3章-決められない選択肢-
「シオン・イースタル。来ましたよー」
気楽に声をかけつつ呼び出された会議室へと入る。
中にいるのはアキトとアンナだけのようで、ふざけた調子で現れたシオンに対してツッコミを入れる者はいない。
「ご用はなんでしょう……って言っても、聞くまでもないですかね?」
「まあそうね。わかってるとは思うけど、今後の対人戦闘についてよ」
アキトがテロリストたちの引き渡しを終えて帰ってきてすぐに呼び出されたのだ。
タイミングからして誰だって呼び出された用事はわかる。
「それで? 艦長と教官としては俺にどうしてほしいですか?」
会議室のイスにさっさと腰を下ろすと、シオンはすぐさま本題に入ることにした。
話題がはっきりしているのだから手っ取り早く済ませるに越したことはないだろうと思うのだが、そんなせっかちな態度にアキトは呆れたようにため息をつく。
「少しは議論をしてから決めようとは思わないのか?」
「議論してもいいですけど、多分最終的にはどっちもどっちって結論になって終わりそうじゃないですか」
"命令に応じてくれるシオン・イースタル"と、"人間を殺すのに消極的なシオン・イースタル"。
どちらのスタンスでいることがベターなのかという問題に答えはない。
結局のところ、どちらを選ぼうとも人類軍の内部――特にシオンを毛嫌いしている一派からはシオンに対する文句が飛び出してくることだろう。
"人を殺せること”と"命令に従わないこと"のどちらについての文句になるかどうかというだけだ。
ニュアンスはともかく、どちらにしても騒がれるのだからシオンとしては最早どうでもいい。
個人的にはどうでもよくなったので、巻き添えで被害を被るであろうアキトやアンナにとって都合のいいほうを選んでもらって構わない。というのがシオンの現状のスタンスである。
「おふたりが選んでくれれば、俺が考えるよりは絶対にいい結果になるでしょ? 信頼しているんですよ」
「……"考えるのが面倒だから丸投げしてしまおう"という考えが透けて見えるぞ?」
「なんのことかわからないですね?」
アキトの鋭い指摘にもひるまずシオンはにっこりを笑顔を見せつける。
正直図星だが、バレてしまっていようがふたりに任せるというシオンの選択が変わるわけではない。
それを察したであろうアキトが頭を抱えたが、慣れているアンナはこの程度では動じない。
「"普通に戦って殺してしまってもいい"っていうのがアタシの意見よ。どれだけテロリストを相手にする機会があるかわからないけど、アンタの命あっての話だからね」
殺さないように手加減してシオンの命が脅かされるよりは、割り切って戦ってしまえとアンナは言う。
しかしそれを聞いていたアキトの顔は険しい。
「言い分はわからなくもないが、イースタルに対する危機感を助長する行動は避けたほうがいいんじゃないか? ただでさえ上層部を脅したこともある。できるだけ刺激しないほうがいいだろう」
アンナとアキトの意見は見事に食い違った。
これまでふたりの意見がぶつかるところを見たことがなかったので、純粋に驚いてしまう。
「えー、そこ意見割れちゃうんですか……」
「そうね。元々どっちも一長一短のあることなんだし、別におかしなことでもないでしょ?」
「そりゃあまあ……」
ここまで基本的に意見が一致してきたふたりだが、どちらかの意見に合わせていたわけではないし、本来ふたりとも他人に流されずに自分の考えをしっかり持っているタイプの人種だ。
アンナの言う通り、こうして意見が分かれることもあるだろう。
そう納得してしまったシオンに対して、アンナはニヤリと笑って見せた。
「アタシたちの意見は分かれた。ってことはアンタの意見で決めるしかないわよね?」
「いや、俺はおふたりの都合がいいほうで……」
「そのふたりの意見が分かれているんだ。都合がいいも何もないだろ?」
シオンにとって都合の悪い流れになった事実に気づいたときにはもう遅く、それを察したと思われるアキトまでアンナの言葉に乗っかってきた。
こうなってしまえばもう、ふたりに丸投げしてしまうというシオンの予定通りには進めない。
「……保留!」
片やニヤニヤ、片や真面目な顔で答えを待つふたりに対して、シオンは叫んだ。逃げたとも言う。
「保留ってアンタ……」
「だっておふたりのこと当てにしてたから全然考えてなかったですもん」
「見事に開き直ったな」
ふたりからの呆れた眼差しが痛いが、考えていなかったものは仕方がない。
別に今すぐ決めなければ不味いことでもないのだから、保留にしてしまっても問題ないだろう。
「別に俺たち対テロリスト専門部隊とかじゃないですし、そうほいほいテロリストたちに遭遇もしないでしょ」
基本的に〈ミストルテイン〉は実戦データを集めるための部隊であるし、シオンというアンノウンに対して有効な戦力を持つことを思えば、アンノウンの相手をさせるほうがいい。
中東に来たのもセレモニー出席のための一時的なものであるので、わざわざ対テロリストの作戦に参加させられることもあるまい。
しかし、シオンの言葉に対してアキトとアンナは微妙な表情を浮かべた。
決しておかしなことを言ったつもりはないのだが、ふたりの反応を見るに何かシオンの思い違いがあるらしい。
「まさか、せっかく中東まで来たからテロリスト殲滅手伝えとか言われたんじゃ……」
「いや、そんな物騒な話はない」
「じゃあなんですかその微妙な反応」
「それがね。ちょっと基地の人たちから妙な話を聞いてね」
そう話すアンナだが、どうにも歯切れが悪い。
彼女らしくない振る舞いを見るにその話とやらに何かがあるのは間違いなさそうだ。
「なんかね、最近アンノウンを倒しに行くとテロリストの奇襲に遭うことが多いらしいのよ」
「それは、今回の俺たちみたいに?」
「そうね。まさにそういう感じだって基地の人たちも言ってたわ」
アカネが聞いたという話はシンプルだ。
中東地域で出現したアンノウンに対処するために人類軍が出撃すると、討伐を終えた頃にテロリストたちの奇襲を受けるのだそうだ。
アンノウンたちとの戦いで疲弊したところを奇襲する。
作戦としてはなかなか悪くないが、下手をすれば自分たちもアンノウンに襲われる可能性がある。
「(テロリストたちが人類軍相手にしようと思うなら、そのくらいのリスクは安いもん……なのかな?)」
人類軍とテロリストの戦力差は言うまでもなく大きい。
真正面から戦って勝てるはずがないのでリスク承知でそういった作戦を選んだ。と考えれば別にあり得ない話でもないだろう。
「……ってことは、中東でアンノウン倒しに行ったらテロリストも相手にしなきゃならなくなる?」
「可能性はある」
どこからやってきているのか定かではないが、テロリストたちはかなりの確率で奇襲を仕掛けてくるそうだ。
まだ甚大な被害を被ってはいないそうだが、この辺りの人類軍は警戒を強めているらしい。
「そういうわけだから、早めに結論は出したほうがいいかもしれないわよ?」
「ええ~……」
唐突に出てきた想定外の宿題に、シオンは不満いっぱいにため息をつくのだった。




