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第5話:すべてを見通す眼

立ち上る蒸気と、軋む歯車の音。

ウィステルトが足を踏み入れたのは、かつての平穏が嘘のような、冷徹で過酷な虚空の淵だった。

運命の針は加速し、彼を逃れられない深淵へと誘う。


孤独な少年の瞳に宿る火は、この闇を切り裂くことができるのか――。

第一部:血脈の衰退

ウィスタートの病に慈悲はなかった。それは毒蔦のように全身に広がり、魔力と生命力を蝕んでいく。健康が損なわれるにつれ、名門としての栄光は色あせ、かつての友人たちも去っていった。死が伝染するかのように、誰もが彼を避けるようになった。


一方、北の月の本家では、残酷な祝宴が催されていた。至高の母が新たな後継者を産んだのだ。純粋な魔力と強靭な体を持つ、健やかな男児。ウィスタートはもう「不要」だった。消し去るべき「エラー(不純物)」となったのだ。


エドガー・ボルニエトの執務室は薄暗かった。妹のルオスが忍び足で入り、沈黙を破った。


「相変わらずね、エドガー。ちっとも隙がないんだから」

彼女は不敵に笑い、机の上に腰掛けた。


エドガーは冷徹な眼差しを向けた。「約束は果たしたぞ、ルオス。お前に息子を与え、妻の懐妊も確実にした。今度は何の用だ?」


「そんなに怖い顔しないで」彼女は兄の頬をなでた。「ウィスタートはもう死に体よ。彼の存在は我が家の汚点。新聞だって『欠陥品の誕生』のせいで家名が落ちたと騒いでいるわ。彼を『虚無』へ送りなさい、エドガー。名前を剥奪し、ひと思いに楽にさせてあげるのよ」


エドガーは拳を握りしめ、地方紙の見出しを睨みつけた。「……その通りだ。奴を『シエルトの虚無』へ送る。無へと消し去るのだ」


第二部:絶望の深淵

シルバートアカデミーでは、裏切りの準備が整っていた。連邦首領と白き月の直命を受けたヒルゴン教授が、ウィスタートの病室に入った。


「……先生?」

ウィスタートが弱々しい声で尋ねた。

「今週の……お薬を、持ってきてくれたんですか? 今日は、すごく体が痛くて……」


教授は胸が締め付けられるのを感じた。ウィスタートはわずか4歳で、聡明で礼儀正しい子だった。しかし、上層部の命令は絶対である。「無能な者に生きる価値はない」。


「許しておくれ……あちら側でね」

彼女は震える声で囁き、強力な鎮静剤を注射した。


ウィスタートは目を閉じ、深い眠りに落ちた。彼の体はそのまま虚無のカタコンベへと運ばれた。そこは、古の魂たちの叫びが響き渡る暗黒の深淵。


「放せ」

冷酷な声が響き、ウィスタートの小さな体は奈落へと投げ出された。


ヒュオオオオオ……(音もなく、風が切り裂く音)


第三部:無限の娘

虚無が少年の存在を喰らおうとしたその時、何者かが彼を見つめていた。その存在感に闇さえも震える。無限の星の娘、ミシアスだ。


「虚無はいつも、無力な者を好むわね」

彼女の瞳が超常的な光を放つ。「でも、可愛いウィスタート……貴方は特別だわ。月たちさえも理解できない秘密を隠し持っている」


ミシアスはぐったりとした体に近づき、独占欲に満ちた仕草で、彼の耳をハムッ(優しく噛む音)と噛んだ。それは、彼を永遠に縛り付ける刻印となった。


「生き延びなさい。貴方が成長した姿を見せて。私を崇め、永遠に私のものになるのよ」


ウィスタートが目を覚ました時、意識はまだ混濁していた。

「……先生? お腹、すいちゃった……」

立ち上がろうとした瞬間、深淵の冷気が彼を襲った。

「……なに、ここ? 虚無しえると……なの?」


恐怖が彼を支配しようとした。しかし、胸の奥で意志の火が灯った。

「……いやだ。僕は、生きたい。戦うんだ。死が襲ってきても、ここから逃げ出してみせる!」


第四部:神々の対話

並行世界では、ミシアスが父である『無限』と母である『無限の星』のもとへ戻っていた。


「もうしるしをつけたわ」彼女は肉食獣のような笑みを浮かべた。「あの子を私のものにする。虐げられた中で私を愛し、私だけを生きる糧にするように育てるの。あの子の無垢な心を、最後の一滴まで搾り取ってあげる」


無限は不快そうに娘を見た。「私にさえ原則はある、娘よ。お前がしようとしていることは、始まったばかりの人生を壊すことだ。己の過去の裏切りのために、彼を奴隷にするつもりか?」


「生きる理由を与えてあげるだけよ」ミシアスは答えた。「親に捨てられたあの子を、私が『私だけのもの』にしてあげるの」


神々が彼の運命を議論する中、ウィスタートの脳裏に一つの声が響いた。それは彼の本能の奥底からの警告だった。


『……起きろ、小さな子よ。眼が、お前を見ている。』

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