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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第2章:父になる(子育て専念編)

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第40話 男同士

運動会から数日が経った。


誠の言葉は、拓人の中にまだ静かに残っていた。


遥は、お前のことが好きだったよ。


その一言を何度も反芻していた。


誰かに話すことでもない。


ただ、自分の中で大切にしまっておきたい言葉だった。


ある夜。


夕食を終えて後片付けをしていると、航太がリビングに来た。


「パパ」


「なんだ」


「散歩、行かない?」


拓人は手を止めた。


驚いた。


誘われるのは初めてだった。


これまで荒川の土手を歩くのは、いつも拓人からの提案だった。


「今から?」


「うん。眠れなくて」


拓人は皿を片付けながら答えた。


「わかった。行くか」


節子に結衣と葵を見てもらい、二人で家を出た。


夜の荒川は静かだった。


川面に街の明かりが揺れている。


拓人はいつものように、あまり話しかけなかった。


航太も黙って歩いていた。


土手に着くと、二人で並んで歩き始めた。


風が川の匂いを運んでくる。


虫の声があちこちから聞こえた。


しばらく無言のまま歩いた。


以前なら、この沈黙が少し気まずかった。


今は違う。


隣を歩く足音が二つ。


それが自然にリズムを揃えていた。


「パパ」


航太がふと口を開いた。


「うん」


「誠おじいちゃん。なんか言ってたでしょ。運動会の日」


拓人は少し驚いた。


「なんでわかる」


「顔見てればわかるよ。あれからなんかぼーっとしてる」


拓人は苦笑した。


「そんなに顔に出てたか」


「出てた」


拓人は少し迷った。


それから話すことにした。


「ママのことを話してくれた」


航太は何も言わなかった。


ただ少し歩幅を緩めた。


「どんな話?」


「お前のことが好きだったって。それだけだ」


航太はしばらく黙っていた。


「それだけ聞いてなんでそんな顔になるの」


拓人は少し考えた。


「わからない。でも嬉しかった」


航太はまた少し黙った。


そして言った。


「よかったじゃん」


そっけない言葉だった。


それでも、その中には確かな温かさがあった。


しばらくまた無言の時間が続いた。


拓人は隣を歩く航太を見た。


背が少し伸びていた。


声変わりも少しずつ始まっている。


いつの間にか拓人の目線に近づいてきていた。


「航太」


「なに」


「大きくなったな」


航太は少し照れくさそうな顔をした。


「今さら?」


「今さらだな」


二人で少し笑った。


土手のベンチに並んで座った。


夜風が心地よかった。


「パパ」


航太がまた口を開いた。


「作文。コンクールに出したやつ」


拓人は耳を傾けた。


「うん」


「何書いたか聞きたい?」


拓人は少し驚いた。


自分から話そうとしている。


それは初めてのことだった。


「聞きたい」


航太は少し間を置いてから話し始めた。


「タイトル『父の帰還』にした」


拓人はしばらく声が出なかった。


「内容はまだ言わない。コンクールの結果が出てから見せる」


「わかった」


拓人はそれ以上聞かなかった。


そのタイトルだけで十分だった。


父の帰還。


その言葉の意味を拓人はゆっくり噛み締めた。


「賞、取れるといいな」


「わかんない。でも書きたかったから書いた」


拓人は頷いた。


「それでいい」


しばらく二人で川面を見つめていた。


「なあ、パパ」


「なんだ」


「レアルとレッズ。両方のユニフォーム着た試合。あれ、すごかったよな」


拓人は少し笑った。


「見てくれてたか」


「見てたよ。全部」


「そうか」


「あんな試合、もう二度とないと思う」


拓人は川を見ながら答えた。


「そうだな。俺にとっても一生に一度だ」


航太は少し考えるような顔をした。


「後悔してない? サッカー辞めて」


拓人はその問いに少し考えてから答えた。


「してない」


「本当に?」


「本当に」


航太はそれ以上聞かなかった。


でも、その表情には安堵のようなものが見えた気がした。


二人でベンチから立ち上がった。


また歩き始める。


家までの道を二人で並んで歩いた。


会話はまた途切れがちになった。


その沈黙は以前とはまったく違うものだった。


家が見えてくる頃。


航太がぽつりと言った。


「今度、公園でボール蹴ろうよ」


拓人は足を止めた。


「本当にいいのか」


「言ったじゃん。前に。公園でならって」


拓人は頷いた。


「いつでも付き合う」


「今度の日曜、暇?」


「暇にする」


航太は少し笑った。


家に着くとリビングの電気がついていた。


節子が結衣を寝かしつけている声が聞こえた。


拓人は玄関で靴を脱ぎながら思った。


誠の一言から航太の言葉まで。


確かに一本の糸で繋がっている。


その夜。


拓人はベッドに入ってからも航太の言葉を思い返していた。


父の帰還。


そのタイトルに込められた意味を、まだ正確には知らない。


それでもコンクールの結果が出る日が、今から待ち遠しかった。


◆次回予告◆


数日後。


拓人は結衣を連れて近所の公園に向かう。


砂場で遊ぶ結衣を見ながら、拓人は誰にも聞こえない声で遥に話しかける。


その姿を少し離れたベンチから見つめている人物がいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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