第89話 ルカからの連絡
クラブワールドカップ開幕。
浦和は初戦を危なげなく勝利した。
翌週、二戦目も光と木村のゴールで突破した。
準々決勝、準決勝と浦和は着実に勝ち上がっていった。
拓人の采配は大会を通じて精度を増していった。
光は、大会の得点ランキング上位に、名を連ねていた。
木村と翔太のコンビも、対戦相手の分析班から警戒されるほどになる。
グラウンドの外でも、選手たちの表情は、以前とは違っていた。
自信と、確かな誇りが、そこにあった。
和のポジショナルプレーは世界の舞台でも確かに通用していた。
そしてレアル・マドリードもまた順当に勝ち進んでいた。
決勝のカードは開幕前の予想通り、浦和対レアルとなった。
準決勝突破の夜、拓人のスマートフォンが震えた。
ルカからのビデオ通話だった。
拓人は少し迷ってから応答した。
画面に懐かしい顔が映し出された。
「拓人、勝ち上がったな」
「そっちもな」
ルカが少し笑う。
「決勝、本当に実現するとは思わなかったよ」
「俺もだ」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
それは気まずさではなく、言葉を選ぶための沈黙だった。
「お前が監督になったって聞いた時、正直驚いた」
ルカが口を開く。
「選手じゃなく指導者としてか、って」
拓人は、静かに頷いた。
「俺も驚いてる」
「でも映像、見たよ。お前のチーム」
ルカの声に確かな敬意が滲んでいた。
「面白いサッカーだ。個じゃなく組織で崩す」
「お前らしくないというか」
「お前らしいというか」
拓人はその言葉に、少し笑った。
「和のポジショナルプレーって、名前まで、お前らしいな」
「茶化すな」
「褒めてるんだよ」
ルカの軽口に、画面の向こうで、笑い声が響いた。
その気安さは、十年前と、少しも変わっていなかった。
「育児と指導は似てるんだ」
「見て、待って、信じる」
ルカがその言葉を、繰り返した。
「拓人らしいな、それ」
会話は、それからしばらく続いた。
光や木村のことも、話題に上った。
「あの篠田って選手、面白いな。前は、もっと硬かった気がする」
「変わったんだ、いろいろあって」
「お前が変えたのか」
拓人は、少し、考えてから答えた。
「あいつ自身が、変わったんだ。俺は、少し背中を押しただけだ」
現役時代の思い出話、互いの家族の近況。
ルカにも、二人の子供がいた。
「もう、上の子はサッカー始めたよ。俺に似て、才能ないけど」
「教えてやればいい」
「教えてる。でも、お前ほど、上手くは教えられない」
その言葉に、拓人は少し、照れくさくなった。
十年以上の時間を埋めるように、言葉が交わされていった。
「決勝、ジッダでやるんだったよな」
ルカが確認するように聞いた。
「ああ、ジッダだ」
「俺たちも、二日前には入る」
「そうか」
「久しぶりに直接会えるな」
その一言に、拓人の胸が静かに高鳴った。
十年以上、戦友としてそして敵として同じピッチに立ってきた男。
その男とまったく違う立場で、再び対峙することになる。
「拓人」
ルカが真剣な声で続けた。
「決勝、手加減しないぞ」
「望むところだ」
拓人も迷わず答えた。
「俺の選手たちは、お前が思ってる以上に、強い」
「楽しみにしてる」
ルカの声にも、闘志が滲んでいた。
十年前とは、立場も、背負うものも、まるで違う。
それでも、根っこにある競い合う気持ちは、あの頃と同じだった。
「俺も手加減しない」
ルカが画面越しに頷いた。
「じゃあ、ジッダで」
「ああ、ジッダで」
通話が切れた後、拓人はしばらく画面を見つめていた。
十年前、右も左もわからなかった異国の地。
あの頃、言葉も文化も違う環境で、孤立しかけていた自分。
そこに、真っ先に、手を差し伸べてくれたのがルカだった。
その恩を、拓人は一度も忘れたことがなかった。
そこで出会った一人の男。
その男との再会が、こんな形で実現するとは思ってもみなかった。
拓人は窓の外を見た。
ジッダの夜景が、静かに広がっていた。
数ヶ月前、初めてこの街に降り立った時とは、まるで違う景色に見えた。
決勝まで、あと数日。
すべての道のりが、その一戦に繋がろうとしていた。
◆次回予告◆
決勝を目前に控えた夜、川口の全員から応援のメッセージが届く。
遥の日記を、久しぶりに開く拓人。
そこに記された言葉が、明日への力になろうとしていた。
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