第四章 『警部・真中優一郞の推理』⑥
エレベーターが開き、優一郎と小山は一階の待合所に着いた。
「被疑者は久保真澄で決まりですね。首にアンクレットをつけた人形のことを問い詰めれば、何か出てきますよ、絶対」
鼻息を荒くする小山に対し、優一郎は冷静に言った。
「城崎小百合の証言、変だったと思わないか?」
「どこがですか?」
「彼女の怪我は野犬に咬まれたもので、久保真澄に傷つけられたわけではなかった。それなのに、彼女の話しぶりは、久保真澄が犯人であると確信したものになっていたんだ」
「それはそうでしょう。城崎小百合は、自分の婚約者を殺したのは久保真澄だと推理しているんですから」
「それだけじゃない。彼女は、森の中で指を咬まれたと話した。だが、森からこの病院までは車で四十分近くかかるんだ。怪我をして血を流しながら、果たして、それだけの距離を運転できるだろうか?」
「必死だったんでしょう」
「そうかもな。だが、どうしても引っ掛かるんだ。城崎小百合は、嘘をついている気がしてならない」
「だから、アンクレットの件も、チョーカーだと言う彼女に話を合わせて、詳しくお話しされなかったんですね」
「あぁ」
「さて、どうします? これから」
「俺は、城崎小百合の怪我について、担当医に話を聞いてみようと思う」
「では、自分はどうすれば」
小山は指示を仰いだ。
「森へ行って、人形を探してみてくれ。話の具体性から判断するに、首にアンクレットをつけた人形が森にあるのは恐らく本当だ。タクシー会社に連絡すれば、場所も特定できるだろうからな」
「分かりました」
小山が病院を出るのを見送ると、優一郎は、小百合の指を処置した医師の許へと向かった。
「え? 欠損?」
そこまでの大怪我だとは思っていなかった優一郎は、医師の言葉を繰り返した。
「えぇ。右手の小指が、第一関節から欠損していました。詳しいお話は何もしてくださいませんでしたが……」
小百合のカルテを見ながら医師はそう答えた。
「その怪我、本人は、森で野犬に咬まれたと話しているんですが」
優一郎は核心に触れる質問をした。
「野犬だとは断言できませんが、傷口が荒いため、刃物によるものではないでしょう。動物に咬まれたのは、間違いないと思います」
「そうですか」
「あ、そうだ。昨日も同じ怪我をされた患者さんがいらっしゃいましたよ」
「ほ、本当ですか?」
思わぬ医師の言葉に、優一郎の声は上擦った。
「はい。森で野犬に咬まれた、と。警察にも連絡差し上げたのですけど、ご存じありませんでしたか?」
連絡を受けたのは、恐らく所轄の地域課だ。優一郎のいる県警本部の捜査一課にそんな話がくるはずがない。
だが、いちいち説明するのも面倒な優一郎は、
「はい」
と、返事をしておいた。
「ありました。これです」
医師は昨日の患者のカルテを探し出すと、優一郎に渡した。
「あ!」
カルテの氏名欄を見た優一郎は、思わず大声を上げた。
久保真澄。確かにそう書いてあったのである。
「怪我をしたのは、この人で間違いないですか?」
「はい。指の左右は別ですが、森で怪我されたということだけでなく、その傷口までが同じです。多分、同一の動物に咬まれたのでしょう」
優一郎は、カルテに記載してある真澄の住所をメモに取った。
「診療中にお邪魔しまして、ご迷惑をかけました」
医師に頭を下げると、優一郎は総合病院を出た。
見つからない指紋。放置された凶器。掻き混ぜられた血溜まり。密室。
そして、足袋の跡や髪の毛、小百合の証言など、事件の端々でその影は見せながらも、未だ実物を確認できていない首にアンクレットをつけた日本人形。
全てが点のまま、事件は推移していた。
だが、医師の証言により明らかとなった咬み切られた指。
「久保真澄と城崎小百合に共通するその怪我が、この事件を解決する糸口になる」そう考えた優一郎は、真澄のマンションへと向かった。




