【天国コメディ編・第二話:五郎ファンクラブの強固な包囲網】
白檀の香りを道標に、お愛の元へ急ぐ五郎。だが、その行く手を阻むように、次々と見慣れた顔ぶれが立ち塞がった。
「殿! お待ちくだされ!」
背後から猛烈な勢いで追いかけてきたのは、なんと先ほど花畑の入り口で別れたはずの石川数正だった。
「数正!? お前、さっきは『とっとと進め』って……!」
「浄土での歩き方がなっておりませぬ! 花を散らして走るなど言語道断、まずは極楽浄土での礼儀作法の復習を……」
「なんで死んでまでお前の小言を聞かなきゃならないんだ!」
五郎が数正を振り切ろうとした瞬間、今度は前方から地響きを立てて巨漢が飛び出してきた。本多忠勝である。彼はなぜか、天国だというのに名槍・蜻蛉切を握りしめ、鬼の形相で迫ってきた。
「五郎殿ぉぉぉ! 聞きましたぞ!」
「ひっ! 平八郎、なんだその殺気は!」
「本編で、私の『影なくして光なし』という一番の決め台詞をボツにしたそうではないか! あれを言うために何日も素振りをして備えておったのに! 納得のいく説明を求めたい!」
「知るか! あれは作者(監督)の都合だろ! 俺に言いがかりをつけるな!」
「まあまあ、お二人とも。やっと重荷を下ろせた五郎殿に、まずは祝いの舞を!」
横から能天気に乱入してきたのは、宴会部長・酒井忠次だ。彼はすでに両手を高く掲げ、腰を落とした完璧な構えを取っている。
「さあさあ五郎殿、特等席でご覧あれ! 私の渾身のえびすくいを——!」
「今はエビはいらない! 頼むからどいてくれ!」
さらに、草葉の陰から這い出るようにして、二人の若武者が五郎の足首にすがりついてきた。榊原康政と井伊直政である。
「殿……! 番外編くらい、我らにもセリフをくだされ……!」
「徳川四天王なのに、本編での出番が少なすぎます! 絶対に作者が書くのを面倒くさがってカットしたんでしょう!? 不当な扱いですぞ!」
「だから俺のせいじゃないだろうが! 監督に言え、監督に!」
五郎は頭を抱えた。
死後まで付きまとってくる、徳川家臣団(五郎ファンクラブ)の愛が重すぎる。彼らは五郎を囲んでわちゃわちゃと騒ぎ立て、一向に道を開けようとしない。
ついに、五郎の堪忍袋の緒が切れた。
「ええい、どけ! お前たちの相手は後だ! 私は……私は、お愛に会いたいんだ!!」
四十四年間の「家康」としての威厳と、影武者生活で培った忍耐力をかなぐり捨て、五郎は力業でファンクラブの強固な包囲網を突破した。
もみくちゃにされ、着物は乱れ、すっかり息を切らしてしまった五郎。
だが、包囲網を抜け出した彼がふと顔を上げると——視界が開けた花畑の真ん中に、一人の女性が立っていた。
いつまでも忘れることのない、あの懐かしい後ろ姿。
「……お愛」
五郎の口から、震えるような吐息が漏れた。




