【打ち上げ編:パラレル後の狂騒 —— 平八郎の涙と、それぞれの不満】
打ち上げ会場に設置された特設モニターの前では、熱気と興奮が渦巻いていた。
「……うおおおん! 五郎殿! 五郎殿ぉぉ!」
鼻を真っ赤にした本多平八郎忠勝が、愛槍の蜻蛉切をきつく抱きしめながら号泣している。
「見たか、あの俺の雄姿を! 三河の泥を分かち合い、三方ヶ原の雨の中で『兄弟だ!』と叫んだあの俺を! 我ながら……我ながら、なんて熱い男なんだ俺はぁぁ!」
「……平八郎、うるさいわよ。鼻水が具足にかかっているわ」
阿茶局が扇子でパタパタと仰ぎながら、冷ややかな視線を向けた。
「いい? 落ち着きなさい。あれはあくまで『パラレルワールド』。監督がビンゴの景品で特別に描いてくれた、本編とは関係ない『もしも』の話なんだからね」
「関係なくない! 俺の魂はあそこにあった!」
忠勝は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、天を仰ぐように叫んだ。
「監督、今からでも本編をあっちに書き換えませんか!? ダメですか!?」
当の五郎はといえば、モニターを見つめながらどこかほわほわとした顔で微笑んでいる。
「……いやぁ、でも悪くなかったなぁ。平八と兄弟のように育つのかぁ。あんな土砂降りの中で『兄弟だ』なんて叫ばれたら、さすがの俺も主役気分になっちまうよな。……泥だらけで真っ直ぐ守られるのも、ちょっとグッときたぞ」
「……ふふん。論理的に見て、妥当な配役でしたな」
腕を組んだ石田三成(天海)が、得意げに鼻を鳴らす。
五郎はからかうように三成をつついた。
「お、三成。お前、あの牢屋のシーンでめちゃくちゃ良い顔してたよな。あの、言葉を失ってウルッとしてた顔、鏡の前で練習しただろ?」
「なっ……! 練習などしていません!」
三成は慌ててムキになったが、すぐにコホンと咳払いをして余裕の表情を作り直した。
「監督の脚本が、私の知性を正確にトレースしていただけのこと。……まあ、あのように私の心を揺さぶる見せ場を用意するとは、監督もようやく私の『価値』に気づいたようですな」
ニヤリと笑う三成の横で、一人渋い顔をしているのは石川数正だ。
「……納得がいかん。なぜパラレルでも、私は殿(家康)の死を告げるだけの『不幸の郵便屋』のような役回りなのだ。もっと五郎殿を厳しくしごくシーンがあっても良かったはずだ!」
「左様だ! 私の兵法指導のシーンが短すぎる! 二人を泥に叩き込むだけが私の仕事ではないぞ!」
本多忠真も数正に同調して声を上げる。
さらにそこへ、算盤を激しくパチパチと叩きながら本多正信が割り込んできた。
「……監督、不当表示にございます。私の『暗躍シーン』が一行もございません。パラレルなら、私が三河の寺を裏で買収するくらいの展開があっても良かったはず……。これでは私のギャラが計算できませぬ!」
不満を爆発させる男たちの喧騒を、阿茶の声が冷たく切り裂いた。
「五月蝿いわね! 不満があるならビンゴで一等を当てれば良かったのよ。……それより、次はついに一等賞、お愛様の『三つの願い』なのでしょう?」
その言葉に、先ほどまでの騒ぎが嘘のように会場が静まり返った。
「お愛様の……」
「家康公が死なず、五郎殿と祝言を挙げ、共に死ぬ……」
一同の脳裏に、浄土のような美しい――けれど監督にとっては地獄の執筆となるであろう――脚本が浮かぶ。
「……お愛の願いだ。きっと、どんな悲劇よりも美しい話になるんだろうな」
五郎が、愛おしむような声でポツリとこぼした。
「……ああ。お愛様の脚本なら、俺、また泣いちゃう……」
忠勝はまたしても涙ぐみ、鼻をすする。
先ほどまで不満を垂れていた男たちも、結局はお愛様の「聖母の微笑み」には敵わない。
彼らは静かに期待を寄せ、監督の次の筆を固唾を飲んで待つのだった。




