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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第2章:父になる(子育て専念編)

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第49話 逆転

後半が始まって、すぐに変化が現れた。


翔太は、これまでの前線での守備ではなく、中盤の底に位置を移していた。


ハーフタイムに拓人が指示した、新しいフォーメーション。


翔太の役割は、ただ走り回ることではない。


ボールを受ける。


周りを見る。


そして、味方へ散らす。


「翔太、慌てるな。まず、周り見ろ」


拓人の声が、ベンチから飛んだ。


翔太は、緊張した面持ちのまま、ボールを受ける。


そして、一度だけ首を振った。


右を見る。


左を見る。


前半は、ただがむしゃらに走っていた。


でも、今は違う。


相手のプレッシャーをいなしながら、翔太は蓮へボールを預けた。


蓮は、それを受けて前を向く。


相手ディフェンダーが、身構えた。


前半なら、蓮はそのまま仕掛けていただろう。


けれど、蓮は違うプレーを選んだ。


一人で抜くのではない。


逆サイドに開いていた別の選手へ、鋭くパスを送った。


そのパスが、相手の意表を突いた。


受けた選手が、迷わずシュートを放つ。


ボールが、ゴールネットを揺らした。


1対2。


ベンチが、一気に沸いた。


「よし!」


拓人も、思わず拳を握った。


スタンドから、葵の声が飛んでくる。


「入ったー!」


拓人は、その声に思わず笑った。


相手ベンチにも、明らかな変化が出ていた。


選手たちが声を掛け合っている。


コーチも、立ち上がって指示を飛ばしていた。


これまで危なげなく勝ち進んできたチームにとって、この展開は想定外だったのだろう。


拓人は、その揺らぎを見逃さなかった。


「今だ。畳み掛けろ」


拓人の指示に、選手たちがさらに前へ出る。


翔太は、中盤で粘り強くボールを拾い続けた。


奪っては繋ぐ。


繋いでは、また走る。


その一つ一つの働きが、少しずつチームのリズムを変えていった。


後半20分。


再び、蓮にチャンスが訪れた。


相手の守備網が、翔太の動きによって少しずつ崩れている。


蓮は、その隙を見逃さなかった。


一人。


そして、もう一人。


鮮やかに抜き去る。


キーパーと、一対一。


一瞬だけ、時間が止まったように見えた。


蓮は焦らなかった。


キーパーの動きを見て、コースを選ぶ。


そして、足を振り抜いた。


ボールが、ゴールの隅へ吸い込まれた。


2対2。


同点だった。


グラウンド全体から、歓声が弾けた。


拓人は、ベンチから立ち上がっていた。


「よし! よくやった!」


蓮が、拓人の方を見る。


拳を突き上げた。


拓人も、拳で応えた。


言葉はいらなかった。


ここまで来た。


あと一つ。


試合は、後半終盤に差し掛かっていた。


両チームとも、体力の限界に近づいている。


足が重い。


呼吸も荒い。


それでも、フェニックスの選手たちは走ることをやめなかった。


拓人は、その姿を見ながら、ベンチで静かに待っていた。


まだ終わっていない。


そんな確信だけが、胸の中に残っていた。


そして、後半アディショナルタイム。


相手チームの疲労が、はっきりと見えていた。


戻りが遅い。


足が止まる。


それでも、フェニックスの選手たちは動きを止めなかった。


翔太が、中盤でボールを奪う。


相手選手の足元から、必死にボールをかき出した。


そして、そのまま前を向く。


「蓮!」


翔太が、声を上げた。


次の瞬間。


蓮へ、ロングパスを送った。


蓮は、飛んできたボールを胸でトラップする。


相手ディフェンダーが、一人、間に合わなかった。


蓮は、そのままドリブルでゴール前まで運ぶ。


キーパーが、飛び出してきた。


スタンドから、悲鳴にも似た声が上がる。


ここで打つ。


誰もが、そう思った。


けれど、蓮はシュートを選ばなかった。


一瞬だけ、視線を横へ動かす。


そこに、翔太がいた。


最後まで走ってきた翔太が、フリーになっている。


蓮は、迷わずパスを出した。


翔太は、走り込みながらボールを受ける。


足元に収める余裕はない。


だから、そのまま足を振った。


迷いはなかった。


ボールが、ゴールへ向かう。


ネットが、大きく揺れた。


ゴール。


3対2。


その瞬間、主審の笛が鳴った。


試合終了だった。


グラウンドが、爆発した。


子供たちが、一斉に抱き合う。


誰が誰だか分からないほど、選手たちが重なった。


その輪の中から、翔太が真っ先に蓮へ飛びついた。


「決めた! 俺、決めた!」


「お前のおかげだ!」


蓮も、翔太を強く抱きしめ返した。


翔太の顔は、涙と汗でぐしゃぐしゃになっていた。


それでも、笑っていた。


拓人は、ベンチでその光景を、しばらく見つめていた。


0対2から、3対2。


誰も予想していなかった逆転だった。


佐藤が、拓人の肩を強く叩く。


「拓人、やったな!」


「はい」


拓人の声も、少し震えていた。


「あんな試合、俺、初めて見たよ。あの子たちの走り、最後まで全然落ちてなかった」


拓人は、グラウンドを見ながら頷いた。


「みんな、限界までやってくれました」


その言葉を口にしてから、拓人は立ち上がった。


そして、グラウンドへ向かって歩き出す。


子供たちが、拓人を見つけた。


次の瞬間。


一斉に駆け寄ってくる。


「監督! 勝ちました!」


「見てた! 全部見てた!」


拓人は、一人一人の頭を順番に撫でた。


汗で髪が濡れている。


息もまだ上がっている。


それでも、全員が笑っていた。


「よくやった。全員、本当によくやった」


蓮が、まだ息を切らしながら拓人の前に立った。


「監督の言った通りでした。まだ、決まってなかった」


拓人は、少し笑った。


「その通りだ」


翔太も、興奮した様子で続ける。


「俺、決勝ゴール、決めたんですよ」


「見てた。最高のゴールだった」


翔太は、満面の笑みを浮かべた。


その顔を見て、拓人も自然と笑った。


すると、スタンドの方から声が聞こえた。


「パパー!」


葵だった。


体操着袋を振り回しながら、こちらへ走ってくる。


「パパ! 勝ったね! 逆転したね!」


拓人は、葵を抱き上げた。


「見てたか、最後まで」


「見てた! ずっと見てた!」


葵は、拓人の腕の中で嬉しそうに笑った。


拓人は、葵を抱いたままスタンドの方を見る。


節子が、結衣を抱いて手を振っていた。


誠も、珍しく拍手を送っている。


航太は、少し離れた場所で、静かにこちらを見ていた。


拓人と目が合う。


航太は、小さく親指を立てた。


拓人も、それに応えた。


ほんの一瞬だった。


けれど、そのやり取りだけで十分だった。


蓮が、拓人の隣に来る。


そして、対戦表を覗き込んだ。


「決勝、相手、どこですか」


拓人は、対戦表に目を落とした。


そこに書かれていたチーム名を確認する。


これまで戦ってきた、どのチームよりも格上の相手だった。


蓮の顔から、少しずつ笑みが消えていく。


「監督」


「なんだ」


「勝てますかね、あそこに」


拓人は、少し考えた。


そして、蓮を見る。


「今日、勝ったチームに聞くことか、それ」


蓮は、その言葉に少し驚いた顔をした。


けれど、すぐに口元が緩んだ。


「そうですね」


拓人は、もう一度、対戦表を見る。


決勝の日程は、来週だった。


まだ、一週間ある。


そして。


ここからが、本当の勝負になる。


◆次回予告◆


決勝前夜。


拓人が一人でリビングにいると、珍しく誠が部屋を訪ねてくる。


何も言わず、お茶を置く。


そして、そのまま帰ろうとする誠。


拓人は、思わず声をかけた。


「誠さん」


誠が、足を止める。


ゆっくりと振り返った。


その表情を見て、拓人は言葉を失う。


いつもの誠とは、明らかに違っていた。


怒っているわけではない。


笑っているわけでもない。


ただ、その目には、拓人がこれまで見たことのないものが浮かんでいた。


「……どうしたんですか?」


拓人が尋ねる。


誠は、すぐには答えなかった。


そして、静かに口を開く。


「拓人君」


その声を聞いた瞬間。


拓人は、何かがおかしいと気づいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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