第47話 葵の声援
初戦を突破した翌週、フェニックスは、二回戦を迎えていた。
会場は、前回よりも少し大きなグラウンドだった。
拓人がベンチに向かう途中、スタンドの方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「がんばれー!」
振り返ると、葵が、フェンス際に立って、大きく手を振っていた。
その隣に、航太と、結衣を抱いた節子がいた。誠は、いつも通り、静かに腕を組んで立っていた。
「パパ、頑張って!」
葵の声は、周りの声援に混じっても、はっきりと拓人の耳に届いた。
拓人は、少し照れくさくなりながら、軽く手を挙げた。
ベンチに着くと、佐藤が、にやにやしながら近づいてきた。
「今日も、応援団、来てるな」
「そうみたいです」
「葵ちゃん、気合入ってるぞ。あの声、俺のベンチまで聞こえてくる」
拓人は、少し笑った。
「昔から、感情が声に出る子なんです」
試合が始まった。
二回戦の相手も、決して弱くはなかった。前回の反省を踏まえたのか、拓人は、より慎重な采配を心がけた。
蓮を中心に、翔太の守備、そして他の選手たちの連携。一週間の指導で積み上げてきたものが、少しずつ、形になっていた。
前半、フェニックスが先制した。
蓮の個人技からのゴール。相手の対策を、あっさりと打ち破る一撃だった。
「やったー!」
スタンドから、葵の甲高い声が聞こえた。
拓人は、その声に、思わず笑みがこぼれた。
後半、相手チームが、反撃に転じてきた。
一点を追いかける相手は、これまで以上に、激しく攻めてきた。
フェニックスの守備陣は、その圧力に、少しずつ、押され始めた。
拓人は、ベンチから、選手たちの動きを、注意深く観察していた。
体力が、少しずつ、落ちてきている。
このままでは、失点は、時間の問題だった。
拓人は、選手交代のカードを切った。
「翔太、少し下がって休め。代わりに、健太、行くぞ」
翔太は、少し悔しそうな顔をしながらも、ベンチに戻ってきた。
「まだ、走れます」
「休む時は、休め。後半、また使う」
翔太は、素直に頷いた。
その交代が、功を奏した。
新しく入った健太が、翔太の空けたスペースを、しっかりと埋めた。
相手の攻撃が、少しずつ、勢いを失っていった。
スタンドから、葵の声が、また聞こえてきた。
「守れー! 頑張れー!」
これまで、拓人は、いつもピッチの中心にいた。声援を、直接、肌で感じる立場だった。
今は、ベンチから、その声を聞いている。
その距離感の違いが、拓人の胸に、じわりと沁みた。
後半終了間際、相手の猛攻を、フェニックスの守備陣が、必死に凌ぎ切った。
試合終了の笛が鳴った。
1対0。
フェニックスの、二回戦突破だった。
子供たちが、抱き合って喜んでいる中、拓人は、スタンドを見た。
葵が、体操着袋を、両手で高く掲げていた。
歪んだピカチュウの体操着袋。
それを、まるで優勝カップのように、頭上に掲げている。
拓人は、その姿を、しばらく見つめた。
葵にとって、あの体操着袋は、単なる持ち物ではなかった。
拓人が縫った不格好なアップリケが、佐藤との縁を繋ぎ、フェニックスとの縁を繋ぎ、今、この試合を、繋いでいた。
試合後、子供たちの輪から離れて、拓人は、家族のもとへ向かった。
「パパ!」
葵が、真っ先に駆け寄ってきた。
「勝ったね!」
「ああ、勝ったな」
拓人は、葵の頭を撫でた。
「葵の応援、聞こえてたぞ」
「本当に?」
「一番、大きく聞こえた」
葵は、嬉しそうに笑った。
航太も、少し照れくさそうに、近づいてきた。
「監督、今日も、采配当たってたね」
「見てたのか」
「見てた。翔太くんの交代、良いタイミングだった」
拓人は、少し驚いた。
「サッカー、興味出てきたか」
航太は、少し考えるような顔をした。
「まだ、自分でやりたいとは思わないけど。見るのは、面白い」
拓人は、頷いた。
「それで、十分だ」
節子が、結衣を拓人に渡した。
結衣は、拓人の顔を見て、あの笑顔を見せた。
「ぱぱ、かちー!」
まだ舌足らずな言葉で、結衣が何かを伝えようとしていた。
「勝ったって、言いたいのか」
拓人が聞くと、結衣は、うんうんと頷いた。
誠が、少し離れた場所から、その様子を見ていた。
拓人は、誠に近づいた。
「誠さん、今日もありがとうございます」
誠は、小さく頷いた。
「良い試合だった」
短い言葉だった。でも、その言葉に込められた重みを、拓人は、もう十分に理解していた。
グラウンドを後にする道すがら、拓人は、家族と並んで歩いた。
葵が、まだ体操着袋を、大事そうに抱えていた。
「次も、応援に来る?」
拓人が聞くと、葵は、当たり前のように答えた。
「もちろん」
拓人は、その答えに、少し安堵した。
次の試合は、これまで以上に、厳しい相手になる。
対戦表を見て、拓人は、すでにそのことを知っていた。
準決勝の相手は、地区で毎年優勝を争う、強豪中の強豪だった。
拓人は、家族の前では、その不安を、あえて口にしなかった。
夜、子供たちが寝静まった後、対戦相手の情報を、もう一度、頭の中で整理し始めた。
蓮の力、翔太の走力、それぞれの選手の特徴。今の戦力で、あの相手に、どこまで通用するのか。
対戦表の相手チーム名を、拓人は、しばらく見つめ続けた。
◆次回予告◆
準決勝の相手は、県内屈指の強豪チーム。
前評判では、フェニックスに、勝ち目はないとまで言われていた。
試合前夜、拓人は、佐藤にだけ、正直な胸の内を打ち明ける。
「今回ばかりは、正直、厳しいと思っています」
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