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願われることのなかった願い

一か月が経った。


ケンジ教授の研究室には、以前とは違う空気が流れていた。


あの日から――


何もかもが変わってしまった。


ユイは研究室のパソコンの前に座り、画面を見つめていた。


しかし、その目はほとんど何も見ていない。


扉が開く。


ケンジ教授が助手と共に入ってきた。


ケンジはユイの様子を見ると、心配そうに声をかける。


ケンジ

「ユイ……大丈夫か?」


ユイはゆっくりと顔を上げる。


ユイ

「先生……」


深く息を吐く。


言葉が出てこない。


ユイ

「私……どう説明したらいいのか……」


声が震える。


ユイ

「ソウタに何が起きたのか……」


今にも心が折れてしまいそうだった。


ケンジは静かに彼女を見る。


ケンジ

「落ち着け。」


ケンジ

「俺たち全員にとって辛いことだ。」


少し間を置く。


ケンジ

「警察からは、まだ新しい情報はない。」


研究室に沈黙が流れる。


しかし、ケンジは何かを言いづらそうにしていた。


ケンジ

「……それとは別に、神社の宮司から連絡があった。」


ユイと助手がケンジを見る。


ケンジ

「本来、この話は外部に漏らしてはいけないと言われていた。」


表情が険しくなる。


ケンジ

「だが……残念ながら、ANDE――国家特別防衛庁にも情報が渡ったらしい。」


ユイは黙ったまま聞いている。


ケンジ

「ソウタが消えたあの日……」


ケンジ

「宮司は、神社の教師の一人をソウタの捜索に向かわせていた。」


助手の表情が変わる。


ケンジ

「その後、連絡が途絶えた。」


一瞬の沈黙。


ケンジ

「……数日後。」


ケンジは言葉を詰まらせる。


ケンジ

「首を切断された状態で発見されたそうだ。」


誰も動かなかった。


助手は青ざめた表情でケンジを見る。


ユイは口元を押さえる。


そして突然、席を立った。


そのまま研究室から飛び出していく。


助手

「ユイ!」


返事はない。


廊下の向こうから、苦しそうな音だけが聞こえた。


助手は俯く。


助手

「……ソウタ、見つかるといいですね。」


悲しそうな表情で呟く。


そして、小さな声で続ける。


助手

「俺……まだ、どこかで生きてるって信じてます。」


ケンジは何も言わず、しばらく床を見つめる。


やがて――


ケンジ

「……俺もそう願ってる。」



声にならない絶望の叫びが――


魂の奥で響いていた。



暗闇。


鎖が擦れる音。


ジャラ……


ソウタがいた。


以前とはまるで違う姿だった。


痩せ細った身体。


乾いた唇。


力のない目。


そこにはもう――


逃げようとする気力さえ残っていなかった。


牢の扉が開く。


仮面をつけた男が入ってくる。


ソウタは顔を上げない。


鎖が外される。


男はソウタを掴み、そのまま牢の外へ引きずり出した。


抵抗しない。


いや――


もう、抵抗する力がない。



長い通路を進む。


そして――


あの場所へ戻ってきた。


祭壇。


そこには既に、多くの人間が待っていた。


全員が頭から布を被り、顔を隠している。


ただ一人を除いて。


あの男。


ソウタが本能的に恐怖を感じた男だけが、素顔を晒していた。


ソウタは祭壇の中央へ投げ出される。


身体が床にぶつかる。


それでも――


何の反応も示さない。


ゆっくりと顔を上げる。


周囲を見る。


もう疑ってはいなかった。


自分はここで死ぬ。


それを受け入れてしまったかのような目だった。


不気味な男がソウタを見下ろす。


そして――


命令する。


不気味な男

「始めろ。」


周囲の者たちが、一斉に祈り始める。


聞いたことのない――


古い言葉。


低い声が重なり合い、地下の空間全体に響き渡る。


ソウタはただ聞いていた。


やがて――


一振りの剣が掲げられる。


ソウタの頭上。


その剣を見た瞬間。


何が起こるのか理解した。


ソウタは静かに目を閉じる。


祈りの声が――


止まった。


静寂。


そして――


血が流れる。


すべてが、


黒く染まった。

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