初恋
「……遅い、シャワー浴びんのにこんなに時間がかかるものかねぇ~」
このカッコいいポーズを取り続けているのにも疲れてしまった。
ふぅ、少し休憩……。
ガチャッ!
「やぁ、お風呂は気持ちよかったかい?」
私は、ようやく姿を現した卵に、すました笑顔を向けた。
だが、心臓はバクバクいっていた。
あっぶね~!!
慌ててクールを装う事に成功したけど、もう少しで化けの皮が剥がれるところだったよ……。
「……あんた、未来の私よね?」
そんな私の裏の事情なんて知らずに、卵は私の姿に驚いていた。
ああ、そっか。
【変身】を知らないんだもの。
当然、この姿を見るのすら初めてか……。
「そうだよ。あのおっさんの体が気持ち悪かったんでね。ちょいと改造させてもらった」
適当に誤魔化した。
まだ、何か納得していないような表情を浮かべる卵に、もっともらしい嘘を並べてやる。
「なにも、驚くことじゃないよ。整形なんて手術でもできることだ。それに、私は魔力の限り再生できるからね。術後の経過なんて必要ないし」
本当ならば、色々と進化とか細胞分裂とかで生まれ変わると言ったほうが正しいのだけど、それはいずれ自分が辿り着くべき真理だ。
まぁ、もっとも私がここで本当の事を色々と説明したところで、どうせ生後半年程度の知識しかない卵には理解できないだろう。
「……何を話すっていうの?」
卵が必要最低限の言葉で、こちらの意図を聞いてきた。
私個人の気持ちとしては、これから起こる事を包み隠さずに全部話してしまいたい。
そうすれば、これから30年後に起こる私の処刑を避けることが出来るかもしれないし、卵のこれからの魂生が非常に楽なものになるだろう……。
だけど、それはこれからの出会いすら奪ってしまう行為になりかねない。
ヌメっち、鈴ちゃん、詩ちゃん、双葉ちゃん、一葉ちゃん、ファンちゃん、恭太くん等々……みんなみんな、私の大切な人達だ。
だから、こちらも必要最低限な事しか話はしない。
「それは、君が聞くことだ。私は、君が聞きたいことにだけ答えることにするよ。未来を無駄に知りたくはないだろう?」
露骨に卵の顔が歪む。
そんなに怖い顔をするない……、こっちはあんたの為を想って言っているんだからさ~。
「ああ、そう。じゃあ、聞くわ。あんたは、どれくらい後の私なの?」
よし、先輩としての威厳を見せてやろうじゃないか!
「魂年齢で言うなら、320年ってところかな?長生きできているだろ?」
「っ!?」
あまりの年齢差に卵は絶句していた。
ふふん、私はあんたの640倍長生きしてんだよ~ん。
年齢で上とか下とか言うのは嫌いだったが、この卵は他の卵と比べて少し生意気に感じた。
生後半年で世間知らずだから仕方がないとはいえ、もう少し先輩というものを敬う気持ちを持てという気持ちで、現実を突き付けてやったのだ。
「ふわぁ~……」
いかんいかん……。
前回の転生でもそんなに休めていないので、まだまだ【アダモグランディス】での疲労が取れていない。
体が非常にかったるくて、ポカポカ陽気も相まって眠気が出てきたようだ。
とっとと、話を進めることにしよう。
「ハッキリ言って、信じられない経験ばかりしてきたよ。今までも、これからもだろうけどな。ただ、これだけは、忘れちゃいけない……。始まりがあれば、終わりがあるんだ。私にもな。私が何のために生まれてきたかを忘れてはいけない」
とりあえず、【アダモゼウス】との鬼ごっこを匂わせておく。
きっとこれは、ほぼ永遠に生きられる私にとって寿命になり得る出来事だ。
「まいったなぁ……。考えたことなかった……んじゃなくて、考えたくなかったことだったんだよねぇ~」
苦い顔をして俯く卵。
そりゃ、そうか……。
まだまだ彼女は、生後半年程度なのだ。
考えろってほうが、早すぎるかもしれない。
「早めに考えといたほうがいい。時間は、有限だからな。先輩からの忠告だ」
「肝に免じておきます」
素直にお辞儀をする卵に、私は好感を持った。
うむ、少しは先輩を敬う感じになってくれたんじゃないかな?
じゃあ、少し特別サービスをしてやろう!
「……これは、独り言だから、無視してくれていい」
きょとんとする卵を無視して、私は言葉を続けた。
「私は、精神だけの存在だ。もし、鍛えるなら魔法の国【ウラヌス】を全ての転生先で目指すべきだ。あそこには、学ぶべきことがいっぱいあるからな~。私も昔、大変世話になった」
大ヒントをくれてやった。
さすがに、今後の生活に【魔法】が無いと非常に不便だろう。
「……随分と、お優しいんですね。先輩」
卵の言葉に、別荘の存在を思い出した。
若い卵を助けたり、先輩卵に助けてもらったりと、あそこの暮らしは苦しい転生生活を続ける私にとって、本当に癒しになった。
「……私も先輩にやさしくしてもらったからな~、お返しだよ」
素直な本心からの言葉だった。
私と卵はお互いに顔を見て、にやっと笑った。
「ありがとう」
「いやいや、独り言だよ。……で、他には質問あるかい?」
卵も何やら素直な感じになっていた。
次々と矢継ぎ早に飛んでくる質問を無難に返す。
「ふむ……」
全ての質問を返し終わった時、彼女は一人満足して頷いていた。
結構適当な感じで返してしまったけど、まずは【ウラヌス】で【魔法】を覚える事の方が重要だ。
なんとかしてあそこを目指すように仕向けないと、魔法が理解できず今後が大変になるからね。
……まぁ、でも、せっかくの魂生なんだ。
どうせならば、必死に生きるよりもそれなりに楽しみながら生きてほしい。
世界は、本当に面白いのだから……。
「はっはっは、悪いねぇ。あんたは、まだまだ魂年齢半年のひよっこなんだよ。まだ、自分で色々考えて行動したほうが良い時期だ」
正確な回答を避けたことを謝罪しつつ、私は立ち上がった。
あまり長く一緒に居ても、そろそろボロが出そうだし、退散させてもらうとしましょうか……。
【アダモグランティス】にいるのが長すぎたようだ。
この子と話している間に、大事なことを思い出した。
私が一番、この世で会いたかった人の事を……。
「さて、そろそろ私は行くよ。時間がもったいないからね」
グッと、思いっきり背筋を伸ばす。
ずっと座っていたせいで、体が凝り固まってしまったようだ。
「……どこに行くの?」
「さてね。自由に生きてるようで、不便に生きてるからね~。まぁ、今の目的に従って生きてるってのは、自信をもって言えるよ」
初めは、少し会いたいだけだった。
でも、会えないほどにその切ない気持ちがどんどん強くなっていった。
そして、先ほど会えると気づいた瞬間に、気持ちが止まらない。
冷静を装ってはいたけど、本当ならばとっとと駆け出したいくらいの気持ちだった。
「んじゃ、長生きしなさいよ」
卵が私に向かって、軽く手を振る。
その姿を見て、重要な事を話していないことを思い出した。
私は、内心慌ててその事を口にした。
「ああ、そうするさ。んー……、1つだけ忠告させてもらってもいいかな?」
「何?」
「この後、2回目の転生の時に、また未来の自分と会う機会があるんだよ」
「うん」
「その時の出来事を、絶対に忘れるな!」
これは、前もって言っておかないといけないことだった。
320歳の私ですらまだ経験していない、未来の私とアダモゼウスの戦い……。
今の私でさえ、一挙手一投足を全て記憶している。
だからあの時に、遙か格上のアダモゼウスに対抗できたのだ。
思い出しながら戦えば、なんとかあの場は凌げるのだろう。
だからこそ、絶対に念を押しておかなくてはならない。
彼女自身が辿り着く未来の為にも!
先ほどまでの雰囲気とは、打って変わり真剣な感じで言ったのが響いたのか、卵も真剣な表情で頷いてくれた。
よし、これなら、大丈夫でしょう!
私は真剣な彼女を見て、にこりと笑った後に片手を上げた。
「じゃあ、またね!転移《【テントナル】→【ウラヌス】》」
そう言って、私は【転送】で【サルト】へ飛んだ。
最後の最後まで、ウラヌスへ行かせようと誘導する先輩の鏡。
というか、あそこに行く前に【サルト】なんかに行かせられないわ!
こそっと、一番初めに覚える移動魔法【転移】についてもヒントを上げられたし、一番最初に会った卵として十分な責務を果たせたような気がする……。
「それにしても、私が一番初めに卵と会ったのって1302年だったんだねぇ……」
すっかり忘れていた。
もう、魔女ZEROも亡くなっている時代。
そして、詩ちゃんも寿命で亡くなっている時代だ。
誰もいなくなった世界だけど、1人だけいつ行っても私を待っていて温かく迎えてくれる人がいた。
木漏れ日の中、彼は倒れた木に腰かけて、いつもと同じ感じでこう言った。
「なんや、卵かいな……。誰かと思ったで」
黙って走る。
そして、思いっきり彼に抱き着いた。
「なっ!なななな、何、何が!?!?」
私にとって、彼がどれくらい大切で重要な存在なのかを再確認した。
嬉しさの涙が溢れて止まらない。
喉からも嗚咽が響くだけだ。
「……何があったんか?」
「ううん、何も……」
彼は私をぎゅっと力強く抱きしめると、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
私が落ち着くまでずっと、ずっと……。
一人きりで転生生活を繰り返して、時代が変わっても同じように接してくれる。
一定に流れる時の中で、彼は変わらずに接してくれた。
それは、どれほど大変な事なのだろう。
私は、彼から他の私についての話題を聞いたことが無い。
きっと、未来の私についての事を知ったら混乱するからだと思う。
そんな気遣いに全然気が付けていなかった。
離れていて気が付くことが山ほどあった。
素直に私は、彼が好きだ。
この気持ちに気が付くまでにえらい時間が掛かったように思う。
私は、ヌメっちに恋をしていた。
初めての恋が蛙ってのに自分でも笑ってしまいそうだけど、仕方がない。
好きになっちゃったものは、止められないもん!
「いやぁ……卵。そろそろ離れてくれへん?服がびちょびちょできしょいんやけど……」
「……やだ」
私は、胸に顔をうずめたままでいた。
きっと、私の顔は涙と鼻水でぐちょぐちょだ。
それに意識してしまったんだ。
誰が見てもおかしいくらい真っ赤になっているに決まっている!
私は顔に集まった血が引くまで、最愛の親友であるヌメっちに顔をうずめたままでいた。
<今回の転生先で知ったこと>
・ヌメっちへの自分の気持ち
212話でようやく17話の逆サイドに追いつきましたね。




