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『弟・異聞 』〜素に戻った五郎様と、時空を越えた共犯者たち〜  作者: 滝丸


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【コメディ回:秀忠の毒牙 —— 天井裏の忍びと、最強の女好きセンサー】

江戸城内に漂う、奇妙で不穏な空気。


「……阿茶。最近、夜な夜な城の廊下で『不気味な溜息』が聞こえるという噂がある。何者かの陰謀かもしれん、探りを入れてくれ」


五郎の命を受け、阿茶は手飼いの忍び、お梶を放った。

「承知いたしました。お梶、天井裏から一分の隙もなく監視なさい」

「御意」

忍び装束に身を包んだお梶は、音もなく天井裏へと消えた。



夜。秀忠は一人、廊下を歩いていた。

天井裏でお梶が息を殺し、秀忠の動きを監視する。

(……秀忠様。相変わらず、どこか頼りない足取り。陰謀など企てる器には見えぬが——)


その時である。

秀忠がピタリと足を止め、スッと天井を見上げた。

「……おや。今、そこから『最高に良い女』の気配がしましたね?」

(!? 馬鹿な! 私の気配を察知したというのか!?)

「隠れていても無駄ですよ。私の『運命の人センサー』は、壁をも突き抜けるのです。さあ、そこから降りてきて、私と一献いっこん酌み交わしませんか?」


天井から引きずり出されたお梶に対し、秀忠は怒るどころか、その瞳をキラキラと輝かせた。

「ああ、やはり! 天井の塵にまみれてもなお、その瞳の輝き……貴女こそ、私が夢に見た真実の女性だ!」

「な、何を……私は忍び……貴方様を監視する……っ」

「監視! 素晴らしい! つまり貴女は、四六時中私だけを見ていたいのですね? なんという情熱……私も応えねばなりません!」

秀忠の、的外れだが圧倒的な熱量と「情けない笑顔」に、お梶のプロ意識は一瞬で瓦解した。

忍びの術で心を閉ざすはずが、秀忠の「毒牙(という名の、ひたすら優しい口説き)」によって、文字通り陥落してしまったのである。



数ヶ月後。

阿茶が青い顔をして五郎のもとへ駆け込んできた。

「殿! 大変です! 天井裏へ送ったお梶が……懐妊いたしました!」

「……はぁぁぁ!? 誰の子だ!? 伊賀の忍び同士か!?」

「いえ……秀忠様です」


五郎は、傍らの正信から奪い取った算盤を床に叩きつけた。

「秀忠ぁぁぁ!! 監視させていた忍びを口説き落としてどうするんだ! お前、江が怖いと言って泣いていたのは嘘だったのか!?」

結局、江戸城の不名誉を隠すため、お梶は「家康(五郎)の側室」という名目(いつものパターン!)で奥へ収容されることになった。



「……正信。江戸城で一番危険な、人心を惑わす不穏分子は誰だと思う?」

五郎の問いに、正信は壊れた算盤を拾いながら、遠い目で答えた。

「……間違いなく、二代目(秀忠)様にございますな。武力も知略も通じぬあの『天然の毒牙』……こればかりは、伊賀の術でも防げませぬ」

天井裏をいくら調べても、江戸城の平和を乱す真の犯人は、今日も笑顔で女性を褒めちぎる「息子」なのであった。



江戸城の一室。冷たい空気が張り詰める中、江が五郎の前にドカリと座り込んだ。

江の背後には申し訳なさそうに(、しかしどこか満足げに)秀忠が佇み、五郎の脇では阿茶が胃を押さえ、正信が虚無を見つめている。


「……義父殿(五郎)。また、ですか。また側室を増やされたのですか」

「い、いや、江。これはその、深い事情があってだな……」

「事情? お梶という忍びを、お手付きにされたというその『事情』を詳しく伺いたいものですわ! 全く、いい歳をして……いやらしいっ!」


江はピシャリと扇子を叩くと、隣で神妙な顔をしている秀忠の肩を抱き寄せ、五郎に向かって勝ち誇ったように言い放った。

「見てください、この秀忠様を! 秀忠様はわたくしという妻がありながら、浮いた話の一つもございません。義父殿も、少しは秀忠様を見習って、身を慎んだらいかがですか!?」

 

「………………。」


五郎の時が止まった。


(……見習った結果が、これなんだよ! 江、お前の夫は天井裏の忍びさえ『運命の人』に変えてしまう、江戸城一の毒牙なんだよ……!)


叫びたい。喉元まで出かかっている。だが、それを言えば秀忠の家庭は崩壊し、徳川の系譜(と自分の影武者生活)に致命的な亀裂が入る。


五郎が助けを求めるように周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。

阿茶:扇子で顔を隠し、「……あぁ、空が青いわ(室内だけど)」と、完全に現実逃避中。

正信:算盤を逆さまに持ち、「一足す一が……マイナス一億……」と、論理が崩壊した計算を続けている。

秀忠:「……父上、すみません。でも、私の愛は本物だったのです」という純粋無垢な光線を瞳から発しながら、江の影に隠れている。


五郎は、ただ一人、遠い、遠い駿府の空(あるいはお愛の笑顔)を思い浮かべながら、血を吐くような思いで呟いた。

「……ああ、そうだな。……秀忠は、立派だ。……俺も、いつか、あんな『男』になりたいものだよ……(白目)」

「分かればよろしいのです! ほら、秀忠様。こんな不潔な場所からは、早く立ち去りましょう」

江に手を引かれ、誇らしげに(?)退場していく秀忠。

部屋に残されたのは、偽の不名誉を背負わされた五郎と、算盤を落とした正信、そして溜息をつく阿茶。

江戸城の不穏分子・秀忠の罪は、こうしてまた一つ、五郎の「いやらしい実績」として歴史に刻まれていくのであった。

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