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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第2章:父になる(子育て専念編)

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第52話 蓮のゴール

延長前半は、両チームとも決定機を作れないまま終わった。


体力の消耗は誰の目にも明らかだった。


子供たちの足取りが少しずつ重くなる。


それでも、誰一人として歩みを止めなかった。


延長後半が始まった。


拓人はベンチからピッチ全体を見渡した。


翔太の動きはまだ衰えていない。


中盤で粘り強くボールを追い続けている。


蓮も疲労の色を見せながら集中を切らしていなかった。


延長後半5分。


フェニックスがコーナーキックを得た。


拓人は選手たちを集めて簡潔に指示を出す。


「翔太。ニアに走り込め。蓮はこぼれ球を狙え」


子供たちが頷き、ピッチへ散っていく。


コーナーキックが蹴られた。


翔太がニアへ走り込み、相手ディフェンダーと競り合う。


ヘディングは決まらなかった。


それでも、そのこぼれ球がペナルティエリアの外へ転がっていく。


そこに蓮がいた。


蓮は迷わずボールへ走った。


トラップする時間もない。


そのままボレーでシュートを放つ。


ボールが相手ディフェンダーに当たった。


コースが変わる。


キーパーの逆を突いた。


ボールがゴールネットへ吸い込まれる。


一瞬。


グラウンドが静まり返った。


次の瞬間。


爆発的な歓声が起こった。


「入った!」


拓人はベンチから飛び出していた。


蓮が両手を広げて走り出す。


「やった! やったー!」


チームメイトたちが次々と蓮に飛びついた。


泥だらけの子供たちが一つの塊になって抱き合っている。


拓人も、その輪へ駆け寄った。


「蓮! やったな!」


蓮が泥だらけの顔で拓人を見上げる。


「監督! 決めました!」


「見てた! 最高だった!」


拓人は蓮を強く抱きしめた。


翔太もその輪へ加わってくる。


「俺のヘディング、こぼれたけど意味あった!」


「意味あった。お前が競り合ったから、あのこぼれ球が生まれたんだ」


翔太は涙を浮かべながら笑った。


その時。


主審が笛を吹いた。


まだ試合は終わっていない。


拓人は子供たちを慌ててピッチへ戻した。


「まだ時間がある! 集中切らすな!」


子供たちは興奮を必死に抑えながら守備の体勢に戻った。


残りの時間。


相手チームが猛烈な反撃を仕掛けてくる。


フェニックスのゴール前へ、次々とボールが入ってきた。


それでも守備陣は崩れなかった。


翔太が最後の力を振り絞って走り続ける。


蓮も攻撃だけではなく守備へ戻った。


足が動かなくても、前へ出る。


転んでも、すぐに立ち上がる。


誰もが必死だった。


延長後半、残り1分。


相手の最後のシュートが飛んできた。


フェニックスのキーパーが渾身の力で弾き返す。


ボールがタッチラインを割った。


主審が時計を確認する。


そして。


長い笛を吹いた。


試合終了。


1対0。


フェニックス、優勝。


その瞬間。


スタンドから歓声が弾けた。


子供たちが一斉にピッチ中央へ駆け寄っていく。


蓮を中心に輪ができる。


拓人もその中へ入った。


「監督!」


「監督!」


子供たちが拓人を取り囲む。


嫌な予感がした。


「おい、待て」


拓人が慌てて言う。


けれど、もう遅かった。


子供たちが一斉に力を込める。


拓人の体が宙に浮いた。


一度。


二度。


三度。


「監督! 監督!」


子供たちの声が重なる。


拓人は、その声に笑うしかなかった。


胴上げが終わる。


ようやく地面に足がついた。


拓人はスタンドへ目を向けた。


葵が体操着袋を両手で高く掲げている。


「優勝したー!」


その隣では、航太が拳を突き上げていた。


節子は結衣を抱いたままハンカチで目を押さえている。


誠は、静かに拍手を続けていた。


拓人は昨夜のことを思い出した。


誠が無言で置いていった、あのお茶。


湯呑みから立ち上っていた湯気。


あの時、誠は何も言わなかった。


それでも。


言葉がなくても伝わるものがある。


昨夜と同じ確信が、今度はこの歓声の中で胸を満たしていた。


佐藤が少し離れた場所に立っていた。


拓人は佐藤へ近づく。


佐藤は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「兄貴」


拓人が声をかける。


佐藤は慌てて涙を拭った。


「悪い。なんか止まらなくて」


「泣いてもいいと思います」


佐藤は拓人を見る。


「蓮の、あのゴール」


「はい」


「あいつがあんなふうに堂々とプレーする姿を見られるとは思ってなかった」


拓人は少し笑った。


「兄貴の息子です。当然です」


佐藤はまた目元を拭った。


「拓人」


「はい」


「ありがとうな。本当に」


拓人は、その言葉を受け止めるように頷いた。


「こちらこそ、ありがとうございます」


佐藤は深く息を吸った。


それから少しずつ、いつもの表情を取り戻していく。


「なあ、拓人」


「なんですか」


佐藤はグラウンドを見る。


子供たちがまだ喜び合っていた。


笑い声が聞こえる。


泥だらけのユニフォーム。


汗で濡れた髪。


それでも、誰もが笑っていた。


佐藤は、その光景を見ながら口を開いた。


「お前、これ続けるべきだよ」


拓人は少し驚いた。


「これ、というのは」


佐藤が拓人の肩へ手を置く。


さっきまで流れていた涙は、もう顔には残っていなかった。


「監督だよ」


一拍置いて。


「フェニックスの正式な監督だ」


拓人は、言葉を失った。


グラウンドでは、まだ子供たちが騒いでいる。


蓮が翔太の肩を叩いている。


翔太が笑っている。


その光景を見ながら、拓人は佐藤の言葉をもう一度思い返した。


監督。


フェニックスの正式な監督。


その言葉が、胸の奥に残った。


◆次回予告◆


優勝の興奮も冷めやらぬ中。


佐藤が拓人に正式な打診を持ちかける。


「お前、監督向いてるぞ」


その一言を聞いても、拓人はすぐには答えられなかった。


自分が監督を続ける。


その意味を、まだ考えたことがなかったからだ。


仕事。


家族。


そして、フェニックス。


すべてを抱えたまま、本当に続けられるのか。


拓人の前に、新しい選択が現れようとしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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