回想 【開始】
「それでは、これより新たな守護者の挑戦が始まる!」
木草樹が見守る中、私、ヌメっち、それぞれの方角の一番信頼できる部下が守護者交代戦に集まっていた。
場所は、私とヌメっちが守護者と戦ったところと同じで木草樹のすぐそばだ。
「う~ん、それにしても懐かしい雰囲気よねぇ……」
「せやなぁ……」
私達は、この雰囲気をヌメっちが交代戦へ挑んだ時に感じていた。
最も、あの時とは逆であるのだけど……。
「頑張ります、母様!」
そう言って、こちらに笑いかける紫陽花の両手には【葉切の斧】が握られている。
もう彼女の斧の使い手としてのレベルは相当の域に達していた。
「うん、頑張ってね!」
私は視線を紫陽花の前に連なる蟹の集団へと移した。
「本当にあの時とは逆ねぇ……」
私とヌメっちの交代戦の時は、私達側がアウェイだった。
しかし、今回は昔からこの【サルト】で暮らしていた蟹達の方がアウェイだ。
私を含む全ての生物が、紫陽花が勝つことを望んでいた。
というのも、どうにもこの紫陽花が木草樹に気に入られ過ぎているようなのである。
「あんたさぁ……やけに紫陽花にお熱のようだけど、なんか理由でもあんの?」
私は真後ろでこの戦を見守る木草樹を見上げた。
「ふっ、特に理由なぞ無いな」
「そーぉ?あの美味しそうな連中って昔から【サルト】に住んでた奴らでしょ?普通なら、あっちの方を応援したくなるんじゃない?」
私の意見を木草樹は鼻で笑った。
「フン……、一緒の時間が長ければ情が出るのは分かる。が……だ、もし貴様が魂と蛙の戦いがあった場合、どちらもそんなに親しくないとしたら同じ種族の応援をしないか?同じ魂のみで生きる者を応援してやりたいという気持ちにはならんのか?」
「あー……、それはそうかも……。蛙なんかよりも、魂応援しちゃうわねぇ……」
「なんでやねん!!」
私と木草樹の会話にヌメっちが良い感じでツッコミを入れてくれた。
確かに、木草樹の意見は一理ある。
どれだけ長く木草樹の管理する国である【サルト】で住んでいようと、木草樹からしたらあの蟹達は他人も同然くらいの関係なんだろう。
そんな【サルト】に自分と同じように意思のある植物という存在が現れた。
正に同族と呼ぶに相応しい相手に肩入れしても、確かに仕方がないと思う。
私自身、同じように魂だけで存在する種族とやらを見たことが無い。
もしも、そういった種族に巡り合ったら変な仲間意識を持って、絶対に嬉しくなってしまうだろう。
木草樹もきっとそんな気持ちに違いない。
偶然にも意思を持った植物に同族意識で、応援しちゃっているわけだ。
「それでは、そろそろ戦闘を開始します!両者、向かい合ってください!!」
蟹の集団と紫陽花の間に立つのは、ドラゴンの下で修行中のファンちゃんだ。
今回は、この試合の審判の役割を木草樹に命じられたらしい。
なんか、ひらひらした少女趣味の服を着ているのが非常に可愛らしかった。
「あれ、ドラゴンのおっさんの趣味らしいで……。もう、孫娘のように可愛がっとるらしい」
「ああ、そうなんだ……」
ファンちゃんは、こちらに気が付いて一度私達にお辞儀をした。
それを私達は手を振って返す。
木草樹が紫陽花を応援しているってことは、この場に蟹の連中を応援している者はいないという事になる。
今回、父である守護蟹の後を継いだ一際大きい蟹と、その親族が紫陽花の戦闘の相手となる。
彼らは、もう既に【木縁樹草風華】の加護の対象では無くなっていた。
だから、今までの木草樹に不満を持つ者達が、この場に全員集まったという事らしい。
「一対大勢との戦闘となるが、これ位出来ないようならば守護者としての価値は無い。我に反感を抱いたものを始末するのが、最初の仕事となるだろう!」
「それでは、戦闘開始!!」
木草樹の言葉の後に続いて、ファンちゃんの試合開始の声が響いた。
「我が父を殺した恨み!晴らさせてもらうぞ、小娘!!」
巨体を揺らしながら、大きな蟹が紫陽花に迫っていった。
「?」
小首を傾げたままの紫陽花が、その巨大なハサミを避けた。
彼女の体には【木縁樹草風華】が纏わっており、様々な強化の加護を受けていた。
ただ大きいだけの蟹に負けるなんてことは、天地がひっくり返ってもありえない。
「但し、普通に戦った場合ならば……やな」
私の心の中を読んだかのように、ヌメっちがぽつりと呟いた。
「いただきます!」
紫陽花が斧を振り下ろした。
その斧を横から割り込んできた小蟹が大蟹の代わりに受けて切断された。
「ぶくぶくぶくぶくぶく!!!!!」
大蟹が泡を口から吐き続ける。
一瞬で、その効果に気が付いたファンちゃんが後ろへ下がった。
その泡は地面を覆い、シャボン玉のような物は空中を漂った。
「わぁ~、綺麗。……でも、これ怖いですね」
ゆったりと近づいてくるシャボン玉を、紫陽花は斧で叩き割った。
「!?……ゲホ、エヘ!!ケホケホ!!」
途端に紫陽花がその場でうずくまって咳き込んだ。
「やっぱり、毒と酸の特性を持つ泡……。ヌメール先輩の教えが無ければ、私も気が付きませんでした……」
ファンちゃんがそう呟いていたのを私は聞き逃さなかった。
「あんた!!なんで、紫陽花には教えてないのよ!!」
「いや、ちゃうねん!!ファンは同じ蛙として、毒攻撃出来そうやったから教えただけで他意は無いねん!!それでも、まずったなー……」
ボリボリと頭を掻くヌメっちの視線の席には、毒で苦しむ紫陽花が涙目を浮かべていたのだった。




