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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第3章:指導者への道

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第72話 暫定監督

本部棟の会議室は、静まり返っていた。


坂上が書類を一枚、テーブルに置いた。


「単刀直入に言います」


拓人は黙って続きを待った。


「暫定でいい。監督を、引き受けてくれないか」


その一言に、拓人はしばらく声が出なかった。


「俺が、ですか」


「そうだ」


坂上は感情の見えない目で、拓人を見た。


「フロント内でも、意見は割れました」


「経験不足だという声も、あった」


「でも、四連勝を作ったのは、間違いなく、あなたの手腕だ」


拓人は机の一点を、見つめたまま動けなかった。


「後任探しには、時間がかかる」


「その間、誰かが、チームを繋がなければならない」


坂上はそう続けた。


「選手たちが、あなたについていくと聞きました」


その言葉に、拓人は少し驚いた。


「誰から」


「木村という選手が、直接フロントに電話をかけてきたんです」


「コーチじゃないと、チームはまとまらないと」


拓人の胸の奥に、じわりと、熱いものが広がった。


木村が、自分のために、そこまで動いてくれていたとは、思わなかった。


光や若手選手たちも、口々に同じような声を、フロントに伝えていたらしい。


坂上は、それを少し呆れたように話した。


「電話が、何本もかかってきましてね」


「選手の意見を、無視するわけにもいかなくなった」


その言葉に、拓人はあらためて、チームの結びつきを実感した。


「返事は、いつまでに」


「早いほど、助かります」


拓人はしばらく黙り込んだ。


グラウンドで見送った選手たちの顔が、次々と脳裏に浮かんだ。


光の涙。


木村の声。


そして、家で待つ、家族の顔も。


節子、誠、航太、葵、結衣。


一人で決めていい話ではない。そう思った。


「少し、考える時間をください」


「わかりました。明日の朝までに」


拓人は頭を下げ、会議室を後にした。


その夜、拓人は、家族全員をリビングに集めた。


「大事な話があるんだ」


子供たちが真剣な表情で、拓人を見た。


「監督を、任されるかもしれない」


「暫定だけど、正式な監督だ」


航太が、目を輝かせた。


「パパが、監督?」


「うん」


「すごいじゃん!」


航太は、興奮した様子で、身を乗り出した。


「学校の友達に、自慢していい?」


「別にいいけど、大袈裟にするなよ」


「するに決まってるじゃん」


その無邪気な反応に、拓人は、思わず頬を緩めた。


葵も拍手をしながら、はしゃいだ。


だが節子は少し、心配そうな顔をしていた。


「大変なんじゃないの、監督って」


結衣が拓人の膝によじ登り、無邪気にパパの顔を覗き込んだ。


その仕草に、少しだけ場の空気が和らいだ。


「大変だと思います」


拓人は正直に答えた。


「それでも、やりたいのか」


誠が静かに聞いた。


拓人はしばらく考えてから答えた。


「わかりません。自信は、正直、ないです」


「でも、あいつらを見捨てたくないんです」


誠は、その言葉をじっと聞いていた。


しばらくの沈黙のあと、誠は湯呑みを静かに置く。


その目には、これまで見たことのない真剣な光が宿っていた。


「遥だったら、何て言うと思う」


その問いに、拓人は少し目を閉じた。


日記の最後の一節が、脳裏に浮かんだ。


あなたはきっと、どこでも十番よ。


「やれって、言うと思います」


誠は、小さく頷いた。


「なら、決まりだな」


節子も優しく微笑んだ。


「私たちは、応援するだけよ」


その言葉に、拓人は深く頭を下げた。


翌朝、拓人は、坂上に電話をかけた。


「お受けします」


短く、そう答えた。


坂上の声には安堵が滲んでいた。


「では、今日、選手たちに発表します」


その日の練習前、選手たちが、グラウンドに集められた。


坂上が一同の前に立った。


「本日付けで、暫定監督として、糸井拓人コーチを、任命します」


グラウンドが、ざわめいた。


驚きと戸惑いが、入り混じった空気だった。


ベテラン選手の一人が小さく声を漏らした。


「コーチが、監督ですか」


「経験、浅いんじゃ」


その声に、拓人は思わず身構えた。


すると光が、真っ先に前へ出た。


「俺は、コーチについていきます」


その声には、迷いが、まったくなかった。


「四連勝させたのも、俺を変えたのも、コーチです」


「誰よりも、選手のことを見てる人です」


木村も続けて、声を上げた。


「俺も、賛成です」


若手選手たちも、次々と頷き始めた。


ベテラン選手も、その空気に、渋々ながら、頷いた。


声を上げたベテラン選手も、光や木村の勢いにそれ以上は、何も言えなかった。


数ヶ月前までは、想像もできなかった光景だった。


孤立していた光が、今は、チームの空気を、変える側に立っている。


拓人は、その事実に静かな感慨を覚えていた。


坂上が拓人に、目配せをした。


拓人は一歩、前に出た。


「至らないところ、たくさんあると思う」


「それでも、精一杯、やる」


「これまで積み上げてきたものを、一緒に、次のステージへ運びたい」


選手たちが静かに拍手を始めた。


その拍手は次第に、大きくなっていった。


光が拓人のもとへ、駆け寄ってきた。


「コーチ、いや、監督」


「呼び方、まだ、慣れないですね」


拓人は、少し、笑った。


「俺もだ」


木村も駆け寄ってきて、拓人の肩を叩いた。


「監督、俺たち、ついていきますから」


「頼りにしてる」


その一言に、木村は少し照れくさそうに目をそらした。


坂上が、日程表を拓人に手渡す。


「次節の相手、決まってます」


拓人は、その紙に目を落とした。


そこに書かれていた対戦相手の名前に、思わず、息を呑んだ。


今季すでに二度対戦し、いずれも大敗を喫した相手だった。


苦手意識を抱える相手との対戦が、監督としての初陣になる。


その事実が、拓人の胸に重く、そして熱く響いていた。


坂上が、少し離れた場所から拓人の様子を見ていた。


「大丈夫ですか」


「正直、簡単な相手ではないです」


「でも」


拓人は日程表を握りしめた。


「逃げるつもりは、ありません」


坂上は小さく頷くと、それ以上何も言わなかった。


◆次回予告◆


暫定監督として迎える、初めての公式戦。


相手は、拓人にとって、特別な因縁を持つクラブだった。


独自の采配は、果たして、通用するのか。


初陣の笛が、静かに、鳴ろうとしていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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