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¿ 欲望?

「無」とは何なのだろう。


人は死んだら――


どこへ行くのだろう。



何もない。


光もない。


音もない。


どこまでも続く、完全な暗闇。


その中心で――


ソウタは身体を丸め、胎児のような姿勢で浮かんでいた。


何も身につけていない。


何も感じない。


ただ――


寒い。


ソウタ

「……寒い……」


声を出しても、響くことすらない。


ここがどこなのか。


自分が生きているのか。


死んでいるのか。


それさえ分からなかった。


その時――


何かを感じる。


温かい。


この世界には存在しないはずの温もり。


ソウタがゆっくりと顔を上げる。


暗闇の向こうから――


一人の女性の姿が現れる。


何も身につけていない。


しかし、その顔は見えない。


彼女は何も言わない。


ただ、ゆっくりとソウタへ近づいてくる。


ソウタも動かない。


女性は彼の前まで来ると――


そっと顔を近づけた。


そして、


ソウタの額に口づける。


その瞬間――


世界が光に包まれた。


暗闇が消えていく。


ソウタも。


女性も。


すべてが白い光の中へ消えていった。



東京。


一棟の建物。


その最上階にある、洗練されたオフィス。


大きな窓の前に、一人の男が背を向けて立っていた。


短い髪。


整ったスーツ。


その後ろには二人の若者がいる。


一人は女性。


レイ。


もう一人は男性。


ハルキ。


二人とも真剣な表情で、男の言葉を待っていた。


窓の前に立つ男の名は――


シュン・カトウ。


国家特別防衛庁――


ANDE。


その四人の最高責任者の一人だった。


シュンは東京の街を見下ろしたまま口を開く。


シュン

「神社で起きた事件から、一年が経った。」


二人は黙って聞いている。


シュン

「だが、あれだけじゃない。」


シュンの声が低くなる。


シュン

「同じような失踪事件が、各地で起きている。」


拳を握る。


シュン

「大人……子ども……」


一瞬、言葉が止まる。


シュン

「赤ん坊まで。」


その表情には怒りがあった。


しかし――


それだけではない。


わずかな恐怖も浮かんでいた。


シュンが振り返る。


シュン

「二人には、マサト・フジモトの神社へ行ってもらう。」


シュン

「現場をもう一度調べろ。」


シュン

「どんな小さなものでもいい。何か残っていないか確認してくれ。」


レイとハルキは同時に頷く。


そして、何も言わず部屋を出ていった。



建物の外。


一台の黒い車が二人を待っている。


二人は後部座席へ乗り込む。


車が走り出した。


車内のラジオからニュースが流れている。


ラジオ

「東京都内で報告されている行方不明者の数は、依然として増加しています。」


レイの表情が険しくなる。


ラジオ

「現在、その数は千人に達しており、成人だけでなく、未成年者や乳幼児も含まれています――」


レイ

「……消して。」


運転手がバックミラー越しに彼女を見る。


レイ

「ラジオを消して。」


怒りを押し殺した声だった。


運転手はすぐにラジオを消す。


静寂。


レイは窓の外を見る。


その顔には――


どうすることもできない苛立ちが浮かんでいた。



しばらくして。


車は神社へ到着した。


レイとハルキが降りる。


車はそのまま去っていく。


二人が境内へ足を踏み入れようとした、その時。


マサト

「そこで止まれ。」


二人の前に――


マサトが立っていた。


歓迎している様子はない。


マサト

「何をしに来た?」


冷たい視線。


マサト

「お前たちは歓迎しない。」


ハルキが一歩前へ出る。


ハルキ

「上からの命令です。」


ハルキ

「現場を確認する必要があります。」


マサトは黙っている。


ハルキ

「他の連中が来る前に、俺たちだけで済ませた方がいい。」


マサトの表情が変わる。


マサト

「……今さら?」


空気が張り詰める。


マサト

「一年だぞ。」


怒りが声に滲む。


マサト

「一年経ってから、ようやく来たのか?」


レイが間に入る。


レイ

「遅いことは分かっています。」


マサトが彼女を見る。


レイ

「待っている人たちにとっては……あまりにも遅すぎた。」


一瞬の沈黙。


レイ

「でも、まだ終わっていません。」


レイ

「犯人を見つけることも。」


レイ

「消えた人たちを探すことも。」


レイ

「まだできます。」


マサトは彼女を見つめる。


ハルキが続ける。


ハルキ

「これまで人員を送れなかったのには理由があります。」


ハルキ

「同じことが日本中で起きている。」


ハルキ

「……俺たちも、人手が足りないんです。」


マサトは深く息を吐く。


レイが静かに言う。


レイ

「いくつか質問をした後、事件現場を確認します。」


レイ

「それだけです。」


長い沈黙。


そして――


マサトがようやく答える。


マサト

「……分かった。」


二人を見る。


マサト

「俺が案内する。」


そして念を押す。


マサト

「ただし――」


マサト

「ここには泊めない。」



景色が遠ざかっていく。


神社。


木々。


森。


そして――


一本の道路へ。



一台の車が森の中を走っていた。


車内には家族がいる。


笑い声。


歌声。


どうやら旅行へ向かっているようだった。


誰もが楽しそうだった。


何気ない一日。


何気ない家族旅行。


でも――


無限に存在する可能性の中で、


何かが、


自分の目の前で起きる確率は、


一体どれほどなのだろう。



その頃。


森の奥深く。


空気が――


変わった。


少しずつ温度が上がっていく。


一点を中心に、空気が歪み始める。


やがて――


光の球体のようなものが形成される。


エネルギーが周囲を包む。


そして――


その中心に、


誰かが現れた。


静寂。


その人物は動かない。


その時――


遠くから車の音が聞こえた。


顔を上げる。


その音に導かれるように――


走り出した。


道路へ。



家族の車。


まだ笑い声が続いている。


運転していた父親が前を見る。


父親

「――っ!?」


突然、人が道路へ飛び出してきた。


父親は反射的にハンドルを切る。


母親

「きゃあっ!!」


子どもたちが叫ぶ。


車が急停止する。


全員の呼吸が乱れている。


母親が後ろを見る。


母親

「……人よ。」


父親を見る。


母親

「助けないと。」


父親は子どもたちへ振り返る。


父親

「お前たちは車から出るな。」


両親が車を降りる。


道路脇。


そこには――


裸の青年がいた。


混乱した様子で立っている。


母親が慎重に近づく。


母親

「……こんにちは?」


青年が顔を上げる。


ソウタだった。


母親を見る。


何かを言おうとする。


しかし――


そのまま意識を失った。



あの女性の姿が――


一瞬だけ脳裏に浮かぶ。


そして。


ソウタは目を覚ました。



病院。


白い天井。


ソウタはベッドに横になっている。


周囲を見る。


知らない場所。


しかし――


何も感じない。


怖くない。


安心もしない。


悲しくもない。


感情そのものが、どこかへ消えてしまったかのようだった。


扉が開く。


一人の医師が入ってくる。


ソウタが起きていることに気づき、驚いた表情をする。


医師

「あ……目が覚めたんですね。」


近づく。


医師

「何か覚えていますか?」


ソウタは医師を見る。


返事をしない。


医師は少し待つ。


医師

「……分かりました。」


手元の資料を見る。


医師

「検査結果についてですが……」


不思議そうな表情。


医師

「身体には異常がありません。」


医師

「骨折もない。」


医師

「栄養失調の兆候もありません。」


ソウタは無表情のまま。


医師

「ご家族がこちらへ向かっています。」


それでも――


反応はない。


医師は部屋を出る。



廊下。


一人の男が待っていた。


シュン・カトウ。


医師はソウタの状態を説明する。


シュンは静かに聞く。


そして――


シュン

「ここからは私が引き受けます。」


医師を見る。


そのまま病室へ入る。



ソウタはすぐに異変を感じる。


この男――


何かがおかしい。


自然と身体が警戒する。


シュンはベッドの前で止まる。


シュン

「君。」


シュン

「私と一緒に来てもらう。」


ソウタが初めて口を開く。


ソウタ

「……どこに?」


シュンの眉がわずかに動く。


シュン

「話せるのか。」


疑うような目でソウタを見る。


その瞬間――


ソウタ自身にも何が起きたのか分からなかった。


身体が動く。


ベッドから飛び上がる。


病院着のまま――


壁へ。


ドンッ!!


壁を突き破った。



シュンは開いた穴を見つめる。


驚いていない。


まるで――


こういうことに慣れているかのように。


医師が慌てて病室へ入ってくる。


医師

「な、何なんですかこれは!?」


壁に巨大な穴。


医師が叫ぶ。


シュンは落ち着いたまま答える。


シュン

「こちらで対応します。」


穴を見る。


シュン

「壁の修理代は私につけておいてください。」



ソウタは――


隣の建物の屋上に着地していた。


自分でも信じられない。


手を見る。


指の間を風が通り抜けていく。


次の建物を見る。


跳ぶ。


着地。


さらに跳ぶ。


また次へ。


気づけば――


建物の間を自由に移動していた。


太陽の光が身体を照らす。


その光が、


まるで身体へ力を与えてくれているようだった。


鳥たちが近くを飛んでいく。


風。


太陽。


東京の音。


そして――


どこか遠くから漂ってくるコーヒーの香り。


ソウタの動きが止まる。


記憶。


あの店。


朝。


そして――


家。


ソウタ

「……家……」


走り出す。


屋根から屋根へ。


建物から建物へ。


どんどん速くなる。


やがて――


見覚えのある建物が見えた。


自分の家。



ソウタは地上へ降りる。


そして、誰にも気づかれないほどの速さで建物へ入った。


階段を駆け上がる。


扉。


開ける。


その瞬間――


懐かしい匂いがした。


ソウタは動きを止める。


「ニャー……」


目から――


涙が落ちる。


ミロ。


自分の猫。


ソウタは迷うことなく抱き上げる。


強く。


ずっと会いたかった。


言葉にする必要さえなかった。


その抱擁だけで――


どれほど大切だったのかが伝わる。


その時。


「……ソウタ?」


声。


ソウタの身体が止まる。


知っている。


その声を知っている。


ゆっくりとミロを床へ降ろす。


振り返る。


そこには――


母親がいた。


その瞳には、


息子を失った一年間の苦しみが刻まれていた。


二人は見つめ合う。


言葉はない。


次の瞬間――


母親が駆け寄る。


ソウタも動く。


二人は抱き合った。


強く。


ただ強く。


何も言わなくても――


それだけですべてが伝わっていた。


悲しみも。


苦しみも。


そして――


再び会えた喜びも。



しかし。


その時間を壊す声がした。


シュン

「ソウタ。」


二人が振り返る。


母親は驚く。


母親

「……どなたですか?」


ソウタは母親を庇うように前へ出る。


ソウタ

「分からない。」


シュンを見る。


ソウタ

「でも……俺に何か用があるのは間違いない。」


シュンは二人を静かに見る。


その時――


ソウタの背後に二つの気配。


振り返る。


レイ。


そして――


ハルキ。


ソウタは反射的に身構える。


シュン

「落ち着け。」


シュン

「二人とも、君に何もしない。」


ソウタは三人を警戒したまま。


シュンが続ける。


シュン

「私と来い。」


シュン

「全部説明する。」


ソウタの表情が曇る。


ソウタ

「……何を説明するんだ?」


分からない。


何も分からない。


あの日。


森。


仮面。


地下。


恐怖。


そして――


死。


断片的な記憶が頭をよぎる。


ソウタは自分の手を見る。


あの病院の壁。


建物を飛び越えた身体。


自分に――


何が起きた?


ゆっくりとシュンを見る。


シュンはソウタの目を真っ直ぐ見つめる。


そして言った。


シュン

「君には――」


一瞬の沈黙。


シュン

「二度目の人生が与えられた。」


二人の視線が交わる。


誰も言葉を発しない。


そして――


物語はそこで途切れる。

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