【打ち上げ編:鉄格子の向こうの「非合理」 —— 友情とカボチャのミスマッチ】
ビンゴ大会も終盤。
特賞である一等をお愛が見事に引き当てて抜けた後、五郎は必死な形相で算盤を弾く正信に詰め寄っていた。
「なぁ、このまま終わるのは味気ないだろ! 二位まで決めよう。な?」
パチパチと小気味よい音を立てていた算盤をピタリと止め、正信はニヤリと口角を上げた。
「……五郎殿。そなたのカードを見る限り、二位入賞は逆立ちしても無理でござるが……。どうしてもとおっしゃるなら、二位を決める代わりに、最下位の者が『絶対服従の罰ゲーム』を受け入れるということで続けましょうか?」
「望むところだ!」
五郎は自信満々にドンと胸を張った。
「俺は主役だぞ? 運だって持ってるはずなんだ!」
——その数分後。
「ビンゴォォォ!!」
会場をビリビリと揺るがすような咆哮が轟いた。二位を勝ち取ったのは、本多忠勝である。
「やった……やったぞ! これで俺も、本編でカットされたあの『影なくして光なし』をシャウトする権利を……! 監督、見ていてくれ!」
拳を天に突き上げる猛将を横目に、正信が淡々と宣言する。
「……というわけで。栄えある最下位は、全ての数字を華麗にスルーした、主役の五郎殿に決定いたしました。おめでとうございます、最下位確定です」
会場から容赦ない爆笑と拍手が沸き起こる。
「なんでだよ! お愛が一等で、俺が最下位!? 監督、これは絶対に出来レースだ! 陰謀だろ!」
ジタバタと子供のように暴れる五郎の前に、正信が冷酷な『罰ゲーム指令書』を突きつけた。
「内容は……獄中の三成殿にカボチャを差し入れ、一分間その効能について熱弁すること。三成殿に三回『非合理的だ』と言わせたら、お代わりでさらに一分追加となります」
「絶対に嫌だ! 断る! 処刑直前の親友にカボチャの話なんてできるか!」
頑なに拒否する五郎だったが、正信は目を細め、三日月のような不気味な笑みを浮かべた。
「……おや、断りますか。では、代わりに本編に書かれていない『裏設定』をここで披露いたしましょう。……ゴホン。第一部の番外編で、五郎殿は、さん…」
「わーわーわーわーわー! ストップ! 言うな、それだけは言うな!! やるよ、やればいいんだろ!」
所変わって、薄暗い獄中。
六条河原での最期を控え、静かに「義」を反芻していた三成の耳に、場違いなほど重苦しい足音が聞こえてきた。
「……本多か。それとも正信か。今更、敗軍の将に何の用だ」
三成が鬱陶しげに格子の方を向くと、そこには奇妙な出立ちの男が立っていた。具足の上に『私は最下位です』という特大のタスキをかけ、巨大なオレンジ色のカボチャを重そうに抱えた五郎である。
「………………は?」
絶句する三成を前に、五郎は死んだ魚のような目で手元のメモを読み上げ始めた。
「……いいか三成、カボチャはな、β-カロテンが豊富で、免疫力を高めるんだ。お前は潔癖すぎて胃腸が弱そうだから、これを蒸して食べれば、処刑の日まで健康体で……」
「……待て。非合理的だ」
三成の第一声が、氷のように冷たく響いた。
「なぜ、明日をも知れぬ囚人に、長期的な健康維持を勧める? そのカボチャを運ぶ労力、および私の貴重な瞑想時間を削るコストを計算したことがあるのか?」
「……あー、うるさい! 罰ゲームなんだから黙って聞け!」
図星を突かれてイラッとした五郎は、さらに声を張り上げる。
「さらにこのカボチャの種にはな、亜鉛が含まれていて、精神の安定にも……」
「非合理的だ」
三成はピシャリと遮った。
「なぜ種の話をする? 私は今、宇宙の真理と石田の義について考えているのだ。野菜のミネラルバランスなど知ったことか!」
「……お前、友達だろ! あと一回! あと一回『非合理』って言ったら、お代わりなんだよ! 頼むから黙って聞いてくれ!」
涙目で懇願する五郎を、三成は冷ややかに見下ろした。
「断る。……というか、そのタスキは何だ? 貴殿が最下位であることと、そのオレンジ色の巨大な塊に何の関係がある? ……極めて、非合理的だ」
「あああああ! 三回目出たーーー! お代わり確定だ!」
五郎はカボチャを抱えたまま、頭を抱えて絶叫した。
「……いいか三成、次はカボチャの煮物の『醤油と砂糖の黄金比』について語るからな!」
「……誰か」
三成は深く、深く天を仰いだ。
「誰か、早く私を河原へ連れて行ってくれ。この男の非合理に付き合うくらいなら、死んだほうがマシだ……」
悲痛な叫びが獄中に響き渡る一方、打ち上げ会場では——。
二位の景品を手にした本多忠勝が、静かに、だが確かな熱を帯びた瞳で監督を見据えていた。
「……監督。俺の願いは、ただ一つだ。本編でカットされたあの——」
「はい、もう書けた。二位だから全二話。どう?」
ただならぬ覇気で詰め寄ろうとした忠勝の鼻先に、監督はスッと、まだインクの匂いがする原稿の束を突きつけた。
「……は?」
お愛の重すぎる願いには幽霊のように青ざめていたさっきまでの姿はどこへやら。監督の顔には、「実はこれ、ずっと書きたかったのよ」と言わんばかりの不敵な笑みが浮かんでいる。
「さあ、存分にシャウトしてきなさい!」
原稿を受け取った忠勝の瞳に、ゴウッ……と熱い炎が宿った。
「……おお……おおおおっ!! 監督、感謝する! これぞ俺が求めていた、真実の物語だ!」
カオスだった宴会場の空気が、猛将の放つ凄まじい熱気で一気に引き締まる。
泥にまみれた影武者と、それを支え続けた猛将の「光と影の物語」が、今、幕を開けようとしていた。




