第84話 準決勝
試合当日。
キング・アブドゥッラー・スポーツシティ・スタジアム。
拓人はロッカールームで選手たちを見渡した。
「今日勝てば、決勝だ」
短い言葉だった。
光が頷いた。
「行きましょう」
キックオフ。
カタールの強豪は、パスワークの精度が際立つ。
浦和はその圧力に、序盤から押し込まれる。
前半十分、崩された。
0-1。
拓人はベンチで拳を握った。
慌てるな。
自分に、そう言い聞かせた。
前半三十分、光が一人突破を仕掛ける。
シュート。
同点。
1-1。
スタジアムの一角、日本人サポーターの声が大きくなった。
前半は、そのまま終了した。
ロッカールームで拓人は、選手たちに伝えた。
「相手のパス回し、後半はもっと絞れる」
「翔太、そこを、頼む」
翔太が頷いた。
木村も翔太の肩を叩いた。
「お前の読み、決勝行けるかどうかの鍵だぞ」
「わかってます」
後半、翔太の読みが機能し始めた。
相手のパスコースを、次々と読み切っていく。
後半二十分、木村が奪ったボールを光へ。
光のシュートが、ゴールを割った。
逆転。
2-1。
拓人は思わず両手を、突き上げた。
だが相手も簡単には、引かない。
後半三十五分、再び同点に追いつかれる。
2-2。
拮抗が続いた。
九十分、終了。
延長戦に、突入した。
拓人は選手たちを集めた。
「ここまで来た。あと三十分だ」
光が拓人を見た。
「監督、俺また決めます」
「頼む」
延長前半、両チームとも、決定機を作り合う。
だが、決着はつかなかった。
延長後半、残り十分。
木村が中盤でボールを拾った。
前を見る。
光が走り出していた。
パス。
光がドリブルで一人、二人とかわす。
ペナルティエリア、手前。
シュート。
ゴールネットが揺れた。
決勝点。
3-2。
拓人はベンチで崩れ落ちるように座り込んだ。
選手たちが光のもとへ駆け寄る。
試合終了の笛。
浦和レッズ、準決勝、突破。
決勝進出。
坂上が拓人のもとへ来た。
「監督、決勝ですよ」
「はい」
拓人の声は、掠れていた。
疲労と安堵が、同時に押し寄せていた。
木村が隣に座り込んだ。
「監督、次で、最後ですね」
「ああ、最後だ」
二人はそれ以上、何も言わず夜空を見上げていた。
光が涙を拭きながら駆け寄ってきた。
「監督、約束守りました!」
拓人は深く、頷く。
「見てた」
その夜、ホテルの部屋で拓人はスマートフォンを開いた。
節子から動画が届いていた。
再生する。
映っていたのは、リビングだった。
葵、航太、結衣。
三人が画面に向かって拍手をしていた。
結衣の熱は、すっかり下がっていた。
「ぱぱ、けっしょういくの?」
「行くぞ」
拓人は画面にそう答えた。
誠の声も後ろから聞こえた。
「よくやった。あとは、決勝だけだな」
拓人は、その一言に、何度も頷いた。
節子が画面の端で小さく手を振った。
「無事に、帰ってきてね」
「はい。決勝が終わったら」
短いやり取りだったが、拓人の胸に確かな力を与えていた。
決勝の相手は、まだ決まっていない。
だが確かなことが一つあった。
浦和レッズは、決勝の舞台に立つ。
窓の外、ジッダの夜空に星が瞬いていた。
◆次回予告◆
すべてを賭けた一戦が、いよいよ幕を開ける。
決勝の相手は、アジア最多優勝を誇る、絶対王者。
拓人と選手たちが積み重ねてきたものが、今、試される。
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