3章-殺意の在処-
シオンたちがテロリストたちを無力化してから約一時間後。
〈ミストルテイン〉は近隣の人類軍基地を訪れていた。
本来この基地に立ち寄る予定はなかったのだが、無力化ついでに拘束したテロリストたちをできるだけ早くどこかの基地に引き渡すのがベストだとアキトが判断したのだ。
厳重に拘束しているとはいえテロリストたちを必要以上に戦艦に乗せていたくはない。
加えて〈ミストルテイン〉の本来の目的地である人類軍基地は中東地域でも最も栄えている都市にあるので、そんな場所にテロリストたちという危険分子を連れ込むのは好ましくない。
これらのことを考えれば、アキトの判断は間違いなく最善のものだろう。
そういった事情で立ち寄ることになったとは言っても、シオンには正直関係がない。
あくまで用事は拘束したテロリストたちの引き渡しだけなので、長く留まってもせいぜい数時間程度。
引き渡しと基地の責任者への挨拶に向かったアキト以下数名以外は〈ミストルテイン〉を離れることもない。
当然、その"以下数名"に含まれないシオンは大人しく〈アサルト〉のチェックをする業務をこなすだけなのだが――
「――テメェはなんつー乱暴な使い方しやがるんだこの大馬鹿野郎!!」
基地に到着して少し落ち着いた途端、ゲンゾウのカミナリと拳骨がシオンに落ちた。
脳天に見事に決まった一撃にしゃがみこんで呻き声をあげることしかできないシオンを見下ろすゲンゾウは鼻息荒く腕組みしている。
「機動鎧はなあ、体当たりするようにはできてねえんだよ。んなこたぁ新米とはいえ技師の端くれのテメェだってわかってやがるよなあ?」
「ぞ、存じ上げております……」
「じゃあなんでテメェはあんなことやらかしてんだ?」
鋭い目つきでこちらを睨むゲンゾウに対して、シオンは黙って挙手した。
授業中の学生のような振る舞いに、たたみかけるようだったゲンゾウの言葉がひとまず止まる。
「それについて、まず俺の言い分を聞いていただきたいです!」
「……言ってみろ」
「魔力防壁でバッチリガードは固めて、機体にダメージがいかないように最大限注意しましたので、カミナリくらうような悪いことは特にしていないと主張します!」
調べればすぐにわかることだが、〈アサルト〉に体当たりや避けなかった攻撃によるダメージは一切ない。
出撃前と比較してもほとんど変化がないくらいに良好な状態で戦いを終えて戻ってきている。
体当たりという無茶の結果機体が損傷して戻ってきたのだとすれば、当然それはカミナリも拳骨も甘んじて受け入れなければならないが、今回の場合は叱られる要素はないはず。
そんなシオンの主張を受け、その場からしばらく〈アサルト〉の状況を確認したゲンゾウは、最終的にフンとひとつ鼻を鳴らして腕組みを解いた。
腕組みは彼の説教時の基本姿勢のようなもの。それを解いたということはシオンの主張が通ったという証拠でもある。
「……あんな無茶苦茶しやがったくせに傷ひとつねえとはな」
「俺の防壁、そこいらの装甲板なんて目じゃないくらい防御力高いんで」
胸を張れば殴られないながらも耳を引っ張られた。
乱暴な態度を見るに、理由がないので説教まではできないながらも釈然とはしていないらしい。
「にしても、テメェまさかとは思うが今後も人間相手にするときはああするつもりじゃねえだろうな?」
「そこは……ちょっと検討が必要ですかね……」
シオンも好き好んであの戦い方がしたいわけではない。
しかしシオンが人間を殺ししまってよいのか悪いのかについては、結論が出ていないというのが現状だ。
殺そうが殺さまいがシオンにとってリスクはあるのは間違いない。
正直に言えばアンノウン狩りに駆り出されること以外をあまり考えていなかったので今回のようなパターンについて対策を用意していなかったのだが、この機にしっかりと考え直す必要がある。
「めんどくせえな」
「めんどくさいですね」
心底面倒くさそうなゲンゾウにシオンは苦笑することしかできない。
「とにかく、他の方法なりなんなりはさっさと考えろ」とだけ告げて去って行ったゲンゾウを見送って、シオンは〈アサルト〉のチェックを開始した。
『……人間ってのはほんとにめんどくせえなぁ』
面倒と口にしているが、ニュアンスとしては嫌そうに朱月が言う。
ひょっこり出てきた朱月だが、現状彼は〈アサルト〉の心臓のようなものなのだ。事情についてはゲンゾウ以上に理解できている。
そして彼の鬼としての性質を鑑みれば、シオン以上に現状をわずらわしく感じてもおかしくはない。
『てろりすとだかなんだか知らねえが、敵ならぶっ殺しちまえばいいじゃねえか』
『殺すと面倒なことになりそうって話だよ。お前ならわかってるだろ?』
『恐れられること気にして鬼なんてやってられっかってんだ』
頭の回る朱月のことなので、殺してしまうことでシオンに降りかかる問題を理解できていないとは思わない。
今回のこれは、単純に鬼としての在り様と取らなければならない行動のギャップに不満があるのだろう。
つまり、愚痴のようなものなので聞き流していいものだと判断して〈アサルト〉のチェックを進める。
『つーかよぉ。シオ坊はどうなったら人間殺すんだ?』
しばらくぐだぐだと不満を垂れ流していた朱月だったが、何を思ったのか突然そんな質問を投げかけてきた。
『どうなったらって……』
『ギャーギャーうるさい眼鏡の小娘も気にしてねえし、自分の命狙われてもどうでもよさげだったろ? 俺がお前の立場なら見せしめがてら小娘と暗殺騒ぎの主犯どもくらいは皆殺しにしてるところなんだが』
『あー、お前ならやりそう』
『シオ坊も気が長い性質でもねえだろ? 何されたら殺すんだ?』
普段のようなからかい半分の言葉かと疑ったが、どうも今回は純粋な疑問らしい。
「(鬼って息するように人殺すからな……)」
そんな朱月からすると、力も経験も足りているであろうシオンがなかなか人を殺さないのは不可解に見えるのかもしれない。
『んー……腹立つことされたら、殺しちゃうかな』
『ここひと月そこそこ、一回も腹立ってねえのか?』
『少なくとも殺そうって気になるほどのことはないかな……正直どうでもいいし』
日々何かと突っかかってくるミスティも、暗殺を企てた名前も知らない人々も、シオンのことを決定的に怒らせるようなことはしていない。
人類軍との関係に亀裂を入れるリスクを冒してまで殺すほどの理由は特にないというわけだ。
『なるほど……』
『満足できたならちょっと静かにしてもらっていいか? 一応仕事中なんだよ』
『へいへい』
愚痴と質問で満足したのか案外素直に従った朱月の気配がゆっくりと遠のいていくのを感じる。
『でもまあ、シオ坊みたいなのを怒らせたときが一番やべぇことになるんだよなぁ』
愉しそうな言葉を最後に残して、朱月の気配は感じ取れなくなった。




