3章-隠しごとの行く末-
途中に不測の寄り道はあったものの、〈ミストルテイン〉は無事にセレモニーの会場となるビルディングのある都市へと到着した。
実際にセレモニーが行われるまで一週間弱。
ゆっくりと中東最大の都市で観光でもしながら待たせてもらえれば嬉しかったのだが、現実はそんなに甘くはない。
中東地域は北米ほどではないがアンノウンの出現が多く、加えてテロリストという脅威もいる。
そんな地域で戦力を遊ばせておくわけにはいかないということらしく、〈ミストルテイン〉はアンノウンへの対処を受け持つことになった。
その話を聞いた時点で正直嫌な予感はしていた。
そんな日々が始まって三日目の夕方。
五回目の出撃を終えて帰艦したシオンは、食堂で勢いよくテーブルを叩いた。
「五回中五回ともテロリストが来るってどういうことなのか!?」
「う、うーん……」
たまたま遭遇し一緒に早めの夕食をとることになったナツミは、愚痴をぶちまけるシオンに対してなんとも言えない表情になった。
「こちとら人間相手は色々めんどくさいってのにホント……」
「都合の悪いことってなんでか重なるんだよね……」
元はと言えば人間相手にどうするかを決めていないシオンが悪いのだが、そんな正論は求めていない。
現時点では初回と同じく魔力防壁全開での体当たりで対処している。
ここまでくればこの戦法のままでもよいのではないかとも思うのだが、これはあくまでどっちつかずの戦法に過ぎない。
"どっちつかず"というのはどちらにも転ぶ可能性があるという意味で広く不安を与えやすい。
殺すことで不満を持つ人間と殺さないことで不満を持つ人間の両方を敵に回すことを思えば、このままというわけにもいかないだろう。
「これマジどっちにすりゃいいんだか……」
「…………」
テーブルに突っ伏してブツブツと文句を垂れ流すシオンだったが、ふと正面に座るナツミの表情に気づいた。
「……なんで笑ってるの、お前」
こちらを見るナツミは微笑んでいた。指摘されて驚いた様子だったので無意識なのだろう。
しかしそれまでは間違いなく、少し嬉しそうに微笑んでいたのだ。
「……まさか俺が苦しんでるとこ見て楽しんでたとかそういう……」
「いや! えっとこれは変な意味じゃなくて……」
否定はしつつも本人の中でも整理できていないのかわかりやすく慌てたまま言葉を探すナツミ。その反応からして悪意なんてものが欠片もないのはわかる。
「(まあ考えるまでもなくそういうタイプじゃないのはわかってるんだけど)」
ナツミ・ミツルギという少女はミツルギ兄妹の中でもおそらく一番善性が強い。
「もう少し疑ったり嘘をついたりできたほうがいいのでは?」と思うくらいの筋金入りのお人好しにシオンが口にしたような考えがあるとは最初から本気で考えてなどいない。
そんな内心など知らないナツミは、本気でシオンに疑われていると思っているのか相当慌てている。
そろそろ助け舟を出そうかとシオンが思い始めた頃、ようやくナツミは口を開いた。
「ちょっと安心したっていうか、嬉しかったの。シオンが人を殺すことを軽く考えてないってわかったから」
一度言葉にしたことで整理ができたのか、彼女はだいぶ落ち着いたように見える。
「変な話だけど、軍人って人を傷つけても許されちゃうでしょ?」
治安維持のため。社会の秩序のため。
理由は色々とあるだろうが、軍人であれば命令やその場の判断で人に対して銃口を向けることはしばしば正当化される。
殺してしまった場合に与える印象はともかく、人類軍の協力者であるシオンもまたテロリストを殺す行為自体で罪に問われることはないだろう。
「普段なら結構「悩むのが面倒!」とか言って即決しちゃうのに、今回はちゃんと悩んでくれてるから、よかったなって思って」
「もちろん、損得勘定してるのは知ってるけどね」と苦笑しつつも、ナツミは嬉しそうにしている。
「そりゃあ……命を奪うのは悪いことだろ?」
命は、ひとりにひとつ。
人の力ではもちろん、超常的な力を持つ人外であっても一度失われた命を取り戻すことなどできはしない。
それを奪う行為はいかなる事情があろうとも悪だと、シオンは思う。
「少なくとも、理由もなく悪いことする趣味はないからさ」
「……うん」
「まあ自分なりに理由があれば悪いことだってするわけだけども」
「……だとしても、ちゃんと悪いことだって思ってるのはきっと良いことなんだと思う」
倫理的によろしくないことを――それこそ善良な人間からすれば到底同意も理解もできないであろうことを言ったつもりはあった。
まるでシオンが人を殺せないとでも思っていそうな彼女に、釘を刺そうと思った部分もあった。
しかし、それでもなお微笑むナツミに気圧されたのはシオンのほうだった。
「(ああ、やりにくい)」
彼女がこうして微笑むのは、シオンが今まで見せてきたものしか知らないからだ。
ナツミはもちろん、ギルやアンナにすら見せたことのないシオン・イースタルという存在の在り方を知らないからだ。
そこにナツミの落ち度はない。シオンが意図して隠してきたからそうなっているだけだ。
あえて非を問うとすれば、その先はシオン自身。
隠してきたものが原因で何があろうとも、その責任はシオン自身にある。
そんなこと最初からわかっているというのに、少しだけ心がざわつく。
「(……今更、ちょっと辛いとか)」
いつか来る、きっとあまり遠くはない未来。シオンの内にある悪性が白日の下に晒される時。
彼女は果たして今のようにシオンに微笑みかけることができるだろうか。
否応なく変わってしまうであろう関係を思って、少年はそっと目を伏せた。




