第48話 準決勝の壁
準決勝の相手は、噂通りの強さだった。
キックオフ直後から、フェニックスは、圧倒された。
体格、スピード、技術。すべてにおいて、これまで対戦してきたどのチームよりも、明らかに上だった。
前半5分、あっさりと失点した。
相手のコンビネーションプレーに、フェニックスの守備陣は、まったく対応できなかった。
拓人は、ベンチから、その光景を、じっと見つめていた。
修正すべき点は、いくつもあった。でも、それを叫んで伝えたところで、この実力差が、すぐに埋まるわけではない。
前半15分、二点目を許した。
0対2。
スタンドから、葵の声が聞こえた。
「頑張れー!」
その声に、いつもの勢いはなかった。
前半終了の笛が鳴った。
子供たちが、重い足取りで、ベンチに戻ってきた。
蓮は、悔しさを隠せない顔をしていた。翔太も、肩で息をしながら、地面を見つめていた。
佐藤が、拓人の隣に来た。
「拓人、なんか、言ってやれよ」
拓人は、何も答えなかった。
子供たちが、ベンチに座った。誰も、口を開かなかった。
拓人は、一人一人の顔を、順番に見ていった。
蓮の顔には、悔しさと、少しの焦りがあった。翔太の顔には、疲労と、不甲斐なさがあった。他の子供たちも、それぞれ違う表情で、俯いていた。
拓人は、怒鳴る言葉を、探さなかった。
代わりに、ただ、子供たちの目を、一人ずつ、見た。
沈黙が、続いた。
「監督」
蓮が、口を開いた。
「何か、言ってください。このままじゃ」
拓人は、蓮の目を見た。
「今、何が一番、悔しい」
蓮は、少し戸惑った顔をした。
「点、取られてることです」
「それだけか」
蓮は、考え込んだ。
「……自分の力が、通用してないことです」
拓人は、頷いた。
「翔太は、どうだ」
翔太が、顔を上げた。
「走っても、追いつけないです。相手が、速すぎて」
拓人は、翔太の目も、まっすぐに見た。
「速いのは、事実だ。でも、お前が今日、追いかけるのをやめたことは、一度もない」
翔太は、少し驚いた顔をした。
拓人は、他の子供たちにも、順番に目を向けた。
一人一人に、短く、言葉をかけていった。責めることは、しなかった。ただ、それぞれが、今日、何を感じているかを、確かめていった。
「監督、俺たち、負けるんですか」
一人の子供が、震える声で聞いた。
拓人は、少し間を置いてから、答えた。
「まだ、後半がある」
「でも、0対2ですよ」
「0対2は、今の点数だ。この後、どうなるかは、まだ、誰にも決まってない」
子供たちは、拓人の言葉を、黙って聞いていた。
「みんな、今日、力が出せてないわけじゃない。相手が、それを上回ってるだけだ」
拓人は、続けた。
「でも、後半、まだやれることがある」
蓮が、拓人を見た。
「何を、変えるんですか」
拓人は、ホワイトボードを取り出した。
フォーメーションを、書き直し始めた。
これまでとは、まったく違う配置だった。
翔太が、それを覗き込んで、驚いた顔をした。
「これ」
「後半、これでいく」
拓人は、簡潔に説明を始めた。
守備の重心を、少し変える。攻撃の起点を、もう一つ作る。相手の疲労が出始める時間帯を狙って、勝負をかける。
子供たちは、真剣な顔で、拓人の説明を聞いていた。
説明を終えると、拓人は、もう一度、全員の顔を見渡した。
「これで、必ず勝てるとは、言わない」
拓人の声は、静かだった。
「でも、後半、今よりも良い試合ができることは、約束する」
蓮が、立ち上がった。
「やります」
翔太も、続いて立ち上がった。
「まだ、走れます」
一人、また一人と、子供たちが、立ち上がっていった。
拓人は、その様子を見ていた。
大声を出さなくても、伝わるものはある。それを、拓人はこれまでの育児で、何度も学んでいた。
後半開始のブザーが、鳴った。
子供たちが、ピッチに向かって、歩き出した。
拓人は、その背中を見送りながら、ベンチに座った。
佐藤が、隣に座った。
「さっきの、あれで良かったのか。もっと、発破かけなくて」
拓人は、少し考えてから、答えた。
「発破は、もう、かける必要がなかったです」
「どういうことだ」
「あの子たち、悔しさは、もう、十分に持ってます。俺が足す必要はない」
佐藤は、拓人の言葉を、しばらく噛み締めているようだった。
「お前、本当に、育児で学んだんだな。この考え方」
拓人は、少し笑った。
「全部です。この采配も、さっきの言葉も」
主審が、笛を吹いた。
後半が、始まった。
拓人は、ベンチから、ピッチを見つめた。
新しいフォーメーションが、機能するかどうか。それは、まだ、わからなかった。
子供たちの背中が、ピッチの中央へ向かって、まっすぐに伸びていた。
前半とは、明らかに違う歩き方だった。
◆次回予告◆
後半、フェニックスの布陣が、明らかに変わる。
翔太が、これまでとは違う位置で、動き始める。
相手ベンチが、初めて、戸惑いを見せる。
そして、後半15分。フェニックスが、初めて、ゴールネットを揺らす。
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