【打ち上げ編:プロローグ —— 四十余年の嘘、からのカオスな夜】
「はい、五郎さん! 全編オールアップです! 本当にお疲れ様でした!」
監督の声が響き渡ると同時に、スタジオは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
四十四年という途方もない歳月、「徳川家康」という重すぎる鎧を着続けた男・五郎の腕に、色鮮やかな巨大な花束が贈られる。
「……終わった。やっと、終わったんだな」
ずしりと重い花束を抱え、ようやく肩の荷が下りたことを実感する五郎。
隣では、お愛が「本当にお疲れ様でした、五郎様」と、月のように優しく微笑んでくれている。
数正が静かに頷き、兄上が満面の笑みで手を振る。感動のフィナーレ。涙と笑顔のクランクアップ。
……しかし、五郎の平穏はそこまでだった。
舞台は移り、都内某ホテルの豪華な大宴会場。
『「弟」オールアップ記念大打ち上げ』
と書かれた金屏風の前で、主役であるはずの五郎は、本編の戦場以上に疲弊しきっていた。
「だぁーかぁーらぁ! なんで徳川陣営ばっかりあんなに絆が深いの!? こっちは関ヶ原で計算が狂いまくって、ずっと胃が爆発しそうだったのに! 五郎! あんた影武者のくせにスペック高すぎなんだよ! ずるい! 私の出番もっと増やしてよおおお!」
「……三成。頼むから、俺の袴で涙と鼻水を拭くのはやめてくれ」
泥酔した石田三成が、空の盃を片手に五郎にべったりと張り付いている。シラフの時はあんなに理屈っぽく澄ましている男が、酒に入るとただの面倒くさい親戚のおじさんと化していた。
「ええい、やかましいわ正信! 貴様のような日陰者が『本多』を名乗るなど片腹痛い! 徳川の武の象徴たるこの平八郎こそが、真の『本多』である!!」
「……ククク。脳みそまで筋肉でできている男は声が大きくて困りますな。私の描く『知略の盤面』の上で踊るだけの駒が。算盤を弾くまでもなく、私こそが『真・本多』に相応しい」
「なんだと!? 貴様、表へ出ろ! 腕相撲で決着をつけてくれるわ!」
「なぜ知略の証を腕力で競わねばならんのです。しりとりでもしましょうか。ククク」
会場の中央では、本多忠勝と本多正信による「どっちが真の本多か」を巡る、不毛すぎる本多対決が勃発している。
なだめようとした数正は早々に胃を抱えて隅に避難し、兄上(本物の家康)は瀬名と楽しそうにカボチャの天ぷらを食べている。
「……おかしい。俺は四十四年分の重責から解放されたはずなのに、なぜ本編より忙しいんだ……?」
五郎は遠い目をしながら、足元の三成を引き剥がそうとため息をついた。その横で、お愛は「うふふ、皆様お元気ですね」と、ニコニコしながら白檀の扇子を扇いでいる。
その時だった。
会場の照明が不意に落ち、ピンスポットがステージの中央をパッと照らし出した。
けたたましいドラムロールが鳴り響き、マイクを持ったスタッフの声が宴会場に響き渡る。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました! 本日の打ち上げのメインイベント! 豪華賞品・なんでも願いが叶う(?)権利争奪、超絶怒涛のビンゴ大会を開催いたしまーす!!』
『そして、栄えある司会進行を務めますのは……徳川の頭脳こと、本多正信さん! どうぞ壇上へ!』
そのアナウンスを聞くや否や、正信は忠勝に向けてニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「……おっと。どうやら『真の本多』たる私の出番のようですな。腕相撲などという野蛮な遊びは、またの機会にしていただきましょう。ククク……」
「なっ、逃げる気か正信! 待て!」
怒り狂う忠勝を置き去りにし、正信はさっそうとステージへ上がり、恭しくマイクを受け取った。
ステージを呆然と見上げる五郎をよそに、マイク越しに正信の声が響き渡る。
「さあ、知略と運の交差点、ビンゴ大会の幕開けです!」
正信の宣言と共に、会場の熱気は一気に最高潮に達した。
このカオスな夜は、まだ始まったばかりである——。




