第6話:教会のアビスと純粋なる願い
第一部:鏡像の存在
虚無の墓場のような静寂の中、古の存在を感じさせる声がウィスタートの脳裏に響いた。
「……誰だ?」
ウィスタートは幼いながらも、毅然とした声で尋ねた。
『私を感じ取れるようだな……』声が応える。『背後を見ろ』
ウィスタートが振り返ると、そこには論理を越えた異形が立っていた。嘲笑と狂気の仮面をつけ、全身を流れる血が歪な四肢を形作っている。常人なら絶叫する光景だが、ウィスタートは動じなかった。そのマナには、奇妙な懐かしさがあったからだ。
「私だと気づかぬか」異形が言う。「だが、私の魔力には覚えがあるはずだ」
「知っているとは言わないよ」ウィスタートは帽子から滑らかに試作型の武器を取り出した。「でも、この中立地帯では、君が敵かどうかが重要なんだ」
ドォォォォン!(戦闘開始の衝撃音)
戦闘が勃発した。異形が「棘の術」で血の奔流を放つ。ウィスタートは驚異的な反応で「鏡像反転」を発動。本体を近くの湖の反射の中へと転移させ、月の魂でアストラル体を形成し応戦した。
バリバリバリッ!(エネルギーが衝突する音)
「アクムスルの帽子」で聖域を浄化し、血の爆発を掻い潜ったウィスタートは、熾火のように熱い「苦痛の鎖」で異形を拘束した。
「……参った」異形が呻く。「その鎖は私を殺す。魂と肉体をこれほど鮮やかに切り離せる者など……貴様、一体何者だ?」
ウィスタートが近づこうとした瞬間、意識が混濁した。暗く、異質な「飢え」が彼を蝕み始める。
(食べたい……生身の肉でも、なんでもいい……!)
己の思考に戦慄しながら、ウィスタートはその場に崩れ落ち、意識を失った。
第二部:ヴァサルトの宮殿
虚無の中でウィスタートが正気と戦っている頃、宮殿では「操作の無限星」ミシアスが大陸図の上でチェスを興じていた。対局の相手は、操り人形と化した女帝アデリア。
「ねえ、アデリア……」ミシアスは傲慢に微笑んだ。「ウィスタートが、実は貴女の弟だと知ってどう思うかしら?」
アデリアの体が震えた。彼女の思考は、ウィスタートの忌まわしい出生へと遡る。七人の叔母と実の母が、その胎児たちを一つの妊娠に融合させ、計り知れない力を生み出そうとした狂気の産物。
(私の、弟……)アデリアは悲痛な思いに駆られた。そして、この女があの子に刻印を刻んだのだ。
ミシアスは思考を読み取り、娘とつながる見えない糸を強く引いた。少女の悲鳴が部屋に響く。
「私に逆らおうとしないで」ミシアスが警告する。「『清廉』な母親たちが虚無へ捨て、奪い去ったウィスタートの目的……それを私が返してあげるの。私なりのやり方で、あの子の救世主になってあげるわ」
第三部:もう一つの顔
アルボレケト王国で、アデリアはもう一人の家臣ソフィアトに出会った。アデリアとは違い、彼女は捕縛者であるミシアスを崇拝していた。
「ミシアス様は悪ではないわ」ソフィアトが言う。「私が8歳の時に父に追放され、ロレンツ・マフィアにカジノで売られそうになった時、救ってくれたのはあの方よ。世界があの方を冷酷に変えたけれど、その心は受けた裏切りを忘れていない」
ソフィアトは古の真実を語った。月の一族と無限星の対立は、世界を形作ってきた「ハイブリッド戦争」であること。そして願いを叶える秘宝「虚無の星」のこと。もし願いが不純であれば、持ち主は「虚無の巨神」へと変貌する。
「一度だけ、願いが『純粋』だったことがあるわ」ソフィアトが説明した。「ある少女が、種族同士が尊重し合えるよう、世界が常に絶滅の危機に直面することを願ったの。その二千年に及ぶ戦争が、皮肉にも平和と現代の医療技術をもたらした。必要な犠牲だったのよ」
第四部:エライナの復讐
しかし、古のボラルグ王国の地下墓地では、新たな影が立ち上がっていた。虚無の星に憑りつかれながらも、意志を保ち続ける少女エライナ。彼女は復讐を誓っていた。
「ロレンツ・マフィアの断末魔が見たい」青い炎を纏い、エライナが宣言した。「あいつらは私たちを売り飛ばし、傷つけた……私と、唯一の友人であるウィスタートを」
エライナは知らない。ウィスタートが虚無で生きていることを。
「白き月の女王を殺し、マフィアをこの世から消し去る。そうして初めて、私とウィスタートは安らかに眠れるの」
暗闇の中、小さなウィスタートの脳裏に再び声が響いた。
『……起きろ。眼が、お前を見ている。』




