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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第3章:指導者への道

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第88話 組み合わせ抽選

ジッダのホテル、大会本部から正式な招待状が届いた。


クラブワールドカップ、出場決定通知。


拓人はその書類をしばらく眺めていた。


数ヶ月前には想像もしなかった現実だった。


帰国の準備を進めながら、拓人は組み合わせ抽選の日程を確認した。


抽選は、一週間後。


東京で行われることになっていた。


日本に戻る飛行機の中、光が隣の席で聞いてきた。


「監督、抽選会って緊張しますか」


「する」


「意外です」


「相手によっては、地獄を見る」


光はその言葉に少し笑った。


「監督でも、そんなこと言うんですね」


木村も会話に加わってきた。


「監督、レアルって聞くだけで、鳥肌立ちます」


「まだ組み合わせも決まってないぞ」


「決まってなくても、名前が出るだけで別格です」


翔太も、隣で頷いていた。


「俺、生で見たことないです。レアルの試合」


「見せてやるよ、いつか」


拓人の一言に、翔太の目が輝く。


光だけは、少し違う反応を見せていた。


「監督の古巣なんですよね」


「そうだ」


「じゃあ、一番、負けたくない相手ってことですか」


拓人は、その問いにしばらく答えられなかった。


やがて、静かに口を開いた。


「負けたくない。でも、それ以上に」


「見せたいんだ。今のチームを」


光は、その言葉をじっと受け止める。


成田に到着すると大勢の報道陣が待っていた。


ACL制覇の熱は、まだ冷めていなかった。


「アジア王者として、クラブワールドカップに挑む心境は」


拓人は少し考えてから答えた。


「未知の世界に、また挑戦できることを、光栄に思います」


その言葉は、嘘ではなかった。


だが、心のどこかに、別の予感もあった。


抽選会当日。


会場のスクリーンに、出場全クラブの名前が表示された。


南米王者。


欧州王者。


そして、各大陸の代表クラブ。


拓人はその一覧を静かに目で追っていった。


南米王者の欄には若き才能が集まるブラジルの名門があった。


北中米代表にはメキシコの強豪。


アフリカ代表、オセアニア代表と大陸の数だけ、色とりどりの歴史があった。


世界というものの広さを拓人は改めて実感していた。


一つの名前で、視線が止まった。


レアル・マドリード。


欧州王者として、出場が確定していた。


拓人の心臓が大きく、跳ねた。


周囲の記者たちも、そのクラブ名に気づき、色めき立っていた。


「レアル・マドリードだ」


「まさか、この大会に」


ざわめきが、会場を包んでいく。


かつて、十年近くを過ごしたクラブ。


バロンドールを受賞した夜の記憶が鮮やかに蘇った。


抽選の結果、浦和とレアルは、決勝でしか対戦しない組み合わせとなった。


司会者が、その事実をアナウンスすると、会場がざわめいた。


「元レアル所属、糸井監督にとって、運命的な対戦カードになるかもしれません」


拓人はその言葉を複雑な思いで聞いていた。


記者たちが、次々と質問を重ねてくる。


「かつての古巣が相手になる可能性、どう受け止めていますか」


拓人は少し間を置いて答えた。


「今の自分は、選手ではなく監督です」


「敵として、全力で挑むだけです」


その言葉に、迷いはなかった。


会見場の隅でその様子を見ていた坂上が後で、拓人に言った。


「いい顔してましたよ、さっき」


「そうですか」


「監督が、腹を括った顔です」


坂上の言葉に拓人は小さく頷いた。


会見後、坂上が近づいてきた。


「監督、大丈夫ですか」


「大丈夫です」


「でも、少し、顔色が」


拓人は小さく、笑う。


坂上は、それ以上聞かなかった。


代わりに、静かに肩を叩いていった。


一人になった部屋で、拓人は昔のことを思い出していた。


初めてレアルの練習場に立った日、右も左もわからなかった自分。


そんな自分を、真っ先に受け入れてくれたのがルカだった。


その夜、拓人のスマートフォンに、一件のメッセージが届いた。


差出人の名前を見て、拓人は動きを止めた。


ルカだった。


かつてのチームメイト、そして親友。


メッセージには、こう書かれていた。


「ニュース、見たよ。まさか、決勝で会うことになるとはな」


「お前と戦うのが、楽しみだ」


拓人はそのメッセージを何度も読み返した。


十年以上共に戦った男との再会が近づいていた。


それも、敵として。


あの頃、ロッカールームで肩を組んで笑い合った日々。


言葉の壁に苦しんでいた自分を、いつも気にかけてくれた。


その恩は、忘れたことがなかった。


試合の合間、二人でよく近所のカフェに通う。


拙いスペイン語と片言の英語で、それでも会話は途切れなかった。


サッカーの話、家族の話、将来の夢。


あの時間が拓人にとって初めて手にした、対等な友情だった。


だからこそ、今度は、対等な立場で向き合いたかった。


拓人は返信を打ち始めた。


だが言葉がすぐには出てこなかった。


何度も打っては、消した。


再会の喜びを伝えるべきか、監督としての決意を示すべきか。


迷いが、指を止めていた。


嬉しさと、緊張と、覚悟。


そのすべてが、指先を鈍らせていた。


しばらく考えた末、拓人は短く打った。


「決勝まで、勝ち上がる。楽しみにしてろ」


送信ボタンを押すと、拓人は窓の外を見た。


日本の夜景が、静かに広がっていた。


決勝という、遠い場所での、約束だった。


そこに辿り着けるかどうかは、まだ、誰にもわからない。


一勝、また一勝。


積み重ねの先にしか、その舞台はない。


拓人はそのことを誰よりもよく理解していた。


光や木村、翔太。


この選手たちと、あの舞台に立てたら。


想像するだけで、拓人の胸は高鳴った。


それでも拓人の胸には、確かな熱が灯っていた。


◆次回予告◆


ルカからのメッセージに、拓人の記憶が、大きく揺れ動く。


決勝の舞台で待つ、かつての盟友との再会前夜。


そこで交わされる言葉とは。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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