウス様の大きな外套にすっぽりと包まれたまま、目の前の巨大な体を見上げた。


 肩に掛けられた外套の裾が石床に垂れ、周囲の喧騒が遠くの波音のように聞こえる。


「お答えをいたします、ダリウス様」


 私の声に、ダリウス様はわずかに身じろぎした。


 逃げ出したいような、けれど逃げてはならないと知っているような、そんな複雑な硬さを含んだ顔だった。


「先日のご理由、三つありましたね」


 私は指を折りながら、一つずつ数えた。


「長期遠征で留守を待つこと。夜間に叩き起こされる荒い暮らし。そして、社交界からの出自への偏見と、それに伴う嘲笑」


「……あれは、事実だ」


 彼は低く、否定するように呟いた。


「あなたが耐えられるものではない」


「すべて、この数週間のうちに自分の目で実地に確認してまいりました」


 ダリウス様の黒い瞳が、わずかに揺らぐ。


「……確認した、だと?」


「はい」


 私は一歩、彼との距離を詰めた。外套の裾を踏みそうになりながら、首が痛むほどに顔を上げる。


「遠征に出る騎士の奥様をお尋ねし、留守中の家計や留守番の心構えを伺いました。夜間の緊急出動の時は、後方で物資の受け入れを手伝い、待つ側がどれほど怖いかをこの身で体験しました。そして今日の会合では、あなたが古参貴族からどのような目を向けられているかも、この目でしかと見ました」


 理詰めで、しかし熱を帯びた声で畳みかける。


「どれも、あなたが言われた通りでした。楽なことなど一つもない。想像以上に恐ろしく、厳しい現実でした」


「……ならば」


 彼はすかさず、一般論のほうへと論点をずらそうとした。


「それが分かったなら、なおさらだ。貴族の令嬢が好んでする暮らしではない。世間の者も、お前のような者がそんな苦労を背負うべきではないと言うだろう」


「世間の話は、今は脇へ置いてください」


 私は彼の言葉を遮った。


「私が何を苦労と思うかを、私抜きで決めないでください。あなたの優しさの形をしていますが、私の求婚を別の相手への縁談に置き換えた時と、していることは同じです。私の意思を確かめず、勝手に私の限界や幸せの形を決めるのは、もうお止めください」


 ダリウス様は息を呑んだ。


 私が何を言おうとしているのか、ようやく逃げ場がなくなったと悟った顔だった。


「長期遠征も、夜間出動も、偏見も、すべて承知の上で、私はあなたの隣にいると決めました」


 私は彼の硬い軍服の胸元に手を当てた。手のひらの下に伝わる心臓の音は、相変わらず激しく、そして速かった。


「強いところも、その大きな体も、傷のある顔も、全部含めて好きです。仕事への誇りも、部下への配慮も、あの夜私の指示を一つも疑わなかった信頼も、すべて私にとってかけがえのないものです」


 言葉を尽くした後、私は選択を彼自身へ返すために問いを投げた。


「もちろん、世間や危険ではなく、あなたご自身が私を望まないのなら、私はこれ以上求めません」


 私は彼の黒い瞳を見上げた。


「だから、あなたご自身の気持ちを聞かせてください。――ダリウス様は、私と結婚したいですか」


 答えを急かさなかった。


 ただ、彼の巨大な手首を、袖の上から両手でしっかりと掴んだ。


 世間という言い訳の陰へ、彼をもう戻したくなかった。


 いつしか、近くにいた騎士たちの話し声が止まっていた。私たちのやり取りを聞き取った者から順に口を閉ざし、その静けさが波紋のように広間の端まで広がっていく。やがて、楽団の演奏も途切れた。


 ◇ ダリウス ◇


 真っ直ぐに見上げる瞳から、もう目を逸らせなかった。


 彼女はすべてを知った上で、ここに立っている。俺が隠そうとした現実も、世間の冷ややかな視線も、すべて自分の目で見た上で、それでも俺の隣を選ぶと言った。


 喉の奥が焼き付くように熱かった。


 答えは、最初から胸の中にある。


 欲しかった。欲しくて仕方がなかった。


 施療室の灯りが消えている夜の冷たさを知ってから、彼女がいない日常など考えられなくなっていた。


 だが、恐ろしかった。


 言葉にしてしまえば、この小柄な命を本当に自分の隣へ繋ぎ止めてしまうことになる。それが怖かった。俺の選んだ道連れにして、万が一のことがあった時、彼女を失う恐怖に耐えられる自信がなかった。


 だから、「あなたのためだ」という盾の裏に隠れて、彼女を押し返そうとした。


 だが、その盾はもう彼女の言葉に砕かれている。


 俺の望みを、彼女は逃げ場のない高さから問うていた。


 大きな手が、わずかに震えた。

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