3章-深夜の密談①-
「――イースタルは人間が殺せると思うか?」
深夜、〈ミストルテイン〉の艦長室で今後について話し合っていた最中、唐突にアキトはアンナに尋ねてきた。
なんの脈絡もなく飛び出してきた質問にアンナは少し反応が遅れる。
「どうしたのよ急に」
「今更かもしれないが、気になったんだ」
確かに、彼に殺人が可能か不可能かという信用に足るかの大きな判断基準にもなるような話題をはっきりさせてこなかったのは問題かもしれない。
誰に言い訳するわけでもないが、人類軍はそういったことに関して何も考えずにシオンのことを受け入れたわけではない。シオン本人に知られているかどうかはともかくとして、裏では厳しく調査が行われていた。
例えば、シオンがとある人工島で起きた大きなテロ事件における数少ない生存者のひとりであることや、その一件で両親を亡くして以降は日本にある人類軍経営の養護施設で生活していたことなどがデータ上でも関係者の証言でもはっきりしている。
生活態度自体はよく、頼まれれば施設の手伝いもしていたそうで職員からの印象は悪くない。
ただ、自由な時間にふらりと姿を見せなくなったり、年齢の割に妙に大人びていたことなどから"少し不思議な子供"とは当時から囁かれていたそうだ。
その後は軍士官学校に入学していてさらに細かな情報がそろっていたので、シオン・イースタルという人間の経歴はひと通り把握できている。
そのデータを精査しても殺人を犯したという事実は見られず、正体発覚後も人間に対して害をなす様子がなかった。
以上のことなどを踏まえ総合的に判断した結果、協力関係を結んでも問題ないなしという結論に至ったというわけだ。
ただ、アンナたちはもちろん上層部も調査結果を鵜呑みにしているわけではない。
"魔法使い"を名乗るシオンが人間では到底見破れないような情報隠蔽の手段を持っている可能性は否定できない。
結局のところ、はっきりしたことは本人以外誰にもわかっていないということだ。
「正直に言えば、俺は殺せるのだろうとほぼ確信していた」
そう口にしたアキトだが、確信していたという割には声に迷いがあった。ただ、彼の心情はアンナにもわかる。
「アタシもね。シオンならためらいなく引き金が引けるもんだと思ってたわ」
決して人殺しを楽しんだり正当化したりするようなタイプではないだろう。それでも、必要だと判断すればあっさりと引き金を引くのだと勝手に思い込んでいた。
本人も「それに足る理由があれば殺す」と明言していたから、というのもある。
しかし実際にそういう場面になってみれば、シオンはテロリストたちを殺すことを避けようとしている。
その選択次第で人類軍内での警戒が強まるだろうとはいえ、どちらの選択でも大差がなく、しかも手加減がそのまま本人の身の安全に影響するのだ。
自身の命のために、そう時間をかけずに"殺す"選択をするだろうと考えていたアンナだったが、その予想は外れた。
最初の一件を合わせて六回の戦闘を終えてもなお、シオンはまだテロリストたちを殺していない。かと言って殺さないと明言したわけでもなくまだ選択すらしていない。
そんな状況だからこそ、アキトは改めてその問題を気にかけているのだろう。
「早くに肉親を亡くしているということもある。……ああ見えて人の生き死にに繊細なんじゃないだろうか」
「どうかしらね……個人的にはそんな可愛い性格してるとは思わないけど」
「俺もそう思っていた。だが、ああもためらわれればそういう可能性も視野に入ってきてしまうだろう……」
そう語るアキトの顔色は悪い。
艦長として仕事をしているときは意図して顔に出さないことを心掛けている彼らしくない姿だが、裏を返せばそれだけ深刻に悩んでいるということでもある。
「(……情が移ってきちゃったのかしら?)」
アキトの立場はシオンのコントロール役、人類軍とシオンの間で常に中立の位置になくてはならない人間だ。
しかし、目の前のアキトはとても中立とは言い難い状態に見える。
おそらくは「人の生き死にに敏感であるかもしれない少年を、無理に戦場に立たせているのではないか」といったようなことで悩んでいるのだろう。
シオンに好意的になってくれること自体はアンナ個人としても歓迎すべきことなのだが、こうも調子を崩されるのはよろしくない。
「あの子は、嫌なことは嫌ってはっきり言えるタイプよ。人殺しが嫌なら嫌ではっきり"殺さない方針で行く"って宣言するわ」
「確かに、やりそうではあるが……」
「でしょ? だからアンタがそういうこと気にする必要はないわよ」
アンナの言葉に、アキトは一応は納得してくれたようだ。
ただ難しい表情自体はそれだけでは崩せない。
「だとすれば、イースタルがああも悩むのは何故だと思う?」
そのことについては、アンナ自身も疑問が尽きない。
シオンの、基本的に命を奪いたくはないというスタンスは理解している。
本人も明言しているし、そもそも一般的な倫理観を持っていれば進んで人を殺したいとは思わない。
しかし、自分の身にも危険が及ぶのにそれでも敵対者であるテロリストたちを殺すことをためらうのは、あくまでアンナの感想ではあるが"彼らしくない"。
「ああ見えて、"敵"には容赦ないタイプなんだけど……」
機動鎧の操縦訓練の際に突っかかってきた特別科の生徒相手に模擬戦でギルと大暴れして完膚なきまでに叩きのめしたり、素行の悪い生徒たちに目を付けられたときに一計案じて全員を退学に追い込んだりと、学生時代を思い起こせばそういったエピソードには事欠かない。
だからこそテロリストたちに対しても同じようなスタンスで厳しく対応するかと思っていたのだが、現実はそうはならなかった。
最近シオンと関わるようになったアキトよりも、そういった過去の出来事まで把握しているアンナのほうが予想が外れたことで受けた衝撃は大きいのではないだろうか。
「そもそも敵と判断していないのか? イースタルは全くテロリストたちを歯牙にもかけていない印象がある」
「あー、それはあるかもね。それに基本的に弱い者いじめは嫌いなのよねあの子」
性格の悪さやえげつなさは本人はもちろん周囲もよく理解していることだが、卑怯なことや狡猾なことはしても弱い者に手を挙げることはしない。
学生時代の例についても、社会的な地位などが自分と同等か上の人間を容赦なく叩き潰すだけだった。
「……テロリストたちは、どちらかと言えば社会的弱者によって組織されている集団だ。人類軍との戦力差も大きいことを思えば弱い者とも言えるんじゃないか」
「……それかも」
テロリストたちの活動は人の命を脅かし治安を乱すものだが、その背景に貧困や格差といったものが含まれているのも事実だ。
そういった弱さに多少同情的になっている可能性はある。
「(でも、本人に自覚あるかないか微妙ね……)」
シオン・イースタルという人間は、頭の回転は早いくせに最終的には直感や感情で動く。
アンナや近しい人間を見捨てられないから人類軍に協力することを選ぶ。それらに害を為されないように上層部を脅すなど、合理的に考えればすべきではない選択をしばしばしてしまう。
そのため、時折考えるということすらせずに判断をすることがある。
"弱い者"なので殺す気にはならない。
しかし現在の立場上捨ておくわけにもいかない。
そういった精神的な判断基準と周囲のややこしい事情が相まって、シオンは判断できなくなってしまっているのかもしれない。




