第81話 義父の観戦
光が、ペナルティエリアに進入する。
木村が、裏へ走り込む。
ディフェンダーが二人とも、光に引き寄せられた。
その瞬間、光がパスを出した。
木村、フリー。
シュート。
ゴールネットが揺れた。
第2戦、3-2。
アグリゲート、4-3。
延長後半、終了間際の劇的な決勝点だった。
スタジアムが割れんばかりの、歓声に包まれた。
拓人は思わず、両手を突き上げた。
選手たちが木村のもとへ、駆け寄る。
光が真っ先に抱きついた。
「お前が決めてくれると、思ってた」
「お前のパスが、完璧だったんだよ」
二人は、しばらく抱き合ったまま、動かなかった。
試合終了の笛。
浦和レッズ、ラウンド16、突破。
拓人はベンチの前で、しばらく動けなかった。
死闘という言葉が、これほど似合う試合はなかった。
坂上が拓人の肩を、叩いた。
「監督、見事です」
「選手たちが、最後まで走り切りました」
拓人はそう答えた。
翔太が少し離れた場所で、地面に座り込んでいた。
木村が、その隣に腰を下ろす。
「お前の読み、なかったら、今頃、負けてた」
翔太は小さく、首を振った。
「みんなで、勝った試合です」
スタジアムを見上げる。
スタンドの一角、誠と節子の姿があった。
誠が拳を突き上げていた。
これまで見たことのない姿だった。
後で聞いた話では、延長戦の間、誠はずっと声を出していたという。
普段の誠を知る家族ほど、驚いていた。
試合後、拓人は家族と、合流した。
誠が開口一番言った。
「拓人、すごい試合だったな」
「はい」
「延長まで、こんなにはらはらするとは思わなかった」
節子が隣で、笑った。
「あなた、後半、ずっと立ちっぱなしだったのよ」
「そうだったか」
誠は少し照れくさそうに、頭をかいた。
「気づいたら、立ってた」
その姿に、拓人は思わず、頬を緩めた。
「川口で最初に会った頃、想像できなかったです。誠さんが、ここまで」
誠は少し考えるような、顔をした。
「お前が変えたんだよ」
「俺が?」
「お前が、諦めずに続けてきたからだ」
「サッカーも、育児も」
誠の言葉は、いつになくまっすぐだった。
「見てるこっちも、自然と力が入る」
拓人はそれ以上、何も言えなかった。
代わりに深く、頭を下げた。
葵が拓人の袖を、引っ張った。
「パパ、次は、いつ試合?」
「準決勝だ」
「準決勝?」
「勝ち進んだ四チームで、争う試合だよ」
葵は目を輝かせた。
「また、見に行く!」
「ああ、待ってる」
航太も、少し離れた場所で、頷いていた。
結衣は、節子に抱かれたまま、うとうとしている。
航太が拓人の隣に並んだ。
「パパ、今日の試合、本気で、痺れた」
「そうか」
「うん。特に、最後のパス」
航太の目には、これまでにない興奮の色があった。
家族との、短いやり取りが終わると、拓人は選手たちのもとへ戻った。
光が、ベンチでぐったりと、座り込んでいた。
「疲れたか」
「死ぬほど」
「でも、最高です」
その言葉に、拓人は頷いた。
坂上が日程表を手に、やってきた。
「準決勝の対戦相手が、決まりました」
拓人はその紙に、目を落とした。
東地区、最後の関門。
名前を見て、拓人は小さく、息を吐いた。
これまで対戦した、どのクラブより隙がない。
これまでで最も、厳しい戦いになるだろうことは、想像に難くなかった。
その夜、拓人は家に帰った。
玄関を開けると、いつもとは違う空気を感じた。
節子が少し、慌てた様子で出てきた。
「拓人さん、結衣がね」
「どうしたんですか」
「さっきから、少し熱っぽくて」
その一言に、拓人の胸に緊張が走った。
準決勝への高揚が、一瞬で、別の色に変わった。
◆次回予告◆
結衣の熱が、夜を追うごとに上がっていく。
準決勝を目前に控えた、拓人。
父としての夜と、監督としての朝が、同時に迫ろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。
次話もお付き合いいただければ嬉しいです。




