【打ち上げ編:聖母の三つの願い —— 作者に突きつけられた「究極の脚本」】
「弟」オールアップ後の打ち上げ会場。正信の司会によって幕を開けたビンゴ大会で、会場は異様な熱気に包まれていた。
「さあ、見事ビンゴした優勝者への賞品は……『作者・滝丸監督に、自分が演じたいシーンを三つ書かせる権利』だぁぁ!!」
司会の正信が珍しく声を張り上げて叫ぶと、会場のボルテージは最高潮に達した。
五郎:「お愛と豪華温泉一泊二日の混浴旅行! もちろん腰痛なしのフルパワー全開シーンだ!!」
忠勝:「今度こそ! 本編でカットされた『影なくして光なし』の2ページ見開き無双シーンを!」
秀忠:「天井裏の忍びを口説き落とす、官能の45分ノーカット版を希望します!」
三成(天海):(水を飲んで平静を保ちながら)「……五郎殿と二人、静かに薬草を煎じながら、老後の資産運用について語り明かすシリアスな3時間を」
誰もが「自分の欲望」を叫び、リーチをかける中……。
「——ビンゴです」
凛とした声が響いた。
壇上に上がったのは、控えめに座っていたお愛だった。
「お、お愛様……! さあ、監督に書かせる三つのシーン、何をご所望か!」
お愛は静かに微笑み、青ざめ始める監督の目を見つめて、こう告げた。
「一つ。……『三方ヶ原の戦いが起こらず、家康様(お兄様)が亡くならなかった世界』をお願いします」
会場が静まり返る。
家康(兄)が壇上に現れ、お愛の慈愛に触れて「……すまぬ、すまぬお愛……!」と、これまでの不摂生を悔いて号泣し始める。
「二つ。……『五郎様と、影武者としてではなく、正式な夫婦として祝言を挙げるシーン』をお願いします」
今度は五郎が崩れ落ちた。
「俺……影じゃなくて……五郎として、お愛と……っ!」と、鼻水を垂らして子供のように号泣する。
「三つ。……『五郎様が旅立つ時、わたくしも一緒に、手を繋いで死んでいくシーン』をお願いします」
会場中から、嗚咽が漏れた。
忠勝は槍を置いて咽び泣き、数正は顔を覆い、三成は「……非合理的だが……美しい」と涙を拭う。出演者全員が、お愛様の「究極の愛」にひれ伏した。
「素晴らしい! 奇跡のラストシーンだ!!」
拍手喝采で幕を閉じようとする打ち上げ会場。
だが、その中心で、滝丸監督だけが幽霊のように真っ白な顔で立ち尽くしていた。
(……待って。一つ目の願いで『家康生存』にしたら、物語の前提が全部消える……。二つ目で祝言あげたら、五郎さんの悲哀が台無し……。三つ目で一緒に死なれたら、私の書いた江戸開拓の孤独な五郎さんのシーンが全部ボツになるじゃない……!!)
「監督! 早く執筆を!」「期待してますぞ!」「コメディになるかシリアスになるか、楽しみですなぁ!」
湧き上がる出演者たちの声。
監督は、手に持っていたビールを震わせながら、遠い目をして呟いた。
「……これ、三本とも『シリアス』に決まってるじゃない。……私の魂、削り取られるわよ……」
「弟」の打ち上げは、作者にとっての「地獄の執筆合宿」の始まりを告げる合図となる……はずだった。
「——ちょっと待ったぁぁっ!!」
突如、会場に五郎の必死な大声が響き渡った。
「一位だけではつまらぬ! 司会の正信、二位も決めたらどうだ!?」
壇上を指差す五郎の血走った目(おそらく混浴旅行を諦めきれない)に、正信はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「……ほう? 己の欲望を諦めきれぬ往生際の悪い男が約一名いるようですな。よろしいでしょう。では急遽、第二位の抽選も再開いたしますぞ!」
五郎の悪あがきにより、ビンゴ大会はさらなるカオスへと突入していく。
つづく




