時を駆けるメイドさん
ボガッ!
「いづっ!!」
突如殴られた頭の痛みに一気に痛みが覚醒した。
「あ、あれ?……ここは?」
私は、慌てて辺りを見回した。
「ぐぅっ!!」
その仕草をした時に、左胸部分に激しい痛みを感じた。
「ああ、そこの傷、早めに治さないとまずいと思うので、早く治していただけませんか?」
「へ?」
私が、声のした方へ顔を上げると、そこにはメイドさんがいた。
艶やかに伸びた長い黒髪。
両手には、指貫の皮手グローブ。
鼻のちょっと上程度で、綺麗に切り揃えられた前髪の隙間から僅かに覗く瞳。
可愛いというより、儚げで美しさを感じる美人のお姉さん。
足首ほどの長さがあるスカートの厳かな紺色のメイド服は、彼女にとても似合っていた。
そして、腰の両側には、どこかで見たことのある二本の短刀。
……いや、まさかねぇ。
だって、ここ過去だよ?
彼女が生まれた時代からだいたい1000年くらい前だもの。
私は、頭を左右に振りながら、【自己強化再生】で胸の傷を治した。
「えっと、一体、何がどうなってるんですか?」
とりあえず、聞いてみる。
私は、あの男に眠らされてからの記憶が無い。
このメイドさんが助けてくれたのだろうけど、恐らくこのメイドさんと私は面識がないはずだ。
……いや、でも似てるんだよなぁ。
あの娘に……。
それに、あの短刀も絶対【千雨】と【時雨】よねぇ……。
あれこれ考えている私の前に立ったメイドさんは、いきなり私に向かい跪いた。
「卵さん……ですよね?」
「あ、はい……」
突然の出来事に、間の抜けた返事を返してしまう私。
そんな私の顔を見上げて、彼女はにこっと笑うと自己紹介を始めた。
「名乗るのは、初めてだと思います。私の名前は、【春風 詩】。貴方に昔、助けていただいた殺人鬼でございます!」
ニコニコと笑いかけるメイドさんに、私も思わずニコニコと笑顔で対応する。
……うん、誰!?
それが、私の正直な感想だった。
何、そのくっそ恥ずかしい名前は!!
詩って書いてポエムって読ませるなよ、バカチンがぁ!!
私は、敢えて口に出さなかったが、心の中で思いっきりツッコミを入れ続けていた。
「……えーっとぉ。殺人鬼?」
「はい、当時は、そうでした。今は、【ししょー】付きのメイド兼、弟子ですけど!」
「………………ごめん、全然話についていけないから、一から説明してもらってもいい?」
「あ、はい……。えーっとですねぇ……」
「詩ちゃん!ちょっといいでしゅか?」
「はい、なんでしょう?庭鳥さん」
いつものように庭の植物へお水を与えていたら、庭鳥さんに呼ばれた。
私は、植物の水やりを切り上げて、庭鳥さんのところへ行くと、後をついてくるようにと言われた。
言われるがままに、後をついていくと、【ししょー】の屋敷の地下の一室の中へ案内された。
そこは、全てが真っ黒な部屋で、私の【ししょー】も部屋の中にいた。
「さて、今が良い時間帯なんだな、ピヨコ?」
「そうでしゅね。きっと、今ならば【アダモゼウス】に気づかれることなく、時間移動が可能なはずでしゅ。とは言っても、警戒されている私や、リュンクスちゃんは、無理でしゅけどね……」
何やら、二人は私の前で難しい話をしていた。
この二人は、私の命の恩人だ。
キツネのお面を付けた方が、私の【ししょー】のリュンクスさん。
好きな食べ物は、トンカツ。
そして、こちらの幼女が、私の【先生】の【巣作 庭鳥】さん。
好きな食べ物は、お餅。
私は、住んでいた街である生物に操られて、大量の人間を殺めてしまった。
精神的にも肉体的にもボロボロだった私を、ここまで立派に戻してくれたのがこの二人だ。
本当に感謝をしきれないくらい、二人を敬愛している。
そして、あともう二人ほど、私は感謝している人がいた。
それは、殺人衝動に操られていた私を救ってくれた二人の女性。
「おい、詩!ボケっとしてるな?大丈夫か?」
突然掛けられた【ししょー】の声にビクっと体を震わせてしまった。
どうやら、二人のやり取りを見ているうちに昔のことを考えてしまったようだ。
「は、はい。……すみません、聞いてませんでした」
私の言葉に、やれやれと首を振る先生。
先生は、大きなため息を一回吐くと、最初から説明をしてくれた。
「詩ちゃん。詩ちゃんを助けてくれた【卵】ちゃんと、【双葉】ちゃんに恩を返す時が来たんでしゅよ」
「……へ?どういうことですか?」
「あの事件から5年もの歳月が流れましゅた。リュンクスちゃんの修行にも、私の勉強にも、しっかりと耐え抜いてきて、ようやく一人前と認められるほどの実力を付けたと、私達は判断しましゅた。そこで、許可を出しましゅ!」
「許可?」
私の言葉に黙って頷いた後に、先生は口を開いた。
「【卵】ちゃんと【双葉】ちゃんは、同時にものすごいピンチに陥るタイミングがあるんでしゅ。そこを、詩ちゃんには、助けてあげてほしいんでしゅ。……できましゅか?」
「当然です!むしろ、願ったところです!!」
私は、思いっきり胸を叩いた。
自慢のバストが、たゆゆんと揺れ、それを見た先生が若干不機嫌になった。
「んじゃ、詩ちゃんの【斬追】に限定で【時空跳躍】を付けるでしゅよ」
「へ?【時間跳躍】?」
「ああ、詳しく説明してなかったでしゅね……。彼女たちがピンチに陥る瞬間、それは過去なんでしゅ。それも、紀元前という果てしなく前の……」
にや~っと嫌な笑顔を浮かべる先生。
これは、ヤバイ予感がする。
だって、先生があの笑顔を浮かべるときは、大抵かなり難しい課題を出してくる時だ。
5年間、この二人と一緒に暮らしているからこそ分かる、いつものパターンというやつなのだ。
「そこで、詩ちゃんは、過去に行って二人と協力して国造りをしてきてほしいんでしゅよ。ぶっちゃっけ、とんでもないほど危険な時間旅行になると思うでしゅ!」
国造りという言葉を聞いて、とんでもないスケールの話に一瞬意識が飛びかけた。
恩返しとは言え、今までで一番難しい課題を出されたような気分になった。
しかし、同時に嬉しい気持ちも湧いてきている。
5年間、ここで培った力を駆使して、ようやく恩人達に恩を返せる時が来たのだ。
「上等です!この一生かけても返しきれない恩、少しでも返しに行ってきますよ!」
私は、腰にぶら下げた愛刀を握ると、先生に力強く返答したのだった。




