表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第1章:父になる(現役編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/37

第25話 蓮の素質

川口フェニックスの練習は、河川敷のグラウンドで行われていた。


荒川沿い。土手の向こうに、住宅街が広がっている。子供たちの声が、風に乗って響いていた。


拓人が到着すると、佐藤が真っ先に気づいて手を振った。


「おう、来たか」


「お邪魔します」


「邪魔なわけあるか。座って見てけ」


ベンチに座って、練習を眺めた。


小学生たちが、コーンドリブルの練習をしていた。まだ幼さの残る動きが多い。ボールが足から離れて、追いかける子。転んで、笑いながら立ち上がる子。


その中に、蓮がいた。


最初は、ただの一人の少年に見えた。


でも、ボールに触れる瞬間、拓人の目つきが変わった。


タッチが、違う。


他の子供たちがボールを「止めて、蹴る」という二つの動作に分けているのに対し、蓮は一つの流れの中でボールを扱っていた。触った瞬間には、もう次の動きが始まっている。


視野も違った。


パスを受ける前に、首を振って周囲を確認していた。小学生年代で、これができる子供は多くない。


拓人は無意識に、身を乗り出していた。


コーチが、対人練習を始めた。1対1。ドリブルで相手を抜く練習だ。


蓮の番が来た。


相手の子供が身構える。蓮はボールを軽く前に出した。


相手が食いついた瞬間、蓮は逆を突いた。


一瞬で、抜き去った。


拓人は目を見開いた。


抜き方が、教科書通りではなかった。フェイントの角度、タイミング、体重移動。誰かに教わった形ではなく、自分の体感覚だけで組み立てた動きだった。


これは。


拓人の背筋に、久しぶりの緊張が走った。


練習が終わった後、拓人は佐藤の隣に座った。


「兄貴」


「なんだ」


「蓮くん、誰かに指導受けてるのか。スクールとか」


佐藤は首をかしげた。


「いや、うちのチームだけだ。特別なことは何も」


拓人はしばらく黙った。


言葉を選んでいた。大げさに言えば、佐藤を戸惑わせるかもしれない。それでも、黙っているのは違う気がした。


「あの子、ちょっと違うぞ」


「違うって、何が」


「タッチ、視野、駆け引き。全部、年齢の枠を超えてる」


佐藤は笑った。


「親バカじゃないのか」


「本気で言ってる」


「あんた、世界一の選手だぞ。うちの息子と比べる相手が違うだろ」


「だから、わかる」


拓人は佐藤の目を見た。


「世界中で、いろんな選手を見てきた。子供の頃から才能があった選手も、なかった選手も。蓮くんは、あった側だ」


佐藤の笑顔が、少しずつ消えていった。


「本気で言ってんのか」


「本気だ」


しばらく、沈黙が流れた。


佐藤は、グラウンドで水を飲んでいる蓮を見つめた。


その目が、拓人がこれまで見たことのない色をしていた。


「……あいつ、そんなに」


「今のままじゃ、もったいない。もっと良い環境で、もっと良い指導を受ければ」


「良い環境って、具体的には」


「ユースの下部組織とか、専門のスクールとか」


佐藤は少し黙った。


「金がかかるんだろ、そういうの」


「かかる」


「うちは、工務店だ。裕福なわけじゃない」


拓人は少し考えた。


「相談に乗る。俺にできることがあれば」


佐藤は拓人を見た。


「あんたに、そこまで頼るわけには」


「頼れ、って言ったのはそっちだ」


佐藤は一瞬、言葉に詰まった。


それから、小さく笑った。


「言ったな、確かに」


蓮が、水分補給を終えてこちらに走ってきた。


「パパ、糸井さん、見ててくれた?」


「ああ、見てたぞ」


拓人が答えると、蓮は嬉しそうに笑った。


「どうでした? 俺のプレー」


拓人は少し考えてから、答えた。


「悪くなかった」


蓮は少し不満そうな顔をした。


「それだけ?」


「もっと聞きたいか」


「聞きたい!」


拓人は蓮の頭に手を置いた。


「次、教えてやる。今日じゃない」


「え、なんでよ」


「今日はもう、練習終わりだろ」


蓮は不満そうにしながらも、頷いた。


グラウンドを後にする蓮の背中を、拓人は見送った。


佐藤が隣に来た。


「本当に、そんなにすごいのか、あいつ」


「ああ」


「まだ小学生だぞ」


「小学生だからこそだ。今、伸ばせるかどうかで、全部変わる」


佐藤は黙って、遠ざかる息子の背中を見つめていた。


「考えとく」


「ゆっくりでいい」


車に戻る途中、拓人はふと、航太のことを思い出した。


蓮と同じ年頃だった頃の航太を、思い浮かべようとした。


思い出せなかった。


一緒にサッカーをした記憶が、ほとんどなかった。プロとして忙しかった時期。遥が支えてくれていた時期。拓人は、航太のプレーをまともに見たことがなかった。


蓮のことは、今日会ったばかりで、これだけわかった。


航太のことは、何年も一緒にいて、何もわかっていない。


車に乗り込んでからも、その差だけが、頭の中に居座り続けた。


◆次回予告◆


家に帰ると、航太がリビングで一人、黙って座っている。


「航太、話が」


拓人が声をかけると、航太は顔も上げずに答える。


「別に、話すことないから」


その一言が、拓人の胸に、思っていた以上に深く刺さる。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ドラマ ヒューマンドラマ スポーツ サッカー 家族 感動 シングルファーザー 育児 涙腺崩壊注意 実話風 成長物語 Jリーグ 海外サッカー 父と子 泣ける ノンファンタジー 元プロサッカー選手 レアル・マドリード 浦和レッズ 埼玉 川口
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ