第51話 決勝
決勝当日。
会場となった市営競技場には、これまでで最も多くの人が集まっていた。
拓人がベンチへ向かう。
その途中で、対戦相手のベンチから視線が飛んできた。
値踏みするような視線だった。
相手チームの監督は経験豊富な指導者だった。
長年この地区の少年サッカー界で実績を積み上げてきた人物だと、佐藤から聞いていた。
その監督が拓人を見る。
そして、軽く会釈した。
拓人も頭を下げる。
言葉は交わさなかった。
でも、その一礼だけで十分だった。
拓人は相手の本気を感じ取っていた。
子供たちがピッチに整列する。
蓮も翔太も、他の選手たちも、これまでにない引き締まった表情をしていた。
スタンドには家族の姿がある。
葵は体操着袋を胸に抱え、じっとピッチを見つめていた。
航太。
節子。
誠。
それぞれが、それぞれの表情で試合開始を待っている。
拓人はベンチに立った。
最後にもう一度、子供たちへ声をかける。
「悔いのない試合を」
昨夜、ノートに書いた言葉だった。
子供たちは、その言葉を真剣な顔で受け止めた。
キックオフの笛が鳴った。
試合は序盤から拮抗した。
相手チームは、これまで戦ってきたどのチームよりも組織的だった。
個々の技術だけではない。
チーム全体の連携が格段に洗練されている。
一人が動けば、別の選手が連動する。
フェニックスも負けてはいなかった。
翔太の中盤での粘り強い守備。
蓮を中心とした素早い攻撃への切り替え。
準決勝で見せた流れが、この決勝でも随所に出ていた。
前半。
両チームが決定機を作りながらも、最後の一手を決めきれない。
拓人はベンチから試合の流れを読み取っていた。
相手の攻撃パターン。
守備の弱点。
時間帯ごとの疲労の出方。
これまでの試合で培ってきた観察眼が、決勝の舞台でも生きていた。
それでも、簡単には崩れない。
前半は0対0のまま終了した。
ハーフタイム。
拓人は子供たちに簡潔に伝えた。
「相手も疲れてきてる。焦らずにいつも通りやれば、チャンスは来る」
子供たちは頷いた。
後半が始まった。
試合はさらに激しさを増していく。
拓人は相手の右サイドに、わずかな綻びを見つけていた。
「翔太。後半は右サイドを意識しろ」
翔太は頷き、ピッチへ戻っていった。
後半15分。
その狙いが実を結んだ。
翔太が右サイドで相手のパスをうまくカットする。
そのまま蓮へ素早くボールを送った。
蓮が加速する。
だが、相手の対応も速かった。
ディフェンダー二人に挟まれる。
蓮は無理をしなかった。
一度ボールを下げて味方に預ける。
その判断が、以前の蓮とは明らかに違っていた。
拓人は、その一瞬を見逃さなかった。
無理に突破しない。
味方を使う。
この一週間の指導が、確かに実を結んでいる。
そう感じた。
後半20分。
相手チームが先に決定的なチャンスを作った。
フェニックスの守備の隙を突いた鋭いスルーパス。
相手フォワードがキーパーと一対一になる。
グラウンド全体が息を呑んだ。
シュートが放たれた。
次の瞬間。
フェニックスのキーパーが、渾身のセーブを見せた。
「ナイスキーパー!」
拓人は思わず大声を出した。
そのセーブが、試合の流れをフェニックスへ引き戻した。
後半30分。
フェニックスが再びチャンスを作る。
翔太が中盤でボールを奪った。
そのまま蓮へ繋ぐ。
蓮は今度、一人で仕掛けた。
一人。
二人。
鮮やかに抜き去る。
キーパーと一対一。
グラウンドが静まり返った。
蓮がシュートを放つ。
ボールはゴールポストをかすめた。
「あー!」
スタンドから悲鳴のような声が上がった。
蓮はその場に崩れ落ちた。
拓人はベンチから、その姿を見つめていた。
まだ時間はある。
そう言い聞かせるように、時計を見る。
試合時間が少しずつ減っていく。
両チームとも決定機を作る。
それでも、決めきれない。
そして。
後半終了の笛が鳴った。
0対0。
延長戦に突入することになった。
拓人は子供たちをベンチへ集めた。
蓮は、まだ悔しさを引きずっている。
「蓮」
拓人が声をかける。
蓮が顔を上げた。
「今のシュート。狙いは間違ってなかった。運が少し足りなかっただけだ」
蓮は唇を噛んだ。
悔しい。
その気持ちが顔に出ている。
「延長。まだやれるか」
蓮は拓人の目を見る。
そして頷いた。
「やります」
翔太も他の子供たちも疲労の色を隠せなかった。
それでも、誰一人として諦めた顔はしていない。
拓人は一人ずつ顔を見る。
ここまで来た。
あと少しだ。
「延長は10分ハーフだ。ここまで来たら体力より気持ちの勝負になる」
子供たちは頷いた。
「今日ここまで、よく戦った。あと少しだけ力を貸してくれ」
拓人の言葉に、子供たちは静かに頷いた。
疲れている。
苦しい。
それでも、その目にはまだ火が残っていた。
主審が延長戦開始の笛を吹く準備をしている。
拓人は最後に蓮の肩へ手を置いた。
「蓮。次のチャンスはお前に来る」
蓮は拓人をまっすぐ見た。
「わかりました」
笛が鳴った。
延長戦が始まった。
拓人はベンチからグラウンドを見つめる。
ここから先に何が起きるのか。
一瞬たりとも見逃すつもりはなかった。
◆次回予告◆
延長後半。
両チームの体力が限界に近づく中、フェニックスに最後のチャンスが訪れる。
ボールを受けたのは、蓮だった。
スタンドでは佐藤が拳を握りしめている。
拓人もベンチから立ち上がった。
蓮の前に残されたのは、あと一人。
そして。
その一瞬に、これまでのすべてが懸かっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。
次話もお付き合いいただければ嬉しいです。




