【天国コメディ編・最終話:覇王の横恋慕と、十億点のお饅頭】
「よう、偽物。息災か?」
お愛と共にのんびりとカボチャの種を植えようとしていた五郎の背後に、不敵で、絶対的な威圧感を放つ声が降ってきた。
振り返るとそこには、派手な南蛮胴を纏った第六天魔王——織田信長の姿があった。
「うっ、信長公……。本物の兄なら、あっちの花畑にいますよ」
「おう、家康なら女の膝枕で腑抜けておったわ。……偽物がとうとうこっちへやって来たと聞いてな。そのしけた面を拝みに来たのよ」
鼻で笑う信長。
しかし次の瞬間、彼の鋭い視線が五郎の隣に立つお愛へと向けられた。
その瞳に、明らかな熱が宿る。
「……なんと美しい女子じゃ。菜の花のような温かさを持ちながら、芯の通った凛としているところもたまらん。おい、お主。俺様の側室にしてやろう」
「!!!!!」
五郎の頭の中で、何かがブチッと千切れる音がした。
四十四年間の我慢も、天下人としての自制心も消え飛んだ。五郎は、本編の生涯でただの一度も口にしたことのない言葉を、腹の底から絶叫した。
「お愛は誰にも渡さん!! 信長公でさえもだ!! 戦だ! 忠次、数正、出会え! 戦だあああ!!」
信長公の「横恋慕」により、一触即発となった極楽浄土。
まさに血の雨が降らんとしたその時——どこからか聞き覚えのある「タブレットの操作音」と、無機質なマイクの声が響き渡った。
『……非合理的ですな。浄土に来てまでチャンバラなど。勝敗は、より文明的な方法で決めるべきでしょう』
「三成!? お前、なんでここに!」
「司会は、まだ現世に未練がありますが、監督権限で無理やり呼び出されたこの私、天海が務めます」
花畑の中央に、いつの間にか司会者台がセットされ、眼鏡を光らせた天海(三成)が立っている。
「三成! 助けてくれ、信長公がお愛を……!」
「わかっております。徳川軍には知力が必要です。……というわけで、たった今、あちら(現世)で寿命を終えたばかりのこの方を、魂が冷めないうちにデリバリーいたしました」
ポンッ、と軽い音と共に、司会者台の横に一人の老人が放り出された。
死に装束のままの、本多正信である。
「……あ、あれ? 私は今、江戸の床で静かに眠りについたはずでは……。……げっ、殿(五郎)!? それに信長公!? ……ちょっと待ってください、天国って、こんなに騒がしいのですか!?」
「さあ正信殿、感動の再会をしている暇はありません。回答者席へどうぞ」
状況も呑み込めぬまま、正信は強制的に解答席に座らされた。
かくして、お愛様を賭けた世紀の「天国バラエティ対決」が幕を開けた。
第1ラウンド【知力】では、正信と織田家臣団による『徳川家康の細かい裏設定クイズ』が行われた。「殿が夜中にこっそり食べたカボチャの数は?」という難問に、正信が算盤を弾いて即答し、信長が「そんなの知らんわ!」とブチギレる。
第2ラウンド【体力】は、浄土の花畑で「えびすくい」を踊りながらどれだけ蜻蛉切を振り回せるか対決。お愛様を守るという執念に燃える忠勝が、森長可を相手に物理法則を無視した動きを見せつけ、勝利をもぎ取る。
第3ラウンド【時の運】は、究極の「カボチャ・ルーレット」。強運の覇王・信長に対し、五郎が「主役の土壇場力」で挑むが、点数は僅差で信長リードのまま、もつれ込んだ。
「……さて、現在信長公がリードしておりますが、これが最終問題です。正解すれば、十億点差し上げます」
「……何だと!? 今までの苦労は何だったのだ!」
椅子から立ち上がって吠える信長。
「……やっぱりこれだ! この、整合性もへったくれもないバラエティ特有のルール崩壊!!」
算盤を投げ捨ててツッコミを入れる正信。
「三成、問題は!? 問題は何だ!」
必死の形相で身を乗り出す五郎。
天海(三成)は眼鏡をスッと押し上げ、静かに告げた。
「問題。……『お愛様が今、一番食べたいものは何?』」
会場に緊張が走る。
「……では、解答を一斉にどうぞ。正解すれば十億点。間違えれば、これまでの全ポイントが没収、すなわち『無』に帰します」
正信は算盤を握りしめて祈り、忠勝は「殿なら、お愛様の心などお見通しだ!」と叫んでいる。
「……決まっておる」
信長が扇子をバサリと開き、傲然と言い放った。
「このわしとの祝杯だ。『酒』、それも南蛮の極上の赤き酒よ!」
「俺はこれしかないと信じている!」
五郎が自信満々に、裏返していたフリップを天に掲げた。
「お愛といえばこれだ、俺との思い出の『カボチャの煮付け』だ!!」
静寂が訪れた。
全員の視線が、お愛へと注がれる。お愛は少しだけ困ったように頬に手を当て、それから、いつもの鈴を転がすような声で告げた。
「……ふふふ。信長様、わたくし、お酒はあまり嗜みませんの。……そして五郎様。カボチャは確かに好きですけれど、今、この瞬間に食べたいものは……」
お愛は、菜の花色の袖から、そっと隠し持っていた小包みを取り出した。
「……ふわふわの、『お饅頭』にございます」
「……えっ、お、お饅頭……?」
五郎の顔から魂が抜けた。
『……残念。正解は「お饅頭」でした。両軍、不正解です』
次の瞬間、空中に浮かんだ巨大な得点掲示板が「ピロリロリロ……」と悲しい音を立て、徳川軍の積み上げてきた点数も、信長公の覇王ポイントも、全てが容赦なく【0】へとリセットされた。
「あああ……! 私の、私の血の滲むような知略戦が……! 殿、なぜあそこでカボチャを……! あれは罰ゲームの記憶でしょうが!!」
正信が膝から崩れ落ちる。
「……フン。饅頭だと? 覇王を相手に、饅頭一つでポイントを奪うとは」
信長は呆れたように肩をすくめた。
「……五郎よ、貴様の愛も、わしの覇道も、饅頭一個に負けたということか。……非合理的すぎて、もはや笑えんわ。敦盛でも踊る場所を探すとしよう」
信長公はそう言い残すと、潔く背を向け、嵐のように去っていった。
祭りの後のような静けさが戻った花畑。
「……ごめん、お愛。俺、また勘違いしちゃった。結局、お前を誰のものにもできないまま、0点になっちゃったよ……」
ガックリと肩を落とす五郎。するとお愛は、クスクスと笑いながら歩み寄り、手のお饅頭を半分に割って差し出した。
「いいのですよ、五郎様。誰のものでもないということは、誰にも邪魔されず、わたくしが『わたくしの意志』で、五郎様の隣にいられるということですもの。……さあ、半分こしましょう?」
「お愛……」
五郎は涙目でその半分を受け取り、大きく頬張った。
「……うまい。……お饅頭、世界で一番うまいよ、お愛……!」
背後では、ポイントが消えて怒り狂う忠勝や、やけ酒ならぬ「やけ温泉」を計画して騒ぐ家臣団の声が響いている。
だが、二人の周りには、甘いお饅頭の香りと、穏やかな白檀の煙が、ただ静かに、そしていつまでも幸せに漂っているのだった。




