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洞窟の深部は、もはや「静寂」ですらなかった。
絶え間なく滴り落ちる水滴の重い音、岩盤の奥で何かが軋む微かな振動、そして——鼻腔をチリつかせる、鼻に抜けるような硫黄の刺激臭。
クン、と鼻を鳴らす。
空気の密度が変わり、湿り気の中に、肌を刺すような奇妙な冷気が混じり始めていた。それは生物の体温とは無縁の、無機質で冷徹な「魔」の気配だ。
先頭を行くモモが、音もなく足を止めた。
彼女の赤みを帯びた尾が低く、岩の起伏に溶け込むように巻かれる。
最後尾を守る新入りのポチは、大きな耳を左右別々に動かし、暗闇の奥から届く微細な反響音を拾い上げている。僕は二匹の間に立ち、肉球を通じて伝わってくる地面の震えに全神経を集中させた。
(……来る。それも、今までの奴らより速い)
直後、通路の影が「爆発」した。
岩の隙間から躍り出たのは、石のような皮膚を持つ小柄な獣。その目は濁った銀色に光り、硬質な爪が石床を掻いて火花を散らす。
言葉などいらない。僕たちは、まるで一つの生き物のように連動した。
「グルゥ……ッ!」
僕が中央で吠え声を上げ、敵の意識を自分に釘付けにする。
その刹那、ポチが「キャン!」と鋭く鳴きながら、敵の足元へと弾丸のように転がり込んだ。その小ささを活かした攪乱だ。敵の獣が思わず足元に視線を落とした、その一瞬。
(今だ、モモ!)
死角から、黄金色の閃光が走った。
モモが岩壁を蹴り、空中から敵の首筋へと襲いかかる。
前世の僕が見ていた「犬」の動きではない。それは過酷な自然界で磨き上げられた、純粋な狩猟者の跳躍だった。
石床を蹴る三匹の足音、激しい呼吸、そして敵の爪が岩を削る耳障りな音。
それらすべてが洞窟内で複雑に反響し、敵の感覚を狂わせていく。僕たちは打ち合わせなど一度もしていない。けれど、尾の僅かな角度、耳の向き、そして「匂い」の強弱で、互いの次の動きを完璧に予見していた。
数瞬の、火花散るような攻防。
三匹の波状攻撃に耐えかねた獣は、硬い尾を巻いて、闇の奥へと転がるように逃げ去っていった。
静寂が戻った広間で、僕たちは自然と円を描くように集まった。
クン、クン。
勝利の余韻に浸る暇もなく、僕たちは「クン活」を開始する。
モモの毛並みに付着した火薬のような匂い、ポチの小さな体から立ち上る興奮の熱気。それらを嗅ぎ取るたびに、僕の心臓は誇らしさで跳ねた。
ポチはまだ少し震えていたが、僕とモモに鼻先を押し当てられると、安心したように尻尾をプロペラのように回した。
(……一緒なら、どんな危険も乗り越えられる。本当の意味で、僕たちは「群れ」になったんだな)
前世のオフィスで、誰とも目も合わせず、ただ数字だけを追いかけていた自分に見せてやりたかった。
泥に汚れ、暗闇に怯えながらも、信じ合える仲間と共に大地を駆け抜けるこの瞬間が、どれほど眩しく、誇り高いものかを。
硫黄の匂いはさらに濃くなり、洞窟の奥からは地熱による陽炎がゆらゆらと立ち上っている。
出口はまだ見えない。けれど、三匹の足取りに迷いはなかった。
「ワン!」
僕の短い号令に、二匹が力強く応える。
黄金色のリーダー、俊敏な狩人、そして賢い末っ子。
三匹のシバ犬たちの影は、深く、険しい洞窟の深淵へと、再び重なり合うように消えていった。




