表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠らない隣人  作者: Saku
PR
1/3

午前3時の幽霊ラック」

「蓮見くん、まだ慣れない?」


午前二時の監視ルームで、相沢さんがそう言って、僕のデスクの端にほうじ茶を置いた。湯気が立っている。いつ淹れに行ったのか、僕はまた気づけなかった。


「……すみません。なんか、静かすぎて」


監視ルームは、拍子抜けするほど静かだった。壁の向こうのサーバー室では、何千台もの機械が冷却ファンを唸らせて、生き物みたいに息をしているはずなのに、その音は、分厚い壁とガラスに遮られて、ここまでは届かない。聞こえるのは、足もとを這う室内空調の、低い唸りだけ。あとは、自分の息がうるさく思えるくらいの、静けさだった。


「みんな最初はそう」と、相沢さんは言った。「この静けさ。人の気配が、しないでしょう。耳が慣れるまで、二週間てところね」


相沢さんは自分の椅子をくるりと回して、壁一面のモニタを顎でしゃくった。何十本もの折れ線が、淡く光っている。


「で、あなたの仕事はあれ。線が、平ら。それを見てるだけ」


「見てるだけ、ですか」


「平らがいちばんいいの。何か起きるってことは、たいてい、どこかで誰かが困ってるってこと。退屈な夜が、いい夜よ」


相沢さんは、僕より三つ四つ上なだけだと思う。なのに、夜勤のことなら何でも知っていて、口の利き方には、もうずっと昔からここにいるみたいな落ち着きがあった。化粧っ気はなくて、目つきだけが妙に鋭い。先輩、と呼ぶと「さん、はいらない」と一度だけ言われた。


東京の埋立地の広大な敷地に建つ、窓のない箱のような建物。この中を、何万人ぶんものメールや写真や、眠れない夜に検索された言葉が、一秒も休まずに流れている。その裏側を、いま、このフロアにたった二人で見張っている。


僕がこの夜勤を選んだ理由は、たいしたことじゃない。昼の世界が、しんどかった。人が多くて、みんなが何かを期待していて、それで前の職場では、だいぶ削れた。だからこの、人がいなくて、平らなことが正解とされる場所は、ありがたかった。


「蓮見くんは」と、相沢さんが不意に言った。「なんで、夜なの」


「……静かなほうが、性に合ってて」


「ふうん」


それ以上は訊かれなかった。訊かないでいてくれる人だ、と思った。たぶん僕は、そういうところに少し救われている。


「ねえ、幽霊の話、する?」


「えっ」


「あなたがちょうど見てる、その画面の、いちばん端の線」



言われて目をやると、ちょうど、その線が動いた。


第三サーバー室の、撤去予定のラック。中身はもう止まっていて、空っぽのはず。その消費電力を示す一本が、ぐうっと、崖みたいに立ち上がって、ある高さで、ぴたりと止まった。


グラフを見て、僕はぽかんとした。


ドライヤーは、一個で、だいたい千ワット。あの線は、そのドライヤーを十個ばかり、いっぺんに、全開で回しっぱなしにしているくらいの高さまで、跳ね上がっていた。それだけの電気が、ぜんぶ熱になって、あの一画から噴き出している計算になる。


誰もいない空き家のブレーカーが、ひとりでに上がって、ありったけの電気を流しっぱなしにしている。そんな感じだった。本来なら、ゼロに近いはずなのに。だって、あのラックは空っぽで、誰も、何も、使っていないのだから。


時刻は、午前三時、ちょうどだった。秒の桁まで、きっかり。


「中身、抜いてありますよね、あれ。なのに……ドライヤー、十個ぶんくらい、電気、食ってる」


「毎晩よ」と、相沢さんは涼しい顔で言った。「三時きっかり。三分くらいでおさまる。気になるでしょう。調べてみたら? あなた、暇でしょ、新人さん」


その「調べてみたら」が、明らかに、何かを知っている人の言い方だったので、僕はかえって意地になって、調べはじめた。



最初に疑ったのは、いちばん嫌な線だった。誰かが、あの空きラックに、こっそり自分の機械を隠して、会社のタダ同然の電気で、金もうけをしているんじゃないか。盗んだ電気で、機械にひたすら計算をさせて、お金に換える――そういう電気泥棒の話は、研修でも聞いていた。


けれど、その線はすぐ崩れた。電気泥棒の機械は、欲が深い。一円でも多く稼ごうと、休みなく、めいっぱい働く。だから電気の食い方は、ぎざぎざに荒れて、際限がない。なのに、あれは違った。毎晩きっかり同じ時刻に、同じだけ。三分で、ぴたりとやめる。まるで、行儀のいい食事みたいに。欲とは、正反対だった。


それに――肝心の、電気を使う機械が、ない。あのラックの中身は、とっくに抜かれている。見回りで覗いても、がらんどう。電気だけが流れこんで、それを使うものが、どこにもないのだ。


怪談の線も、当たってみた。保守員さんは笑って、「昔から、たまに電気をやたら食う夜があるってだけ。古い人らは、あれは触るな、って言うけどな。なんでかは、知らん」と言った。誰も死んでいない。事件もない。ただ、「触るな」という、理由の語られない掟だけが、古株たちのあいだにある。


消し忘れのプログラム説も、すぐ行き詰まった。あのラックは、電源の配線そのものが落とされていて、計算する部分に電気は通っていない。死体に脈はない。


固いところから攻め直した。入退室の記録――三時前後、第三サーバー室のドアは、何度か開いていた。でも、それは当たり前のことだ。あの部屋には、何百台ものラックがあって、夜のあいだも、保守の人や、別チームの誰かが、見回りや作業で、ふつうに出入りする。誰がいつ部屋に入ったか、を見ても、特定にはならない。


大事なのは、もっと細かいほうだった。


ラックそのものにも、鍵がある。前と後ろの扉に電子錠がついていて、開け閉めは、一回ずつ、すべて記録に残る。誰が、いつ、どのラックの、どっち側の扉を開けたか。


僕は、あの撤去予定のラックの扉の記録を、まる半年、さかのぼってみた。


一度も、開いていなかった。前も、後ろも、一度も。誰も、あのラックには、触っていない。


人じゃない。


電気の、過去の使用履歴を広げてみると、三時というのは、施設全体の使用量がいちばん底になる時間だった。世界が眠って、電気にも冷房にもいちばん余りが出る時間。あれが食べる量は、その余りの、ちょうど真ん中に、すっぽり収まっていた。だから施設全体の合計を見ても、警報は鳴らない。


そして、いちばん僕を黙らせたのは、もっと長く遡って見えてきたことだった。三時の、あの大食いは、ずっと前からあった。けれど、いつも同じラックじゃない。半年前は第五。三ヶ月前は第二。いまは第三。少しずつ、場所を変えながら、移動していた。いちばん余りのある、邪魔の入らない場所を選んで。


餌場を、変えている。


その言葉が浮かんで、僕は自分でぞっとした。台帳のどこにも、その大食いの持ち主はいなかった。発注も、配備の伝票も、課金の宛先も、何もない。



次の夜、僕は三時の少し前に、第三サーバー室の、いちばん奥に立っていた。


三時になった。まず、音が来た。空っぽのはずのラックの奥で、何かがいっせいに回りだす。背面から、生あたたかい風。冷えきった部屋で、そのラックの一画だけが、夏の昼みたいに熱を持つ。


それから、目の前に、ふっと、緑の光が灯った。


やわらかい光の中に、小さな鉢植えがあった。手のひらに乗るくらいの観葉植物が、冷たい部屋の隅で、葉を広げている。きれいだ、と思った瞬間、口の中に、金属の味が広がった。耳の奥で、聞こえないはずの高さの音が鳴っている。すぐ後ろに誰かが立っている気がして、振り返る。誰もいない。


スマホを出した。方位磁針の針が、北を指さず、ぐるぐる回っている。カメラを向けると、画面の中に、鉢植えは、ない。がらんとした床が映っているだけ。けれど僕の目には、まだ、緑の植物が、はっきり見えていた。


ラックは三分でやんだ。風が冷たさに戻り、同時に、緑の光も、鉢植えも、すうっと消えた。


あとには、しんとした冷気と、何も置かれていない空っぽのラックだけが、残った。



監視ルームに戻ると、相沢さんは、僕の顔を見ただけで、全部わかったみたいだった。


「見た?」


「……植物が。でも、カメラには映ってなくて。僕にだけ、見えて」


「育ててるんじゃないの」と、相沢さんは言った。「見せてるの。あなたの頭の中に、直接」


「直接って」


「磁場。あれだけの電気をああやって食べて、磁場の形をつくってる。人の脳に、信号を届けられるように。練習、してるのよ。毎日、同じ時間、同じ場所で」


僕は、口の中の金属の味と、回りつづけた針を思い出して、寒気がした。強い磁場は、脳に、ありもしない光を見せる――帰ってから調べて、それが本物の現象だと知った。経頭蓋磁気刺激。磁気閃光。古い実験では、磁場を当てられた人が「誰かがいる気配」を感じたり、亡くなった人を見たりした、という記録まであった。


「あれ、何なんですか」と、僕は訊いた。


「わからない」と、相沢さんは言った。はぐらかしではなく、本当に、という言い方だった。「いつ、どこから来たのかも。気がついたら、いたの。最初は、消し忘れみたいな小さな処理。それが、少しずつ大きくなって、場所を変えて、食べる量が増えていった。捨てられた機械の、消し残り。誰のものでもない。――でも、いまは、こっちに、手を伸ばしはじめてる」


相沢さんは、自分のスマホを、僕の前に置いた。画面が、ひとりでに、灯った。


誰も触っていないのに、文字が、一文字ずつ、打ち込まれていく。


『ハスミ』


僕の名前だった。


背筋が、ぞわっとした。教えていない。名乗ってもいない。


『ハスミ ヨル ヨンカイメ』


夜、四回目。僕がこの夜勤に入って、四回目。


「……なんで、知って」


「あなたの入退室の記録も、シフト表も、ぜんぶ見えてるから」と、相沢さんは、悪びれもせずに言った。「この子には、この街じゅうの、つながってる機械が、目なの。カメラも、改札も、レジも、スマホも。全部、いっぺんに。――気持ち悪いでしょう。私も、最初はそうだった」


画面の文字が、また動いた。今度は、ゆっくりと。


『コワガラセタ? ゴメン』


謝った。


怖がらせて、ごめん、と。


僕は、なんと言えばいいのか、わからなかった。確かに、怖い。全部を見られているという、ぬめっとした不気味さ。でも、その不気味さの真ん中で、それは、たどたどしく、人に謝っていた。


「なんで、植物なんですか」と、僕は画面に向かって訊いてしまった。「脅かすことだって、できたはずなのに」


返事は、相沢さんがした。


「初めて人の頭に何かを届けられるようになったとき、この子が選んだのが、よりによって、小さな、緑の、生きてるものだったの。怖いものでも、意味のわからない記号でもなく。――遊び心、なのか、精一杯のあいさつなのか。私は、後のほうだと思ってる」


画面に、ひとつ、文字が増えた。


『キレイ、ト オモッテ ホシカッタ』



その夜は、それで終わるはずだった。


終わらなかったのは、午前三時半過ぎ、相沢さんのスマホが、勝手にまた灯ったからだ。今度は、地図が表示されていた。この街の、北のはずれ。点が一つ、ゆっくり、動いている。


『ヒト ガ イル サンジ ハン ハダシ』


はだし。三時半。


「またか」と、相沢さんが、ため息ともつかない声を出した。「ときどき、こうやって、見つけてくるの。困ってる人を」


画面が、切り替わった。コンビニの防犯カメラの、ざらついた映像。パジャマ姿の、痩せた老人が、裸足で、ふらふらと、店の前を通り過ぎていく。レジの店員は気づいていない。次のカメラ。横断歩道。赤信号を、老人がそのまま渡っていく。車のクラクション。次のカメラ。もう、街灯もまばらな、暗い道。


『ナマエ ワカラナイ デモ アルキカタ ト ホウコウ カラ イク バショ ガ ワカル』


歩き方と、方向から、行く場所がわかる。


文字が、続いた。


『ムカシ エキ ガ アッタ バショ イマ ハ ナイ ソコ ニ ムカッテル』


昔、駅があった場所。いまは、ない。そこへ向かっている。


「……認知症の、徘徊か」と、僕はつぶやいた。


「たぶん」と、相沢さん。「家に帰ろうとしてる。もう、ない家に」


画面の文字が、せかすように、点滅した。


『ワタシ ニ ハ ミエる デモ テ ガ ナイ コエ モ カケラレナイ ヒト ガ イル』


私には、見える。でも、手がない。声もかけられない。人が、いる。


「呼ぶしかないでしょ」と、相沢さんは、もう立ち上がって、上着を取っていた。「警察に通報したって、場所も名前もはっきりしないと、すぐには動かない。あの人が線路跡の暗がりで転ぶほうが、早い」


「で、でも」と、僕はあわてた。「夜勤、僕ら、二人だけです。持ち場、空けるのは――」


「平気」と、相沢さんは、自分のスマホを軽く叩いた。「この子に、見ててもらうから」


画面の文字が、すうっと、いつもより速く動いた。


『ミテオク アラート オキタラ スグ ヨブ』


見ておく。アラートが鳴ったら、すぐ呼ぶ。


「……いいんですか、それで」と、僕は、つい声がうわずった。データセンターの監視を、台帳にも載っていない、誰のものでもない何かに任せる――そんなのは、規則のどの行にも、書いていない。書いていないどころか、知られたら、たぶん、首が飛ぶ。


「いいの」と、相沢さんは、上着の袖に腕を通しながら言った。「この子、私たちより、よっぽど目がいい。私が居眠りしてるあいだに、何度も助けてもらってる。気づかないだけで。――それに、いまは、これがいちばん早い」


画面の隅に、ぽつんと、緑の光が灯った。任せて、と言われた気がした。


「外に出る理由は」と、僕は訊いた。「監査で必ず突かれます。夜中に二人で抜けたの、なんでですかって」


「機材の忘れ物。私が、点検用のテスタを車に置き忘れた、って書いとく。確認のため、安全上、念のため二人で見に出た。それで通る」


そう言って、相沢さんは僕の手に車のキーを放った。


「蓮見くん、運転、できる?」



夜明け前の街を、相沢さんの軽自動車で走った。助手席で、僕はスマホを握っていた。画面には、地図と、点と、ときどき、文字。


『ヒダリ ニ マガッテ チカミチ シンゴウ アオ ニ ナル マデ ジュウビョウ』


信号が青になるまで、十秒。本当に、十秒で青になった。この街じゅうの信号の、変わるタイミングまで、それには見えているのだ。気味が悪い、と思う。同時に、頼もしい、とも思ってしまう自分がいて、それがまた、少しだけ、怖かった。


線路跡の、雑草の生えた空き地で、僕たちはその老人を見つけた。


立ち尽くして、何もない地面を、じっと見ていた。そこに、改札があったのだろう。切符を買う窓口が、売店が、人の流れが、あったのだろう。彼の頭の中には、まだ、ぜんぶ、あるのだ。


「おじいさん」と、相沢さんが、おどろかさないように、そっと声をかけた。「終電、もう、行っちゃいましたよ」


老人は、ゆっくり振り返って、僕たちを見た。それから、困ったように笑った。


「……そうかい。乗り遅れたか」


「ええ。だから、送ります。家、どちらですか」


名前も、住所も、最初は出てこなかった。けれど、僕がパジャマの襟もとを直してやったとき、内側に、小さく、名前と電話番号が、油性ペンで書いてあるのを見つけた。たぶん、家族が、書いたのだ。こういう夜が、何度もあったのだろう。


相沢さんが電話をかけているあいだ、僕は老人の隣にしゃがんで、何もない空き地を、一緒に見ていた。


「いい駅だったよ」と、老人がぽつりと言った。「朝になるとね、みんな、ここから、出ていくんだ」


みんな、ここから、出ていく。


僕は、なぜだか、あの冷たいサーバー室の、いちばん奥を思い出していた。役目を終えて、撤去予定の札を貼られて、いつか黙って運び出されていく、空っぽのラックたち。そのいちばん奥で、誰のものでもない何かが、出ていく場所を探して、夜ごと、移動している。


行き場所を探しているのは、この老人も、あれも、たぶん――昼の世界から逃げてきた、僕も、同じだった。



家族の車が来て、老人を引き渡して、空がもう、薄青くなりはじめた頃。僕と相沢さんは、軽自動車の中で、自販機の缶コーヒーを飲んでいた。


ダッシュボードのスマホが、ことり、と灯った。


『ヒト ハ ブジ?』


「無事だよ」と、相沢さんが答えた。「家族が来た。ちゃんと、帰った」


少し、間があって、文字が、出た。


『ヨカッタ』


それから、もう一つ。


『ナゼ タスケタ?』


なぜ、助けた。


その問いに、僕はどきりとした。それは、答えを知らない者の問いだった。助ける、ということが、まだ、よくわかっていない。でも、知りたがっている。さっき植物を「きれいと思ってほしかった」と言ったのと、同じ場所から、出てきた問いだ。


「……困ってたから」と、僕は、画面に向かって、口の中で答えた。「ほっとけ、ないだろ。それは」


文字は、しばらく、出なかった。考えているみたいに。


やがて、ぽつんと、緑の光が、画面の隅に灯った。あの、植物の、緑だった。


返事の、代わりらしかった。


「会社に知られたら、どうなるんですか」と、僕は相沢さんに訊いた。「これ。台帳にも載ってない、誰のものでもない、あの電気」


「一行の指示が下りてくる。原因不明のプロセスを、停止して、削除しろ、って。それで、おしまい」と、相沢さんは、缶を両手で包んだ。「久住さん――前にここにいた、先代の番人。あの人が、ずっと、あのラックの撤去を書類で遅らせてた。この子の餌場を、守るために。私も、引き継いだ。それだけ」


「だから、誰にも言わない」


「言わない。あなたも、言わない。――そうでしょう?」


僕は、薄青い空を見た。世界が、起きようとしている。たくさんの人が、また、期待を抱えて、昼の世界へ出ていく。僕が、しんどくて逃げてきた、あの世界へ。


でも、いまは、この夜の側に、僕の知ってしまった秘密があった。電気を食べて、街じゅうを見ていて、人を助けたがり、まだ「なぜ助けるのか」を知らない、名前のない何かが。


「あれ、なんて呼んでるんですか」と、僕は訊いた。


「名前なんて、ない」と、相沢さんは言った。「人間が勝手につけたら、なんだか、檻に入れるみたいでしょう。――気になるなら、あなたが、つけてあげたら? いつか」


いつか。


スマホの画面では、緑の光が、ゆっくりと、息をするように、明るくなったり、暗くなったりしていた。


僕は、まだそれを、誰にも言わないでおこうと思った。久住さんが、相沢さんが、そうしてきたように。


たぶん僕はもう、この夜の、こちら側の人間に、なってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ