睡眠都市
間に合った!
私は、男の剣を弾き飛ばして少女と男の間に割って入った。
そして、そのまま少女を庇う様に前に立つ。
「なんだ、貴様は!!」
さっきまでの丁寧な口調は、どこへいったのやら?
男は、慌てて私に向かって剣を構えつつ、じりじりと間合いを取ろうとしていた。
だけど、逃さない!
私は、両手に持った短刀で、確実に相手を追い詰める様に剣撃を繰り出していく。
「ぐっ!くそ!!お前、魔女の仲間か!!答えろ!!」
無駄な言葉は交わしたくないのは、私の恰好を見れば一目瞭然だと思うんだけどねぇ……。
私は、口元を布で覆っていた。
そして、呼吸を止めて行動しているのだ。
「何故だ!?どうして、答えん!!」
徐々に押され始めた男が、さっきから私に対して何度も質問をぶつけてくる。
だけど、答えるはずがない。
だって、答えたら摂取してしまう。
この都市全体で栽培している【睡眠草】の欠片を……。
私がこの町を訪れたのは、二日前だった。
町を訪れただけで、なんだか気分がふわふわしてきて、ものすごく眠くなったのだ。
初めは、旅の疲れからきたものだと思って、町を離れて仮眠を取ったのだが、町に戻ると同じような症状がまた出始めた。
おかしいと思った私は、この町のことを調べた。
そして、ある事を知ったのだ。
……この町では、率先して【睡眠草】と言われる植物を栽培していて、それを加工した物で、住民は生活をしていた。
建物に使うレンガや粘土、着る服の着色料、化粧品、香水、食べ物、飲み物、ありとあらゆる物に、【睡眠草】の粉が入れてある。
【睡眠草】は、猛毒の草だ。
その草の成分には、生物をものすごく眠くさせる効果がある。
当然、この町の住民も初めは、睡眠導入効果のある草のせいで、毎日のように倦怠感を感じていて、住民の中には、寝すぎて衰弱死した人もかなりいたらしい。
だが、徐々に耐性をつけていって、より強い耐性を持った子供たちを産むことを繰り返し、今では、完全な耐性を手に入れた住民が住んでいるという訳だ。
常時、町の下水溝口から排出される【睡眠草】から作られたガス。
埃やチリに至るまで、この町の全てが言ってしまえば【睡眠薬】そのものなのだ。
この町の住民以外は、呼吸をするだけで、徐々に意識が落ちていくだろう。
帝国【サーベルアダモ】、存在自体が罠のような国だった。
他の町では、麻痺系の毒草や、出血性の毒草であった。
恐らく、町によって毒草の種類を変えているんだろう。
だとすると、この参謀長を名乗った男の能力が見えてくる。
私は、思いっきり短刀を振るい、相手の剣を弾き飛ばそうとするが、流石は参謀長と言ったところであろうか……。
私の剣撃は、ことごとく受け止められてしまった。
「は、ははは!!中々の腕前だが、所詮は小娘よ!力が全然足りないようですなぁ!!」
私がよく【ししょー】に言われた短所を指摘され、思わず奥歯を噛みしめる。
ならば、これならどうだ……。
私は、両腕を振り上げると、自身の体ごと思いっきり回転して、相手を斬りつけた。
全身のバネを利用して、二本の短刀を相手に叩き付ける。
「があっ!!」
ガジィ!
金属と金属がぶつかる嫌な音がして、相手の体が僅かにふらつく。
どうやら今度は、受けきれなかったようだ。
その隙に、私は一気に間合いを詰めて、相手の心臓を外に晒す勢いで、胸元を斬り込んだ。
「ぐぅ!」
ポタポタ……。
浅い……。
確かに手ごたえはあったが、いつもの肉を切り裂く感覚が伝わってこなかった。
相手は、右手で胸元を抑え、左手に持った剣でこちらを牽制していた。
ちぃ!ギリギリで躱されたか……。
私が思っていたよりも、身体能力が高いようだ。
そして、ぜえぜえと荒い呼吸をする彼を見て、私は確信した。
さっき、卵さんが言っていた【睡眠欲】を操れる能力は間違いで、こいつの本当の能力は、【全ての状態異常が効かない能力】なのだろうと……。
ふむ。
だとすると、少し不味い……。
私が息を止められていられる時間は、最大で7分程度である。
もう既に5分は経過していた。
そして、ここは町の中心部。
ここから無事に呼吸が出来る場所まで50kmほどあるだろうか?
どちらにせよ、あと2分もしたら【睡眠】効果のある空気を吸わざるを得ない。
まぁ、普通ならばだけど……。
私は、【斬追】で、一旦50km以上離れた場所の牛さんの元へ移動した。
突然現れた私に驚いた牛さんは、牛だけの猛スピードで逃げていった。
お尻に残った十字傷が若干痛々しい。
「まぁ、いきなり襲ってきた君が悪いんですからね!食べないだけ、感謝してほしいですよ!!」
私は、そう言った後に、思いっきり空気を吸い込んだ。
そして、【斬追】で、先ほどの場所へ戻った。
「なっ!」
突如、男の後ろに現れた私に対応しきれず、男は私の蹴りを思いっきり受けた。
地面を思いっきり転がり、そして動かなくなった。
……ふむ、先ほどの感じから、大分魂を消耗していたと思ったけど、案の定だったかな?
当然、今の蹴りはただの蹴りでは無い。
【先生】である庭鳥さんに教わった能力拳法【精神無気】の蹴りだ。
能力拳法【精神無気】は、魂を直接攻撃する技。
相手のMPに直接ダメージを与える。
この世界では、MPが0になるということは、魂の消滅を意味する。
そして、MPの回復手段は、睡眠である。
この【状態異常無効】の男は、きっとどんなに疲れても眠くならないのだろう。
【睡眠欲】とは、本来は精神があげた悲鳴である。
つまり、眠らないと精神が参ってしまうという合図なのだ。
だけど、眠くならない男は、それに気が付かない。
仮眠だけで精神を擦り減らし、これまで生きてきて、MP残量はほとんどない。
そこに、決まった【精神無気】。
……彼は、もうここで消えていくだけだろう。
私は、短刀を鞘に納めると、卵さんを起こそうと彼女を抱き上げた。
しかし、私は自身が甘かったことに気づかされた。
今の時代は、戦争の真っ最中だ。
死ぬ覚悟どころか、魂の消滅すら覚悟している者がいる。
「【呪地:アダモグランディス】」
そう言って男が放った黒い靄に、私と卵さんは閉じ込められる。
「あーっはっはっはっは!!!貴様ら、魔女はもう終わりだ!!!もう、この地から逃れられんぞぉ!!」
ひとしきり大笑いした後に、男はパタリと倒れて動かなくなった。
呼吸はしているが、目の焦点は合わず、ピクリとも体を動かそうとしなかった。
……彼は、今、魂が消滅したのだ。
私は、【魂糸】で卵さんと私を包み込むと、【転送】で先ほどの牛の場所まで移動した。
「厄介な事になっっちゃいましたね……」
私は、そう言って、左の手の甲を見た。
そこには、黒い刺青のような痣が入っていた。
【呪い】。
庭鳥先生から教わったその言葉が、私の頭の中を何度もぐるぐると回っていた。




