第91話 クラブW杯決勝
決勝当日。
スタジアムは、これまで見たどの会場よりも巨大だった。
世界中から集まった、報道陣とカメラ。
拓人はロッカールームで選手たちを見渡した。
「今日、世界が見てる」
短い言葉だった。
「それでも、やることは変わらない」
「観察して、動く。それだけだ」
光が頷いた。
木村も静かに、頷いた。
「この舞台で、俺たちのサッカーを、証明する番です」
翔太は何も、言わなかった。
ただ拳を、強く握りしめていた。
「行きましょう」
相手のロッカールームには、誰もが知る名前が並んでいた。
個の力でこれまでのすべての大会を、制してきた集団だった。
拓人は円陣を組む選手たちを見渡した。
無名の若手も、かつて代表経験のない選手も、そこにいた。
だが誰一人、気後れした顔をしていなかった。
坂上がベンチの後方で、両手を強く握りしめていた。
拓人はスタンドの一角に、日の丸の小旗を振る一団を見つけた。
現地在住の日本人サポーターが集まってくれていた。
その光景に、拓人は小さく頭を下げた。
キックオフ。
相手は序盤から、個の力を前面に出してきた。
一人が持てば、二人、三人が勝手にスペースを空ける。
浦和の守備が何度も、崩されかけた。
だが崩れなかった。
誰かが抜かれれば、別の誰かがその穴を埋める。
光が、木村が、翔太が、互いの背中を預け合っていた。
前半十五分、ルカが鋭いドリブルで、ペナルティエリアに侵入した。
シュート。
木村が体を投げ出して、防いだ。
「ナイス、木村!」
光の声がピッチに響く。
ルカが立ち上がりながら、木村に声をかけた。
「良い守備だ」
木村はそれだけ返して、また持ち場に戻った。
観客席の一角、大型ビジョンに木村の顔が、大きく映し出された。
その瞬間、地元の観客からも惜しみない拍手が送られた。
無名だった選手が、世界の舞台で確かな存在感を放っていた。
前半、両チームとも決定機を作りながら、無得点で終わった。
ロッカールームで、拓人は選手たちに伝えた。
「向こうは個で、崩そうとしてくる」
「こっちは全員で崩す」
「後半、それを見せてやろう」
選手たちが深く頷いた。
光が輪の中心で、皆の顔を見渡した。
「一人じゃ、勝てない相手だ」
「でも、俺たちなら」
その先を、光はあえて口にしなかった。
言わなくても全員に、伝わっていた。
後半、浦和のパスワークが少しずつ、相手を上回り始めた。
光が右サイドを抉る。
クロス。
翔太のヘディングは、わずかに枠を外れた。
拓人は思わず、天を仰いだ。
後半二十分、ルカが代わって、攻撃を仕掛けてきた。
個の技術で二人を、一瞬でかわす。
シュート。
木村が再び、身を投げ出す。
コーナーキックに逃れた。
拮抗は崩れなかった。
ルカがボールを持つたび、拓人はその動きを目で追う。
十年前、隣で戦った男の技術は、まったく衰えていなかった。
それでも木村や翔太が、確かにその技術に食らいついていた。
後半三十分を過ぎても、両チーム無得点のままだった。
観客席から地鳴りのような応援が、絶え間なく降り注いでいた。
拓人はベンチで腕を組んだ。
これが世界最高峰の戦いだった。
一つのミスが、そのまま勝敗を分ける。
一つの奇跡が、歴史を塗り替える。
拓人はベンチの端で、日記の言葉を思い出していた。
あなたはきっと、どこでも十番よ。
その言葉が今、選手たち全員の背中を押しているような気がした。
拓人は選手たちのもとへ、声を飛ばした。
「まだ、時間はある」
「焦るな。お前らのサッカーをやれ」
光がこちらを見て小さく頷く。
その目に、これまでにない強い光が宿っていた。
試合は、後半終盤に差し掛かろうとしていた。
決着は、まだ見えなかった。
◆次回予告◆
後半、残り時間はわずか。
光の中で、これまでのすべてが一つの形になろうとしていた。
決勝点は、誰の手に託されるのか。
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